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12 side T

1.

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「荷物はこれだけか?」

ホテルまで呼びつけた希海にそう尋ねられる。
こっちに戻って来た時に持って来た大きめのスーツケース。俺はそれに必要なものを入れ、必要でないものは適当な紙袋に放り込んでいた。

「こんなもんだな」

俺は希海に返しながら、約2ヶ月住んだホテルの部屋を見渡した。

今日、夜の便でニューヨークに戻る。
それまでの仮住まいだったが、居心地はまあまあ良かった。だが次に日本に戻っても、さすがにここには戻らない。次に戻るのは、今適当に探してもらっているマンションになるだろう。
何となく親しんだその部屋を後にして、俺達は地下の駐車場に向かった。

俺の車はまだここに置いてあるが、家が決まり次第動かすからと、駐車スペースは借りっぱなしにしている。
俺は自分と同じ車種の、色違いの黒い希海の車に乗り込んだ。

「で、今から直接空港に向かえばいいのか?」

急に俺に呼び出された希海は、少し不機嫌そうに口を開いた。

「いや、ちょっと淳一のところに寄ってくれ」

まだ出発時間までは余裕がある。
その前に、ひと目だけでいいからアイツの顔が見たい、なんて相当重症だ。

だが、直接アイツには連絡は取らない。職場にいる事は淳一に裏を取ってあるし、万が一残業なんて事になるなら、淳一を使ってでも帰らせるつもりだ。

そう思いながら、シートに凭れかかり、自分のこの半月の奇行・・を思い出す。

そうだ。奇行以外の何者でもないくらい、自分の行動がおかしいのは百も承知だ。
俺は……すっかりアイツに溺れている。それは認める。
そして、こんな事は初めてで翻弄されているのも自覚している。

だから、この前もついうっかり「嫌いじゃないなら、俺の事を好きになれよ」と口を滑らしそうになった。

間違いなく、それを言った途端に俺のものではなくなるだろう。
アイツは……何にも溺れまいと確固たる意志でそこにいる。そんな気がしてならないから。

「着いたぞ。降りないのか?」

いつの間にか事務所の入るビルの横の道路につけられていて、希海からそう声をかけられる。
時間は18時になる少し前。

「あぁ」

俺は車から降りて事務所に行く事なく、真っ直ぐにエントランスの見える場所に立った。

アイツが俺を見てどうするのか……。一種の賭けだった。

18時10分。

さすが定時の鬼。
だいたい予想していた時間に瑤子はエントランスに現れた。
ふうっとこちらに視線をよこしたかと思うと、真っ直ぐに俺の元へやって来た。

前のように頭の痛くなりそうな引っ詰め髪ではなく、簡単に一纏めにされているだけで、お堅そうな眼鏡もかけていない。

コツコツとヒールの音がして、それが止まる。

「お疲れ様です。長門さん」

ったく。……仕事モードかよ。

久しぶりに見る作り笑顔にイラッとして顔を顰めると、瑤子は車の運転席に視線を移した。

希海を気にしてるのか?別にいいのに

俺はそう思いながら口を開いた。

「今から空港向かう。見送ってくれねーの?」
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」

作り物の笑顔でにっこりと瑤子はそう言う。俺はそんな偽物の顔見に来たわけじゃないっつーの。

「いいから、今から空港まで行くぞ」

有無を言わさず手を引いて、車の後部座席のドアを開けて瑤子を押し込み、俺もその横に乗り込んだ。

「じゃ、希海。空港行ってくれ」
「……分かった」

呆れたように希海は返事をすると、車のエンジンがかかる。

「ちょっと!!拉致⁈誘拐⁈」
「なわけないだろ?ただのお誘いだ」

シートに転がる瑤子にのしかかるように顔を寄せて俺は続ける。

「仕事モードは終わりな」

希海の存在など無視して瑤子の顔に自分の顔を近づけると、「わかったから!!」と瑤子に押し退けられる。

そして運転席の希海からは不機嫌そうに「シートベルトしろ」と声が飛んできた。

「へいへい」

俺は体を起こして、瑤子の腕を引く。

「シートベルトしろよ~?」

俺がそう茶化すように言うと、「分かってる!!」と噛み付くような勢いで瑤子はそう言ってベルトをすると、大きな溜め息と共に窓の方を向いた。 

「あなたはいつも唐突よね」

諦めたような口調の瑤子に、俺は「まあな」と返した。
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