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8 side T
2.
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「はい」
そう言って、瑤子は俺がまだ座っていたベッドのサイドテーブルにコーヒーを置く。
「いい加減、何か羽織りなさいよ」
呆れたように言って、瑤子が床に放置されていたバスローブを持ってくると、俺は「あぁ……」とそれを受け取る。
消える様子もなく至って普通にしている瑤子に、なんだか調子が狂う。
瑤子は自分のカップを持って窓際のソファに向かうと、そこに座り外を眺めながらカップを手にした。
「……何でそっち座るんだよ」
「いいでしょ。こっちの方が寛げるじゃない」
こちらを見ようともせず、瑤子がそう答えるので、無意識に溜め息を吐いてバスローブを着ると、カップを持ってソファに向かい、瑤子の隣にどかっと座る。
「腹減ったな」
「そうね。もう8時だし」
相変わらずこちらを見ようとせず、窓の外を眺めている背中越しに、そっと近寄ると腰に両腕を回す。
髪の毛の香りを確かめるように、そこに顔を埋めると、瑤子の体が少しだけ揺れた。
「何か食いに行こう」
瑤子からは返事はない。
帰りたいのか、そうじゃないのか、瑤子がどう思っていようが、俺はまだ帰したくない。
髪の毛の隙間から見える耳たぶに唇を近づけ、啄むように軽く挟む。さっきより顕著に反応して揺れる体を楽しむように「先にシャワー浴びてくる?」と囁いた。
「分かったわよ!そうするから離して」
俺の腕の中で身動ぎしながら体を捻り、抜け出そうとする瑤子の耳にチュッとワザとらしく音を立ててキスすると、腕の力を抜いた。
勢いよく立ち上がり、「もう!いい加減にしてよね!」と、こちらを向いた瑤子の顔は紅く染まっていて、照れを隠すように怒っている。
何か……すげー……可愛いな
その顔を見て、柄にもない事を思いながら、俺は瑤子がバスルームに向かうのを見送った。
どうするかなー……
そんなにすぐにバスルームから出てくる事はないだろうと踏んで、俺はテーブルの上にあったスマホを手に取った。
入っていた電話帳の中からそいつを探して表示させると画面をタップした。
岡田睦月。
長い間俺のアシスタントをしていて、俺が日本に帰って来たのを機に独立させた男だ。
勝手に海外にも着いてきた上に、俺のせいで婚期を逃したなんて言う奴だが、まあ気の置けない間柄だ。
呼び出し音が何度か聞こえ、『な~に~?』と呑気な声がした。
「俺だ。俺」
『言われなくても分かってるし!こんな早くからどうかした?』
「お前、普通の女が喜ぶところって知ってるか?」
しばらく電話が無言になると、『普通って、いつものようにどっかのブランドショップ回って、どっかのホテルのレストランでも連れてったらいいんじゃないの?』と答えが返って来た。
「だから、それが通用しない相手だから困ってんだろ……」
『司が困るって何⁈まさか本命?』
さっきまで適当に答えていたのに、急に食いついてくる。
「違げーよ。セフレだし」
『セフレ?なのに行くところに困るって、熱でもあるの?』
「ねえよ!さっさと教えろよ。ったく」
教えてもらう方とは思えない口振りで俺がそう言うと、睦月は『うーん……』と電話の向こうで唸っている。
『まあ、海沿いをドライブとか、水族館とか、あとは……テーマパーク?司、似合わない!!もし行くなら俺も呼んでよ!見たいから!』
電話の向こうで睦月は遠慮なくゲラゲラ笑っている。
そんなところ、小学校の遠足以来行った事ねぇつーの!
「あーはいはい。行く事ないから安心しろ。じゃあ切るぞ」
睦月の返事を待たず俺は電話を切ると、スマホをソファの座席に投げ出した。
窓の外は快晴とは言えないが、晴れている。
そろそろ夏が来るなー……と俺は空を仰ぎ見た。
そう言って、瑤子は俺がまだ座っていたベッドのサイドテーブルにコーヒーを置く。
「いい加減、何か羽織りなさいよ」
呆れたように言って、瑤子が床に放置されていたバスローブを持ってくると、俺は「あぁ……」とそれを受け取る。
消える様子もなく至って普通にしている瑤子に、なんだか調子が狂う。
瑤子は自分のカップを持って窓際のソファに向かうと、そこに座り外を眺めながらカップを手にした。
「……何でそっち座るんだよ」
「いいでしょ。こっちの方が寛げるじゃない」
こちらを見ようともせず、瑤子がそう答えるので、無意識に溜め息を吐いてバスローブを着ると、カップを持ってソファに向かい、瑤子の隣にどかっと座る。
「腹減ったな」
「そうね。もう8時だし」
相変わらずこちらを見ようとせず、窓の外を眺めている背中越しに、そっと近寄ると腰に両腕を回す。
髪の毛の香りを確かめるように、そこに顔を埋めると、瑤子の体が少しだけ揺れた。
「何か食いに行こう」
瑤子からは返事はない。
帰りたいのか、そうじゃないのか、瑤子がどう思っていようが、俺はまだ帰したくない。
髪の毛の隙間から見える耳たぶに唇を近づけ、啄むように軽く挟む。さっきより顕著に反応して揺れる体を楽しむように「先にシャワー浴びてくる?」と囁いた。
「分かったわよ!そうするから離して」
俺の腕の中で身動ぎしながら体を捻り、抜け出そうとする瑤子の耳にチュッとワザとらしく音を立ててキスすると、腕の力を抜いた。
勢いよく立ち上がり、「もう!いい加減にしてよね!」と、こちらを向いた瑤子の顔は紅く染まっていて、照れを隠すように怒っている。
何か……すげー……可愛いな
その顔を見て、柄にもない事を思いながら、俺は瑤子がバスルームに向かうのを見送った。
どうするかなー……
そんなにすぐにバスルームから出てくる事はないだろうと踏んで、俺はテーブルの上にあったスマホを手に取った。
入っていた電話帳の中からそいつを探して表示させると画面をタップした。
岡田睦月。
長い間俺のアシスタントをしていて、俺が日本に帰って来たのを機に独立させた男だ。
勝手に海外にも着いてきた上に、俺のせいで婚期を逃したなんて言う奴だが、まあ気の置けない間柄だ。
呼び出し音が何度か聞こえ、『な~に~?』と呑気な声がした。
「俺だ。俺」
『言われなくても分かってるし!こんな早くからどうかした?』
「お前、普通の女が喜ぶところって知ってるか?」
しばらく電話が無言になると、『普通って、いつものようにどっかのブランドショップ回って、どっかのホテルのレストランでも連れてったらいいんじゃないの?』と答えが返って来た。
「だから、それが通用しない相手だから困ってんだろ……」
『司が困るって何⁈まさか本命?』
さっきまで適当に答えていたのに、急に食いついてくる。
「違げーよ。セフレだし」
『セフレ?なのに行くところに困るって、熱でもあるの?』
「ねえよ!さっさと教えろよ。ったく」
教えてもらう方とは思えない口振りで俺がそう言うと、睦月は『うーん……』と電話の向こうで唸っている。
『まあ、海沿いをドライブとか、水族館とか、あとは……テーマパーク?司、似合わない!!もし行くなら俺も呼んでよ!見たいから!』
電話の向こうで睦月は遠慮なくゲラゲラ笑っている。
そんなところ、小学校の遠足以来行った事ねぇつーの!
「あーはいはい。行く事ないから安心しろ。じゃあ切るぞ」
睦月の返事を待たず俺は電話を切ると、スマホをソファの座席に投げ出した。
窓の外は快晴とは言えないが、晴れている。
そろそろ夏が来るなー……と俺は空を仰ぎ見た。
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