69 / 69
8.終わりよければ!
2
しおりを挟む
創ちゃんはまた瞳を開けると、正面にある私の顔をじっと見ながら背中に回っていた腕を持ち上げた。
「ずっと近くで見ていたい。そのためならなんでもするって」
カァッと熱くなった私の頰を、創ちゃんの指がなぞった。
「で、でも創ちゃん、初恋だって自覚したの最近だって……」
「……そのときは、その感情がなんなのか、自分にもよくわからなかった。けど怜さんに会って株の話をする前に、俺は衝動的に口走ってしまったんだ」
「なんて……?」
創ちゃんは、私の顔を優しく撫でながら、薄目を開けて笑う。
「お嬢さんを……くださいって」
「へっ?」
私は思わず目を見開いて、変な声を出してしまう。それを見て創ちゃんは肩を小さく揺らして笑っていた。
「さすがに……怜さんも驚いてたけど、すぐに笑い出して。いいよ、君に託そうって」
「お父さん……。何勝手なこと言ってるのよ……」
「それをいうなら俺も大概だ。与織子の気持ちなんて聞かずにそんなことを言ったんだから」
その通りではある。
創ちゃんと上司と部下にならなかったら、私は創ちゃんとどうなっていただろうか? もしかしたら、違う人と、違う恋をしていた……かも知れない。
ううん?
「私は、どんな形でも……。きっと創ちゃんと出会って、それから……。やっぱり好きになってたと思うよ?」
自分の頰を撫でていた手に自分の手を重ねて、笑顔でそう言う。創ちゃんはそれに驚いたように目を見開いて、それからその目を細めて笑みを浮かべた。
「俺も。同じ職場になっていなくても、与織子を手に入れるために足掻いていたと思う」
そう言うと創ちゃんは体を起こし、私はそれを追うように顔を動かした。
「きっと、終わりよければ全て良し、になってたよね?」
そう言いながら、熱に浮かされたような表情で私を見る創ちゃんの頰に手を当てる。
「まぁ、結婚が終わりじゃないがな。その先もずっと、幸せでいよう」
私の口にした言葉の語源を知っていたのか、創ちゃんはそんなことを言う。シェイクスピアの戯曲が元のこの言葉。大学時代に知り、なかなかに凄い内容だと思った記憶がある。けれど、何がハッピーエンドなのか。それは人によって様々だ。
「……うん」
ゆっくりと創ちゃんの顔が近づいてきて私は目を閉じる。柔らかで、いつもより熱い唇が触れる。私はそれを自然に受け入れて、その首に手を回した。
「……おやすみ。創ちゃん」
しばらくして、力尽きたように眠ってしまったその寝顔に、私はそう言ってキスを落とした。
◆◆
──10月。大安吉日。爽やかな青空の広がるお昼前。
私たちは笑顔が溢れるチャペルの前にいた。
ゲストがワクワクしながら待ち構えるなか、ゆっくり現れた主役たちに、美しい花びらのシャワーが降り注いだ。
「すごく綺麗……」
「あぁ」
「澪さんが、だよ?」
階段から降りてくるのは、タキシード姿のいっちゃんと、ウエディングドレス姿の澪さん。2人はとても幸せそうにみんなからの祝福を受けている。
「澪ーっ! こっち、お願い!」
「澪さーん。こっちですよ! 頼みます!」
そんな声がゲストの女性から上がるのは、ブーケトスが行われるから。澪さんの呼んだゲストは、ほぼバレーボール選手のようだ。
「いい? 絶対そこから動かないのよ? ジャンプ禁止! もちろんアタックもね!」
澪さんがそう言って声を上げると、待ち構えているゲストから笑いが起きた。
「じゃ、いくわよ?」
澪さんは、ゲストを見渡し一呼吸置くとブーケを空に投げた。風がちょうど止んだタイミング。それは美しく放物線を描き、あるゲストの腕に吸い込まれていった。
「澪! 絶対狙ってたでしょ!」
ゲストはそういいながら、笑顔で受け取った人を囲んでいる。もらったほうは嬉し泣きをしているようだ。
ボール以外も狙えるのは、さすが日本を代表していたセッターと言うべきなのだろうか。そんなことを思いながら私は創ちゃんと、少し離れた場所でその様子を眺めていた。
「与織子も参加したかったのか?」
創ちゃんが私に耳打ちする。
「えっ? いいよ、私は」
だって、私の結婚式はもう決まっている。というより、今日の午後、ここで式を挙げるのは私たちなんだから。
どっちが先に式を挙げるか、で揉めたらしい創ちゃんといっちゃんは、折衷案として同日にしよう、で落ち着いた。そして、いっちゃんたちは午前中、私たちは午後からとなったのだ。
「澪さんが綺麗すぎて、私の見劣りっぷりが凄いだろうなぁ……」
参列する親族はほぼ同じだ。澪さんの美しいドレス姿のあと、平凡な私の姿を披露しなきゃいけないと思うと溜め息がでる。
「何言ってる。お前は世界一可愛い花嫁だ」
いたって真面目な顔で創ちゃんは言う。
「なんか……。無条件に私を可愛いって言う人、また一人増えちゃった」
「だが、その中で一番は俺だろ?」
そう言って創ちゃんは私の頰にキスを落とす。
「うん。もちろんだよ!」
──貧乏……ではなく、大家族な私は、御曹司と……。
今日、偽装じゃない結婚をします!
Fin
「ずっと近くで見ていたい。そのためならなんでもするって」
カァッと熱くなった私の頰を、創ちゃんの指がなぞった。
「で、でも創ちゃん、初恋だって自覚したの最近だって……」
「……そのときは、その感情がなんなのか、自分にもよくわからなかった。けど怜さんに会って株の話をする前に、俺は衝動的に口走ってしまったんだ」
「なんて……?」
創ちゃんは、私の顔を優しく撫でながら、薄目を開けて笑う。
「お嬢さんを……くださいって」
「へっ?」
私は思わず目を見開いて、変な声を出してしまう。それを見て創ちゃんは肩を小さく揺らして笑っていた。
「さすがに……怜さんも驚いてたけど、すぐに笑い出して。いいよ、君に託そうって」
「お父さん……。何勝手なこと言ってるのよ……」
「それをいうなら俺も大概だ。与織子の気持ちなんて聞かずにそんなことを言ったんだから」
その通りではある。
創ちゃんと上司と部下にならなかったら、私は創ちゃんとどうなっていただろうか? もしかしたら、違う人と、違う恋をしていた……かも知れない。
ううん?
「私は、どんな形でも……。きっと創ちゃんと出会って、それから……。やっぱり好きになってたと思うよ?」
自分の頰を撫でていた手に自分の手を重ねて、笑顔でそう言う。創ちゃんはそれに驚いたように目を見開いて、それからその目を細めて笑みを浮かべた。
「俺も。同じ職場になっていなくても、与織子を手に入れるために足掻いていたと思う」
そう言うと創ちゃんは体を起こし、私はそれを追うように顔を動かした。
「きっと、終わりよければ全て良し、になってたよね?」
そう言いながら、熱に浮かされたような表情で私を見る創ちゃんの頰に手を当てる。
「まぁ、結婚が終わりじゃないがな。その先もずっと、幸せでいよう」
私の口にした言葉の語源を知っていたのか、創ちゃんはそんなことを言う。シェイクスピアの戯曲が元のこの言葉。大学時代に知り、なかなかに凄い内容だと思った記憶がある。けれど、何がハッピーエンドなのか。それは人によって様々だ。
「……うん」
ゆっくりと創ちゃんの顔が近づいてきて私は目を閉じる。柔らかで、いつもより熱い唇が触れる。私はそれを自然に受け入れて、その首に手を回した。
「……おやすみ。創ちゃん」
しばらくして、力尽きたように眠ってしまったその寝顔に、私はそう言ってキスを落とした。
◆◆
──10月。大安吉日。爽やかな青空の広がるお昼前。
私たちは笑顔が溢れるチャペルの前にいた。
ゲストがワクワクしながら待ち構えるなか、ゆっくり現れた主役たちに、美しい花びらのシャワーが降り注いだ。
「すごく綺麗……」
「あぁ」
「澪さんが、だよ?」
階段から降りてくるのは、タキシード姿のいっちゃんと、ウエディングドレス姿の澪さん。2人はとても幸せそうにみんなからの祝福を受けている。
「澪ーっ! こっち、お願い!」
「澪さーん。こっちですよ! 頼みます!」
そんな声がゲストの女性から上がるのは、ブーケトスが行われるから。澪さんの呼んだゲストは、ほぼバレーボール選手のようだ。
「いい? 絶対そこから動かないのよ? ジャンプ禁止! もちろんアタックもね!」
澪さんがそう言って声を上げると、待ち構えているゲストから笑いが起きた。
「じゃ、いくわよ?」
澪さんは、ゲストを見渡し一呼吸置くとブーケを空に投げた。風がちょうど止んだタイミング。それは美しく放物線を描き、あるゲストの腕に吸い込まれていった。
「澪! 絶対狙ってたでしょ!」
ゲストはそういいながら、笑顔で受け取った人を囲んでいる。もらったほうは嬉し泣きをしているようだ。
ボール以外も狙えるのは、さすが日本を代表していたセッターと言うべきなのだろうか。そんなことを思いながら私は創ちゃんと、少し離れた場所でその様子を眺めていた。
「与織子も参加したかったのか?」
創ちゃんが私に耳打ちする。
「えっ? いいよ、私は」
だって、私の結婚式はもう決まっている。というより、今日の午後、ここで式を挙げるのは私たちなんだから。
どっちが先に式を挙げるか、で揉めたらしい創ちゃんといっちゃんは、折衷案として同日にしよう、で落ち着いた。そして、いっちゃんたちは午前中、私たちは午後からとなったのだ。
「澪さんが綺麗すぎて、私の見劣りっぷりが凄いだろうなぁ……」
参列する親族はほぼ同じだ。澪さんの美しいドレス姿のあと、平凡な私の姿を披露しなきゃいけないと思うと溜め息がでる。
「何言ってる。お前は世界一可愛い花嫁だ」
いたって真面目な顔で創ちゃんは言う。
「なんか……。無条件に私を可愛いって言う人、また一人増えちゃった」
「だが、その中で一番は俺だろ?」
そう言って創ちゃんは私の頰にキスを落とす。
「うん。もちろんだよ!」
──貧乏……ではなく、大家族な私は、御曹司と……。
今日、偽装じゃない結婚をします!
Fin
1
お気に入りに追加
102
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?
キミノ
恋愛
職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、
帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。
二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。
彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。
無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。
このまま、私は彼と生きていくんだ。
そう思っていた。
彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。
「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」
報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?
代わりでもいい。
それでも一緒にいられるなら。
そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。
Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。
―――――――――――――――
ページを捲ってみてください。
貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。
【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
Good day !
葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1
人一倍真面目で努力家のコーパイと
イケメンのエリートキャプテン
そんな二人の
恋と仕事と、飛行機の物語…
꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳
日本ウイング航空(Japan Wing Airline)
副操縦士
藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema
機長
佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる