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8.終わりよければ!

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 創ちゃんはまた瞳を開けると、正面にある私の顔をじっと見ながら背中に回っていた腕を持ち上げた。

「ずっと近くで見ていたい。そのためならなんでもするって」

 カァッと熱くなった私の頰を、創ちゃんの指がなぞった。

「で、でも創ちゃん、初恋だって自覚したの最近だって……」
「……そのときは、その感情がなんなのか、自分にもよくわからなかった。けどれいさんに会って株の話をする前に、俺は衝動的に口走ってしまったんだ」
「なんて……?」

 創ちゃんは、私の顔を優しく撫でながら、薄目を開けて笑う。

「お嬢さんを……くださいって」
「へっ?」

 私は思わず目を見開いて、変な声を出してしまう。それを見て創ちゃんは肩を小さく揺らして笑っていた。

「さすがに……怜さんも驚いてたけど、すぐに笑い出して。いいよ、君に託そうって」
「お父さん……。何勝手なこと言ってるのよ……」
「それをいうなら俺も大概だ。与織子の気持ちなんて聞かずにそんなことを言ったんだから」

 その通りではある。
 創ちゃんと上司と部下にならなかったら、私は創ちゃんとどうなっていただろうか? もしかしたら、違う人と、違う恋をしていた……かも知れない。

 ううん?

「私は、どんな形でも……。きっと創ちゃんと出会って、それから……。やっぱり好きになってたと思うよ?」

 自分の頰を撫でていた手に自分の手を重ねて、笑顔でそう言う。創ちゃんはそれに驚いたように目を見開いて、それからその目を細めて笑みを浮かべた。

「俺も。同じ職場になっていなくても、与織子を手に入れるために足掻いていたと思う」

 そう言うと創ちゃんは体を起こし、私はそれを追うように顔を動かした。

「きっと、終わりよければ全て良し、になってたよね?」

 そう言いながら、熱に浮かされたような表情で私を見る創ちゃんの頰に手を当てる。

「まぁ、結婚が終わりじゃないがな。その先もずっと、幸せでいよう」

 私の口にした言葉の語源を知っていたのか、創ちゃんはそんなことを言う。シェイクスピアの戯曲が元のこの言葉。大学時代に知り、なかなかに凄い内容だと思った記憶がある。けれど、何がハッピーエンドなのか。それは人によって様々だ。

「……うん」

 ゆっくりと創ちゃんの顔が近づいてきて私は目を閉じる。柔らかで、いつもより熱い唇が触れる。私はそれを自然に受け入れて、その首に手を回した。


「……おやすみ。創ちゃん」

 しばらくして、力尽きたように眠ってしまったその寝顔に、私はそう言ってキスを落とした。


◆◆


 ──10月。大安吉日。爽やかな青空の広がるお昼前。

 私たちは笑顔が溢れるチャペルの前にいた。

 ゲストがワクワクしながら待ち構えるなか、ゆっくり現れた主役たちに、美しい花びらのシャワーが降り注いだ。

「すごく綺麗……」
「あぁ」
「澪さんが、だよ?」

 階段から降りてくるのは、タキシード姿のいっちゃんと、ウエディングドレス姿の澪さん。2人はとても幸せそうにみんなからの祝福を受けている。

「澪ーっ! こっち、お願い!」
「澪さーん。こっちですよ! 頼みます!」

 そんな声がゲストの女性から上がるのは、ブーケトスが行われるから。澪さんの呼んだゲストは、ほぼバレーボール選手のようだ。

「いい? 絶対そこから動かないのよ? ジャンプ禁止! もちろんアタックもね!」

 澪さんがそう言って声を上げると、待ち構えているゲストから笑いが起きた。

「じゃ、いくわよ?」

 澪さんは、ゲストを見渡し一呼吸置くとブーケを空に投げた。風がちょうど止んだタイミング。それは美しく放物線を描き、あるゲストの腕に吸い込まれていった。

「澪! 絶対狙ってたでしょ!」

 ゲストはそういいながら、笑顔で受け取った人を囲んでいる。もらったほうは嬉し泣きをしているようだ。
 ボール以外も狙えるのは、さすが日本を代表していたセッターと言うべきなのだろうか。そんなことを思いながら私は創ちゃんと、少し離れた場所でその様子を眺めていた。

「与織子も参加したかったのか?」

 創ちゃんが私に耳打ちする。

「えっ? いいよ、私は」

 だって、私の結婚式はもう決まっている。というより、今日の午後、ここで式を挙げるのは私たちなんだから。

 どっちが先に式を挙げるか、で揉めたらしい創ちゃんといっちゃんは、折衷案として同日にしよう、で落ち着いた。そして、いっちゃんたちは午前中、私たちは午後からとなったのだ。

「澪さんが綺麗すぎて、私の見劣りっぷりが凄いだろうなぁ……」

 参列する親族はほぼ同じだ。澪さんの美しいドレス姿のあと、平凡な私の姿を披露しなきゃいけないと思うと溜め息がでる。 

「何言ってる。お前は世界一可愛い花嫁だ」

 いたって真面目な顔で創ちゃんは言う。

「なんか……。無条件に私を可愛いって言う人、また一人増えちゃった」
「だが、その中で一番は俺だろ?」

 そう言って創ちゃんは私の頰にキスを落とす。

「うん。もちろんだよ!」

 ──貧乏……ではなく、大家族な私は、御曹司と……。
 今日、偽装じゃない結婚をします!

Fin
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