上 下
66 / 69
7.和を以て……いったいどうなる?

9

しおりを挟む
 そう、なのだ。
 こうなることを想定して、役所に婚姻届不受理の申請をしていた。だから、専務と私が結婚することはない、とわかっていた。
 けれど、それが顔に出てしまうことのほうが怖かった。私が少しでも余裕のある姿を見せてたら勘付かれてしまう。だから結局、私は恐怖で顔を引き攣らせていたのだけど。

「失礼します」

 パーテーションの向こう側からスタッフの女性が顔を出す。その人はいっちゃんに何か伝えると、その返事を聞いて頷いていた。

「客だ。お前らに」

 いっちゃんにそう言われ、私は創ちゃんの顔を見る。創ちゃんは、きっと誰かわかっているのだろう。穏やかに微笑んだ。

「与織子ちゃん!!」

 パーテーションの向こうから顔を出したのは、桃花ちゃん。私の元までやってくると、立ち上がった私に抱きついた。

「よかったぁ! 本当にどうなるかと思ったぁ!」

 桃花ちゃんは半泣きでそう言っている。私は驚きながらも、半分納得していた。創ちゃんに味方していた人物。私が予想したうちの一人。そして……

「こらこら、桃ちゃん。朝木さんが困っているだろう?」

 そう言って現れたもう一人。それは、鈴木課長だ。

「課長。この度はご心配をおかけしました。おかげで、なんとかなりました」

 創ちゃんは立ち上がりそう言うと、課長にお辞儀をした。

「なぁに、僕のほうこそ、色々と世話をかけたね」

 穏やかに課長はそう言った。

 そういえば……とふと思い出す。前に清田さんが言った言葉。あれは、『課長は頼りない』じゃなく、『頼りなく、見える』だったことを。そう言えば、見えるだけで頼りないとは一言も言っていない。

「それにしても、桃花ちゃん。その、課長とは……いったい……」

 さっき耳に入った『桃ちゃん』呼び。まさか、いや、課長は既婚者だったはず、と頭の中がグルグルしている。

「え? 兄、なの。義理の。お姉ちゃんの旦那さん」
「そうなの⁈」
「うん。うちの実家にお兄ちゃんが営業に来たのがきっかけなんだけど!」

 思わず課長の顔を見ると、「いやぁ、お恥ずかしい」と頭を掻いていた。
 それから課長はいっちゃんに向くと手を差し出した。

「朝木部長。この度はお力添え、ありがとうございました。これでまたうちはやり直すことができます」
「こちらこそ。一度失った信用を取り戻すのは簡単ではないでしょう。これからも、手を取り合っていきましょう。鈴木社長」

 そう言って2人はガッチリ握手を交わしていた。

 って待って? 今、最後になんて言った?


 創立パーティーは無事に終わり、私はやっと肩の荷を下ろしていた。

 あのあと、さすがに歓談の場に顔を出さないのも、と会場に戻った私たちは、案の定たくさんの人に囲まれてしまった。私以外の3人が慣れた様子で相手をしているのを横目に、私だけがワタワタしてしまい、とにかく疲れた。

「与織子ちゃん、お疲れ様」

 また控室に戻り、げっそりした私にお母さんが言う。

「本当に……疲れたよ……」

 そんな風に返す私に、全く空気の読めないお父さんは明るい声を出す。

「与織子! いやぁ、今日はよくやった。綺麗だったぞ!」

 そんなお父さんに、私は冷たい視線を浴びせていた。

「あのね、お父さん。元を正せば、お父さんが私にちゃんと説明しなかったのが悪いと思うの」
「えっーとだな、それは、その……」

 春、お父さんが私に言った、真っ赤な嘘。私はそれに振り回されてしまったのだ。あの時、ちゃんと説明されていたら……。いや、それは結果で、もし聞いていても、どうなったかわからない。もしかしたら、創ちゃんに対しても疑心暗鬼になっていたかも知れない。
 私の持っていたものが持っていたものだったから。

 その辺りは、私も色々反省した。自分のことなのに、深く考えずにサインしてしまったことに。

 朝木家も、川村家と同じように、仲違いをしたことを後悔していたのだ。そして、いつか旭河に貢献できるように、とコツコツと株を買い集めていた。こんな大企業に成長する前から。そして、家族に分散されていたそれを、お父さんはある時全部、私の名義にしてしまった。私は言われるがままに名義変更の書類にサインし、そしていつのまにか、私は個人株主の上位に躍り出てしまったのだ。

「持参金代わりに、と思ってだな……」
「持参金?」
「そうだ。川村の坊が、与織子を嫁に欲しいって言うからだなぁ……」

 ちょっと待って。それはいったいいつの話なの?

 後ろを振り返ると、創ちゃんは決まりが悪そうに視線を逸らした。

「それって……いつなの?」

 またお父さんに向き直ると、私は尋ねる。

「うーんと、あれだ。与織子が16になる前だ。さすがに16で嫁にはやれないって言ったら、大学卒業まで待つって」

 私はもう、溜め息しか出なかった。創ちゃんは私の隣に来ると、「いや、その。ちょっと説明させてくれ」と焦り気味で私に声を掛けてきた。

「あとでじっくり聞きます!」

 私がニッコリ笑って言うと、創ちゃんはたじろぎながら「はい……」と返事をしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜

四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」 度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。 事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。 しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。 楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。 その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。 ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。 その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。 敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。 それから、3年が経ったある日。 日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。 「私は若佐先生の事を何も知らない」 このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。 目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。 ❄︎ ※他サイトにも掲載しています。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

純真~こじらせ初恋の攻略法~

伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。 未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。 この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。 いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。 それなのに。 どうして今さら再会してしまったのだろう。 どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。 幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

Good day !

葉月 まい
恋愛
『Good day !』シリーズ Vol.1 人一倍真面目で努力家のコーパイと イケメンのエリートキャプテン そんな二人の 恋と仕事と、飛行機の物語… ꙳⋆ ˖𓂃܀✈* 登場人物 *☆܀𓂃˖ ⋆꙳ 日本ウイング航空(Japan Wing Airline) 副操縦士 藤崎 恵真(27歳) Fujisaki Ema 機長 佐倉 大和(35歳) Sakura Yamato

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

処理中です...