貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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7.和を以て……いったいどうなる?

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 自席に向かうと、まだ早いからか出社している社員の姿はまばらだった。

 あれ……?

 一番奥の課長の席。そこには、鈴木課長と桃花ちゃんが話をしているのが見えた。

 珍しいな……

 遠くから眺めてそう思う。1課と桃花ちゃんのいる3課は、ほぼ仕事の接点はない。この2人が話しているところなんて、初めて見たかも知れない。桃花ちゃんの腕には書類らしき紙の束。そして2人は、何か深刻そうに小声で会話している。

 私が近づくと、桃花ちゃんは顔を上げ、私に向かって笑顔を見せた。

「おはよう! 与織子ちゃん」

 そう言うと桃花ちゃんは、そのまま私の元へやってきた。

「おはよう。桃花ちゃん」

 バッグを椅子に置きながら私は言う。

「あのね、今鈴木課長にお願いしてたんだけど、近いうちにランチしに行こうよ!」

 明るくそう言われ、私は少し面食らう。そんな話をしているようには見えなかったし。

「え、あ……。うん」

 戸惑いながらそう答えると、桃花ちゃんは「よかった!」と笑った。

「本当は夜ご飯でもと思ったんだけど、与織子ちゃんデートで忙しいかも知れないしね?」

 声のトーンを落としながら、桃花ちゃんは言った。もちろん、相手が創ちゃんなのは、言わなくても、という感じだ。

「そ、そんなことないけど……。ランチ、楽しみにしてるね? 桃花ちゃんの都合のいい日、また教えて?」

 明るく振る舞いながらそう答えると、桃花ちゃんはなぜか厳しい目つきで遠くを見ていた。

「……桃花ちゃん?」

 呼びかけながらも、何があるのか気になり私は振り返る。見ると、執務室の一番端を、出入口に向かって歩く専務の姿があった。きっと、今から私の本籍地のある役所に向かうのだ。

「あっ、ごめん。専務が早く出社したと思ったらもう出るみたいだったから、珍しいなって」

 桃花ちゃんは言い訳のようにそう言うと、「もう仕事戻らなきゃ。また日にち伝えるね!」と少し慌てた様子で踵を返していった。

 私は席に向かうと、パソコンの電源を入れ、バッグから飲みかけのコーヒーのボトル缶を取り出した。
 創ちゃんがいつも飲んでいる銘柄。それをあえて創ちゃんの机の上に置く。気配を感じられる気がしたから。

「あと……1日……」

 私は席に着いて独りごちる。

 明日の旭河創立100周年パーティーは、午後3時に始まる。

 大丈夫。大丈夫……。

 深呼吸しながら自分に言い聞かせ、私は顔を上げた。


◆◆


「あ。与織子ちゃん、こっち!」

 パーティーの開かれる都内の格式高いホテル。その控室となっている部屋の前で手を振ってくれたのは澪さんだ。まだパーティー用のドレスではなく、黒のセットアップパンツ姿だ。

「こんにちは。澪さん」
「澪さん。今日はよろしくお願いします」
「よっ! お嬢。お疲れ!」

 口々にそう言ったのは、私、みー君、ふう君だ。

 澪さんと、ふう君、みー君は、やっぱり前から顔見知りだった。ふう君なんて、自分の職場の社長令嬢である澪さんを、『お嬢』なんて言って揶揄うほどだ。

「与織子ちゃん。先にご飯を食べてから着替えましょうか」
「はい。お任せします」

 今日のパーティーは社内だけでなく、取引先、関係者など3000人近い規模になるらしい。グループ会社に勤める私たちだけど、招待されたのは関係者枠。それも、家族全員、だ。

 同じく関係者として招待されていた澪さんから、パーティーの前に一緒に食事をしましょうと誘われたのは結構前。そのときはもちろん、創ちゃんも、いっちゃんも、一緒のつもりだった。けれど、この場に2人の姿はない。創ちゃんとはまだ連絡が取れていないし、いっちゃんは時を同じくして家に帰っていない。

 けれどみんな、何事もないかのように普通だ。きっと、詳しくは知らなくても、何かあったのはわかっているはずなのに。
 でも、何も言われないのはいいことなのかも知れない。みんな、きっと、それぞれが、2人を信じているのだと思うから。

 4人だけで和気藹々とランチをしたあと、また控室に戻ってきた。
 この控室は、関係者の中でも、特に創業者に近しいもののために用意されていると聞いている。

 澪さんが扉の脇に立つスタッフさんに声をかけると、恭しくお辞儀をしたあと扉を開けてくれた。

「さ、入りましょう?」

 澪さんに続き私たちが入ると、そう広くはない部屋の奥から声が飛んできた。

「「与織姉っ!」」

 制服姿の弟たちは、子犬のように一斉に私の元に駆けてきた。

「もう! いっくんはともかく、りっちゃんまで。お行儀よくしなさい?」
「お。久々に見るな。与織のお姉ちゃん仕様」
「ふう君、茶化さないでよ!」
「そうだよ颯兄ふうにい!」
いつ君、理久りく君、なんかまた大きくなった? 僕、もう身長抜かされたかなぁ?」
「実樹兄はたぶん越した! そのうち颯兄も追い越す!」
「逸希はウドの大木にならないよう勉強に励んだほうがいいと思うけどね」

 そんなことを言いながら、笑い合う。私は、兄弟たちの変わらない姿に、ただただ安心していた。
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