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7.和を以て……いったいどうなる?

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 パソコンの画面に向かっていた私の視線の端に、トン、と言う音とともにペットボトルが映る。いつも私が飲んでいるミルクティーだ。

 創ちゃん⁈

 そんなはずないのに反射的に顔を上げると、そこには穏やかな表情の鈴木課長の姿があった。

「朝木さん。根を詰めすぎじゃないかな? 少しは休憩を取ったらどうだい?」
「え……と。はい……」

 私が表情を曇らせてしまったことを気にすることなく、鈴木課長は続ける。

「大丈夫。川村君がいなくても、しっかりやれているよ。そう急ぎの仕事もないようだし、無理しないようにね。まぁ、これでも飲んで一息入れて」

 私はそう言って差し出されたペットボトルをおずおずと受け取った。

「あ……りがとう、ございます」

 それに課長はニコリと笑うと、何事もなかったように席に戻っていった。私は受け取ったミルクティーの蓋を開けると、早速口に含む。
 甘さ控えめのはずなのに、今日はいつもより甘く感じるのは疲れているからなんだろうか?でも、その甘さがなんとなく、私の肩の力を抜いてくれた気がした。

 それから少し落ち着きを取り戻し、私は自分のペースで仕事を片付けた。仕掛けの仕事は所定の場所に戻し、明日の準備を済ませるともう定時だ。
 知らないうちに何か連絡がきてるかも? とスマホの画面を確認したけど、誰からも何の連絡もない。

 いっちゃんも知らないの?

 けれど、専務は私が部屋を出る前、捨て台詞のようにこう言ったのだ。

『君の長兄に相談しても無駄だよ?』

 専務は全て知っているのだ。うちがどういう家なのかも、私が何を持っているのかも。
 そして、こうも言った。

『土曜日の旭河の創立記念パーティー、楽しみだよ。君ももちろん招待されてるんだろう? 川村の言う然るべき場所って、このことだろうしね? 俺ももちろん招待されてるんだ。そこで結婚を発表したら、いったいどんな顔をするかな』

 そのとき専務は、一人楽しげに笑っていた。
 けれど私は、顔をこわばらせるだけだった。専務の言う通り、私たちはそこで婚約発表するつもりだったから。

 それでも私は信じるしかない。

『大丈夫だ。俺は二度と与織子を悲しませるようなことはしないから。だから、俺を信じてくれ』

 そう言ってくれた創ちゃんの言葉を。

 翌日金曜日。
 いつもより早く出社した私は、人目につかないよう真っ直ぐ専務の部屋に向かった。もちろん、書いてきたものを渡すために。

 昨日、帰ってから部屋でひっそり届けに記入した。本籍地なんて覚えているはずもなく、参考にしたのは前に書いた婚姻届。
 正式に婚約したあと、創ちゃんから『与織子が持っていてくれ』と渡されていたのだ。まさか、それを見ながら別の人との婚姻届を書くことになるなんて思わなかったけど。

 扉をノックして部屋に入ると、今日も上機嫌の専務がソファに凭れ掛かるように座っていた。

「やぁ、おはよう。持ってきてくれたかい?」
「……はい。ここに……」

 そう言って茶封筒を差し出すと、専務は余裕の笑みを浮かべてその中身を取り出した。

「戸籍謄本は? 持ってないの?」

 届けを広げてそこに視線を落としたまま専務は言う。

「持ってないです……」

 そんなものがいること自体知らなかったし、本籍地は地元。すぐに取りに行けるわけはない。

「さすがにそうだろうね。仕方ない、直接出しに行くしかなさそうだ。にしても、田舎だねぇ」

 呆れたように専務はそう吐き出すと、届けをまた封筒にしまった。私はそれを黙って聞いていた。

「じゃあ行くか。今から出ても着くのは昼だろうし」

 私のことなど見えてないように、専務は高級そうな腕時計を見たまま呟く。そして立ち上がると、胡散臭い笑顔で私を見下ろした。

「遅くとも、今日の夕方には君は俺の妻になっているだろうね。かと言って、財産は君に渡す気はないから。そのあたりはまた弁護士から説明させよう」
「はい……」

 俯いて私がそう返事をすると、専務は自席へ戻って行った。

「もう下がってくれていいよ。もう用事は済んだし」

 出かける準備をしているのか、机の上からガサガサと乱雑な音が聞こえてきた。

「失礼します……」

 お辞儀をして扉に向かい、私の手がノブにかかると、背中から専務の声が聞こえた。

「そうそう。俺は妻の浮気くらい許すよ? 結婚しても川村と楽しむといい。寛大だろう?」

 言葉の端々に笑いが混ざる声を聞きながら、私は何も言わず廊下へ出た。

 そのまま私は休憩スペースに向かった。少し早い時間で、そこはガランとしていた。
 自動販売機の前までくると、なんとなく今日はいつもと違うものを選ぶ。
 蓋を開け恐る恐る口に運ぶと、目の覚めるような苦味が喉を通り過ぎた。

 私、うまくできたかな? ちゃんと、褒めてくれる?

 そんなことを思いながら、私はまたコーヒーを口に運んでいた。
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