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7.和を以て……いったいどうなる?
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私は専務の執務室の前で深呼吸していた。
備品倉庫のすぐ隣。本来なかったはずの専務の部屋は、この備品倉庫を半分にして作らせたのだと聞いている。だから、倉庫の扉にある『開閉注意』は、専務が通るようになってから貼られたのだ。
私はもう一度大きく深呼吸をしてから、意を決してその扉を叩く。中から「どうぞ~」と軽い調子の返事が聞こえ、私は扉を開けた。
「失礼します」
私がそう言いながら中に入ると、正面には満面の笑みをたたえた専務が応接用のソファに座っていた。
「与織子ちゃん、そんなところで突っ立ってないで座りなよ?」
「いえ。私はこちらで……」
なんとなく座りたくなくて、私はぎこちない笑顔で答えた。
「そう、残念。まぁいいや。本題に入るけど、与織子ちゃん。川村が今日いない理由、知ってる?」
なんで……専務はこんなにも嬉しそうなんだろう?
私の心には暗雲が立ち込めているのに、専務の顔は晴れやかだ。
「いえ……存じ上げません」
ギュッと両手を握りしめて私は答えた。
「だろうねぇ。川村は今、とある場所で捜査を受けている」
「え……?」
私は呆然としたまま、それだけ口にする。
「不正取引の疑い。川村がこの1年、裏でやってきたことの証拠は上がってるんだよね?」
専務はこれが証拠と言わんばかりに書類の束を持ち上げる。
「そんな! 主任がそんなこと、するはずありません!」
「そうは言ってもねぇ……。だいたい、おかしいと思わない?営業成績トップだった男が、好き好んで事務に回るなんて。そっちのほうが書類の改ざんもしやすかったんだろうけど?」
にわかには信じられない、いや、信じたくない話を聞かされて、目の前が真っ暗になる。血の気が引いて、足元がふらつきそうになる私を見ながら、専務はまた続けた。
「でも、川村の今後は与織子ちゃんの行動一つで変わるんだけどね?」
「それは……いったい……どういうことでしょうか?」
震える声で尋ねると、専務は立ち上がり私の元へやって来た。そして、手にしていた茶封筒を私に差し出した。
「川村との婚約ごっこも終わりだ。君が持っているものは、俺が全てもらうから」
恐る恐るその封筒の中身を確認して、私は愕然としていた。
「それ次第で、川村の人生が変わるかもね? 大企業の御曹司が不正取引を行なっていたとセンセーショナルに報道されるか、ひっそりと懲戒解雇となって会社を去るか。さぁ、どっちを選ぶ?」
震える私の手の中にあるのは、一度書いたことのある書類……婚姻届、だった。
ただぼんやりと、私は廊下に立ち尽くしていた。手には渡された封筒を握りしめたまま。
「あっ! ごめんなさい!」
不意に開いた備品倉庫の扉。私はその前に立っていたのだ。扉の向こうからそう聞こえ、私は顔を上げた。
「与織子ちゃん?」
用紙の入った束を持ってこちらを見ていたのは、唯一の同期の姿。
「桃花ちゃん……」
同じ事務系の仕事をしているけど、席も離れているし、仕事内容に接点はない。普段はたまにこうして会ったときに立ち話をするくらいだ。
「大丈夫? 何か顔色悪いけど……」
「えっ? あ、大丈夫だよ? 昨日、ちょっと夜更かししちゃったからかな?」
慌ててそう取り繕うと、桃花ちゃんは少し表情を緩めた。
「ならいいんだけど。与織子ちゃんも席戻る? 一緒に帰ろうよ」
屈託のない可愛らしい笑顔でそう言われ、私は少し救われた気分になった。
たわいもない話をしながら戻り、桃花ちゃんとは別れる。向こう側に見える、私の両隣は当たり前だけど空席だ。
「あ、朝木さん。おはよう! ごめん、早速だけどさ」
私の姿を見つけて、宮内さんがそう言いながら私の元へやってきた。
そうだ。今日は、私が頑張らなきゃいけないんだ。創ちゃんは日頃から、私と、そして周りが困らないようたくさん仕事を教えてくれていた。
だから……。創ちゃんに恥ずかしくない仕事をしなきゃ。
そう自分を奮い立たせて、私は宮内さんの話しを聞いた。
さすがに一人だと、それなりに忙しかった。メールや電話での問い合わせ、営業さん達からの発注書や見積もりの作成依頼。とにかく、余計なことは考えず、仕事にだけ打ち込んだ。
お昼も今日は自席でとった。課長には「ゆっくり休憩しておいで」と声を掛けてもらったけど、なんとなく一人になりたくなくて、電話がなったら取って下さいと課長にお願いしてそのままその場にいた。
人の気配がするほうが安心する……
澪さんが作ってくれた美味しいお弁当も、今日はなんの味もしない気がする。それでも、私は残さず全部食べた。私が今、倒れるわけにはいかないから。
例え、創ちゃんが守りたかったものを失うことになっても、私は創ちゃんを守ることができればそれでいい。
だから……とにかく今日一日仕事を乗り切って、そして帰ってからすることがある。
専務から告げられた、婚姻届の提出期限は明日の朝なんだから。
備品倉庫のすぐ隣。本来なかったはずの専務の部屋は、この備品倉庫を半分にして作らせたのだと聞いている。だから、倉庫の扉にある『開閉注意』は、専務が通るようになってから貼られたのだ。
私はもう一度大きく深呼吸をしてから、意を決してその扉を叩く。中から「どうぞ~」と軽い調子の返事が聞こえ、私は扉を開けた。
「失礼します」
私がそう言いながら中に入ると、正面には満面の笑みをたたえた専務が応接用のソファに座っていた。
「与織子ちゃん、そんなところで突っ立ってないで座りなよ?」
「いえ。私はこちらで……」
なんとなく座りたくなくて、私はぎこちない笑顔で答えた。
「そう、残念。まぁいいや。本題に入るけど、与織子ちゃん。川村が今日いない理由、知ってる?」
なんで……専務はこんなにも嬉しそうなんだろう?
私の心には暗雲が立ち込めているのに、専務の顔は晴れやかだ。
「いえ……存じ上げません」
ギュッと両手を握りしめて私は答えた。
「だろうねぇ。川村は今、とある場所で捜査を受けている」
「え……?」
私は呆然としたまま、それだけ口にする。
「不正取引の疑い。川村がこの1年、裏でやってきたことの証拠は上がってるんだよね?」
専務はこれが証拠と言わんばかりに書類の束を持ち上げる。
「そんな! 主任がそんなこと、するはずありません!」
「そうは言ってもねぇ……。だいたい、おかしいと思わない?営業成績トップだった男が、好き好んで事務に回るなんて。そっちのほうが書類の改ざんもしやすかったんだろうけど?」
にわかには信じられない、いや、信じたくない話を聞かされて、目の前が真っ暗になる。血の気が引いて、足元がふらつきそうになる私を見ながら、専務はまた続けた。
「でも、川村の今後は与織子ちゃんの行動一つで変わるんだけどね?」
「それは……いったい……どういうことでしょうか?」
震える声で尋ねると、専務は立ち上がり私の元へやって来た。そして、手にしていた茶封筒を私に差し出した。
「川村との婚約ごっこも終わりだ。君が持っているものは、俺が全てもらうから」
恐る恐るその封筒の中身を確認して、私は愕然としていた。
「それ次第で、川村の人生が変わるかもね? 大企業の御曹司が不正取引を行なっていたとセンセーショナルに報道されるか、ひっそりと懲戒解雇となって会社を去るか。さぁ、どっちを選ぶ?」
震える私の手の中にあるのは、一度書いたことのある書類……婚姻届、だった。
ただぼんやりと、私は廊下に立ち尽くしていた。手には渡された封筒を握りしめたまま。
「あっ! ごめんなさい!」
不意に開いた備品倉庫の扉。私はその前に立っていたのだ。扉の向こうからそう聞こえ、私は顔を上げた。
「与織子ちゃん?」
用紙の入った束を持ってこちらを見ていたのは、唯一の同期の姿。
「桃花ちゃん……」
同じ事務系の仕事をしているけど、席も離れているし、仕事内容に接点はない。普段はたまにこうして会ったときに立ち話をするくらいだ。
「大丈夫? 何か顔色悪いけど……」
「えっ? あ、大丈夫だよ? 昨日、ちょっと夜更かししちゃったからかな?」
慌ててそう取り繕うと、桃花ちゃんは少し表情を緩めた。
「ならいいんだけど。与織子ちゃんも席戻る? 一緒に帰ろうよ」
屈託のない可愛らしい笑顔でそう言われ、私は少し救われた気分になった。
たわいもない話をしながら戻り、桃花ちゃんとは別れる。向こう側に見える、私の両隣は当たり前だけど空席だ。
「あ、朝木さん。おはよう! ごめん、早速だけどさ」
私の姿を見つけて、宮内さんがそう言いながら私の元へやってきた。
そうだ。今日は、私が頑張らなきゃいけないんだ。創ちゃんは日頃から、私と、そして周りが困らないようたくさん仕事を教えてくれていた。
だから……。創ちゃんに恥ずかしくない仕事をしなきゃ。
そう自分を奮い立たせて、私は宮内さんの話しを聞いた。
さすがに一人だと、それなりに忙しかった。メールや電話での問い合わせ、営業さん達からの発注書や見積もりの作成依頼。とにかく、余計なことは考えず、仕事にだけ打ち込んだ。
お昼も今日は自席でとった。課長には「ゆっくり休憩しておいで」と声を掛けてもらったけど、なんとなく一人になりたくなくて、電話がなったら取って下さいと課長にお願いしてそのままその場にいた。
人の気配がするほうが安心する……
澪さんが作ってくれた美味しいお弁当も、今日はなんの味もしない気がする。それでも、私は残さず全部食べた。私が今、倒れるわけにはいかないから。
例え、創ちゃんが守りたかったものを失うことになっても、私は創ちゃんを守ることができればそれでいい。
だから……とにかく今日一日仕事を乗り切って、そして帰ってからすることがある。
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