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6.急転が直下……する?

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 右手は繋がれたまま、左側からそっと抱き寄せられ、創ちゃんの広い胸に収められる。薄いシャツ越しに伝わるのは、創ちゃんの体温と心臓の鼓動。トクトクと、早鐘のようなその音に耳を澄ませながら、もしかして同じように緊張しているのかも知れないな、なんて思った。

「確かに……、中学生で初恋なんておかしいよな?」

 そう話す振動と、笑っているのか揺れが伝わる。

「創ちゃんなら……今まで彼女の一人や二人いてもおかしくないかなって」

 創ちゃんの胸に向かって私が思いを吐き出すと、宥めるように背中を撫でられる。

「付き合った相手がいない、とは言えないが……。お前だけだ……」
「……? 何が?」

 少し上を向いて尋ねると、私の顔を覗き込む創ちゃんの、照れたような顔。

「可愛いな、って思ったのは」
「か、か、可愛いっ⁈」

 身内以外にそんなことを言われたのは初めてで、思わず声を上げてしまう。そんな焦っている私を見て、創ちゃんは肩を揺らして笑っている。

「もしかして……また揶揄ってる?」

 ものすごく居た堪れない気持ちになりながら、今までで一番と言っていいくらいに笑う創ちゃんに言う。

「いや? 至って真面目に言ったんだがな? そういうところも可愛いと思って」
「…………」

 もう何も言えなくて、無言で創ちゃんを見上げる。でも、たぶん顔は真っ赤なんだと思う。そっと私の頰に触れた創ちゃんの指が、ひんやりして気持ちいいと思うくらい。

「最初は……妹みたいな感覚に思ってた。一矢や颯太なんかに与織子の話を聞いて、俺も同じようにお前の兄になったような気分だった」

 ゆっくりと創ちゃんは語り出し、私は静かにそれを聞いた。

「2人は俺が聞かなくても勝手に与織子の話をしてくれたし、写真も見せてくれた。俺の記憶では小さいままだった与織子が、こんなに大きくなったのかと、感慨深かったな」

 そう言いながら、創ちゃんは私の顔を確かめるように頰を撫でる。そしてまた、穏やかな笑みを浮かべて話を続けた。

「けどあいつら、弟は会わせてくれるくせに、大事な妹には会わせてくれなかった。まさか俺から会わせてくれなんて、言えるわけないしな。だから……。同じ職場で働けると知って、嬉しかった」

 そんなことを思われていたなんて、少しも思っていなかった。だって、職場じゃいつも淡々と仕事をこなしていたから。

 でも……。柔らかな視線で私を見つめているその顔は、それが偽りではないと教えてくれている気がした。

「きっと一矢と同じように、妹を見守るような気分になると思ってた……」

 そう言って創ちゃんはフッと息を漏らす。

「でも違った。何に対しても一生懸命で、表情が豊かで……。すぐ噛むところが可愛いと思った」

 最後は少し意地悪な笑みで付け加えられ、心当たりしかない私は顔を熱くした。でも、それを受け入れるのも、ちょっと癪に触る。

「そそそっ、そんなことないもん! かっ、噛んでい!…………あっ」

 思い切り言い返して、やっぱり噛んだ私を抱き寄せたかと思うと、創ちゃんは言葉にならないくらいに笑っている。

「そう言うところ。すごく可愛いんだけど」

 耳の後ろから聞こえる、創ちゃんの笑い声が混じる低い声。それに、体全体に伝わる振動。両腕で抱きしめられ、伝わる温もり。ずっとこうしていたい、なんてことを思ってしまう。

「だから……。いつの間にか惹かれてた。思い返してみれば、与織子以外にそんなことを思った相手はいない。結局、俺の初恋は与織子だったってわけだ」

 耳の後ろを擽る創ちゃんの声。体は一層熱を持ち、自分じゃないみたいだ。そんな私の体を自分からゆっくり引き離すと、創ちゃんは真っ直ぐにこちらを見ていた。

「……好きだ。……囲い込むように婚約者にしたのは悪かった。けど、俺が結婚したいのは……与織子だけだ」

 胸の中に温かいものが広がっていくのと同時に、視界がどんどんぼやけていく。そして、その先にいる創ちゃんは困ったような表情をしていた。

「ごめん……なさい。困らせたいわけじゃないの。なんか、勝手に……」

 そう言って自分の涙を拭おうとした手を取られ、代わりに創ちゃんの指が私の涙を拭った。

「本当に、俺はお前の泣き顔に弱いんだがな。……これは、どんな涙なんだ?」

 不安そうに私の頰をなぞる創ちゃんに、私は笑みを浮かべてみせた。

「私……。創ちゃんのこと、自分が思ってる以上に……好きだったんだなって。今、涙が出るほど嬉しいから。……創ちゃん」

 そう言って、私を優しく見つめるその顔を見上げる。

「私を忘れないでいてくれてありがとう。私は、創ちゃんのことが……大好きです」

 驚いたように瞳を少し開いてから、スッとその目を細める。そして、その顔をゆっくり近づけながら創ちゃんは言う。

「あぁ。俺も。大好きだ」

 私の視界から創ちゃんが消えると、唇に自分とは違う温もりが優しく降ってきた。
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