50 / 69
6.急転が直下……する?
2
しおりを挟む
夢……、だ
目を覚ましてまずそう思った。けれど、現実にとても近いだろう夢。小さく息を漏らすと、「あ」と声が聞こえてきた。
「よかった。与織子ちゃん、大丈夫?」
心配そうに覗き込むのは清田さんだ。私はそのまま休憩室の長椅子に寝かされていたみたいだ。
「すみません、ご心配をおかけしました」
そう言って起きあがろうとすると、清田さんから「ゆっくり起きて」と声をかけられた。その通りに起き上がると、私の体から何かがズリ落ちた。見覚えのある上着。創ちゃんのものだ。
「あの、私どのくらいこうしてたんですか?」
「ほんの15分くらいよ? 様子見にきたら与織子ちゃんが倒れたって川村君慌ててた」
私の横に腰掛け、清田さんは穏やかに言う。
「そう……ですか」
私は俯いて呟くように答える。それに清田さんは、おずおずと口を開いた。
「川村君と……喧嘩でもした? 今日、川村君が居なくてホッとしてたみたいだから」
やっぱり私に隠し事なんて無理なんだな、と思いながら私は首を横に振る。
「違うんです……。私たち、最初から付き合ってなんかないんです。わけあってそういうフリをしてるだけで……」
誰にも言えなくて辛い気持ちを、清田さんなら受け止めてくれそうで、私はそう吐き出した。
「そうなの? 川村君、ずっと機嫌良くしてたし、てっきり順調なんだと思ってた」
驚いたように返す清田さんに「順調なのは……本命の彼女さんとじゃないんですかね……」と、自虐的に笑いをこぼしながら私は答えた。でも、目からはポタポタと涙が溢れてスカートに染みを作っていた。清田さんは、そんな私の頭をそっと撫でてくれた。
「今日は……もう帰ったほうがいいわ? 仕事はどうにでもなるから。ね?」
優しいその声に促され、私はコクンと頷く。
「じゃあ、バッグ取ってくるわ。ここで待ってて」
ゆっくりと立ち上がった清田さんに、私は力なく「はい……」と返す。
部屋を出ていくその背中を見送ってから、私は自分の膝に掛かったままの上着を握りしめた。隣に立つとほんのりと香る爽やかな花のような香りがそこからも漂う。
返さなきゃ……。
そう思う心とは裏腹に、私はそれをぎゅっと抱きしめていた。
どのくらいぼんやりしていただろうか。清田さん、遅いな……と思いながら扉に目をやると、ちょうど小さく音がして開いたところだ。でも、入って来たのは清田さんじゃない。
どうして?
慌てて視線を逸らすと、静かに創ちゃんは私の元にやって来た。
「荷物持ってきた。それからタクシーを呼んである」
創ちゃんは淡々とした口調で私のバッグと、タクシーのナンバーが書いてあるメモを差し出す。私はその顔を見ることができず、その手元に視線を落とした。
「すみません。ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから」
私はバッグだけ受け取り、代わりに持っていた上着を差し出した。
「与織子?」
私がメモを受け取らなかったのを不審に思ったのか、創ちゃんは戸惑ったように私を呼ぶ。でも、顔を上げることなんてできない。きっと……顔を見たら泣いてしまうから。
「本当に……大丈夫です。失礼します」
上司に対する態度で一礼すると、私はその場を慌てて離れる。
今は顔を見たくない。声も聞きたくない。ただ、その一心で。
創ちゃんは追いかけては来なかった。
私なんて、その程度、だよね……?
一度沈んでしまった気持ちは簡単には浮き上がらない。頭に浮かぶのはネガティブなことばかりだ。
いつもとは違う、昼間の少し人の少ない電車に揺られながらぼんやりとそんなことを考えた。でも、仕方ないとも思う。私のやり残した仕事の続きもある。私の心配より、仕事の心配をしなきゃいけないのは当然なんだから。
なんとか自力で家に帰り着き、鍵を開け中に入る。
その時の私はすっかり忘れていた。今日は金曜日の昼間。いつもなら誰もいない時間帯。姿を見てはいけないと言われている人が、今この時うちにいることを。
目を覚ましてまずそう思った。けれど、現実にとても近いだろう夢。小さく息を漏らすと、「あ」と声が聞こえてきた。
「よかった。与織子ちゃん、大丈夫?」
心配そうに覗き込むのは清田さんだ。私はそのまま休憩室の長椅子に寝かされていたみたいだ。
「すみません、ご心配をおかけしました」
そう言って起きあがろうとすると、清田さんから「ゆっくり起きて」と声をかけられた。その通りに起き上がると、私の体から何かがズリ落ちた。見覚えのある上着。創ちゃんのものだ。
「あの、私どのくらいこうしてたんですか?」
「ほんの15分くらいよ? 様子見にきたら与織子ちゃんが倒れたって川村君慌ててた」
私の横に腰掛け、清田さんは穏やかに言う。
「そう……ですか」
私は俯いて呟くように答える。それに清田さんは、おずおずと口を開いた。
「川村君と……喧嘩でもした? 今日、川村君が居なくてホッとしてたみたいだから」
やっぱり私に隠し事なんて無理なんだな、と思いながら私は首を横に振る。
「違うんです……。私たち、最初から付き合ってなんかないんです。わけあってそういうフリをしてるだけで……」
誰にも言えなくて辛い気持ちを、清田さんなら受け止めてくれそうで、私はそう吐き出した。
「そうなの? 川村君、ずっと機嫌良くしてたし、てっきり順調なんだと思ってた」
驚いたように返す清田さんに「順調なのは……本命の彼女さんとじゃないんですかね……」と、自虐的に笑いをこぼしながら私は答えた。でも、目からはポタポタと涙が溢れてスカートに染みを作っていた。清田さんは、そんな私の頭をそっと撫でてくれた。
「今日は……もう帰ったほうがいいわ? 仕事はどうにでもなるから。ね?」
優しいその声に促され、私はコクンと頷く。
「じゃあ、バッグ取ってくるわ。ここで待ってて」
ゆっくりと立ち上がった清田さんに、私は力なく「はい……」と返す。
部屋を出ていくその背中を見送ってから、私は自分の膝に掛かったままの上着を握りしめた。隣に立つとほんのりと香る爽やかな花のような香りがそこからも漂う。
返さなきゃ……。
そう思う心とは裏腹に、私はそれをぎゅっと抱きしめていた。
どのくらいぼんやりしていただろうか。清田さん、遅いな……と思いながら扉に目をやると、ちょうど小さく音がして開いたところだ。でも、入って来たのは清田さんじゃない。
どうして?
慌てて視線を逸らすと、静かに創ちゃんは私の元にやって来た。
「荷物持ってきた。それからタクシーを呼んである」
創ちゃんは淡々とした口調で私のバッグと、タクシーのナンバーが書いてあるメモを差し出す。私はその顔を見ることができず、その手元に視線を落とした。
「すみません。ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから」
私はバッグだけ受け取り、代わりに持っていた上着を差し出した。
「与織子?」
私がメモを受け取らなかったのを不審に思ったのか、創ちゃんは戸惑ったように私を呼ぶ。でも、顔を上げることなんてできない。きっと……顔を見たら泣いてしまうから。
「本当に……大丈夫です。失礼します」
上司に対する態度で一礼すると、私はその場を慌てて離れる。
今は顔を見たくない。声も聞きたくない。ただ、その一心で。
創ちゃんは追いかけては来なかった。
私なんて、その程度、だよね……?
一度沈んでしまった気持ちは簡単には浮き上がらない。頭に浮かぶのはネガティブなことばかりだ。
いつもとは違う、昼間の少し人の少ない電車に揺られながらぼんやりとそんなことを考えた。でも、仕方ないとも思う。私のやり残した仕事の続きもある。私の心配より、仕事の心配をしなきゃいけないのは当然なんだから。
なんとか自力で家に帰り着き、鍵を開け中に入る。
その時の私はすっかり忘れていた。今日は金曜日の昼間。いつもなら誰もいない時間帯。姿を見てはいけないと言われている人が、今この時うちにいることを。
1
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
小さな恋のトライアングル
葉月 まい
恋愛
OL × 課長 × 保育園児
わちゃわちゃ・ラブラブ・バチバチの三角関係
人づき合いが苦手な真美は ある日近所の保育園から 男の子と手を繋いで現れた課長を見かけ 親子だと勘違いする 小さな男の子、岳を中心に 三人のちょっと不思議で ほんわか温かい 恋の三角関係が始まった
*✻:::✻*✻:::✻* 登場人物 *✻:::✻*✻:::✻*
望月 真美(25歳)… ITソリューション課 OL
五十嵐 潤(29歳)… ITソリューション課 課長
五十嵐 岳(4歳)… 潤の甥

アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司

俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。

それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる