貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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6.急転が直下……する?

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 夢……、だ

 目を覚ましてまずそう思った。けれど、現実にとても近いだろう夢。小さく息を漏らすと、「あ」と声が聞こえてきた。

「よかった。与織子ちゃん、大丈夫?」

 心配そうに覗き込むのは清田さんだ。私はそのまま休憩室の長椅子に寝かされていたみたいだ。

「すみません、ご心配をおかけしました」

 そう言って起きあがろうとすると、清田さんから「ゆっくり起きて」と声をかけられた。その通りに起き上がると、私の体から何かがズリ落ちた。見覚えのある上着。創ちゃんのものだ。

「あの、私どのくらいこうしてたんですか?」
「ほんの15分くらいよ? 様子見にきたら与織子ちゃんが倒れたって川村君慌ててた」

 私の横に腰掛け、清田さんは穏やかに言う。

「そう……ですか」

 私は俯いて呟くように答える。それに清田さんは、おずおずと口を開いた。

「川村君と……喧嘩でもした? 今日、川村君が居なくてホッとしてたみたいだから」

 やっぱり私に隠し事なんて無理なんだな、と思いながら私は首を横に振る。

「違うんです……。私たち、最初から付き合ってなんかないんです。わけあってそういうフリをしてるだけで……」

 誰にも言えなくて辛い気持ちを、清田さんなら受け止めてくれそうで、私はそう吐き出した。

「そうなの? 川村君、ずっと機嫌良くしてたし、てっきり順調なんだと思ってた」

 驚いたように返す清田さんに「順調なのは……本命の彼女さんとじゃないんですかね……」と、自虐的に笑いをこぼしながら私は答えた。でも、目からはポタポタと涙が溢れてスカートに染みを作っていた。清田さんは、そんな私の頭をそっと撫でてくれた。

「今日は……もう帰ったほうがいいわ? 仕事はどうにでもなるから。ね?」

 優しいその声に促され、私はコクンと頷く。

「じゃあ、バッグ取ってくるわ。ここで待ってて」

 ゆっくりと立ち上がった清田さんに、私は力なく「はい……」と返す。

 部屋を出ていくその背中を見送ってから、私は自分の膝に掛かったままの上着を握りしめた。隣に立つとほんのりと香る爽やかな花のような香りがそこからも漂う。

 返さなきゃ……。

 そう思う心とは裏腹に、私はそれをぎゅっと抱きしめていた。

 どのくらいぼんやりしていただろうか。清田さん、遅いな……と思いながら扉に目をやると、ちょうど小さく音がして開いたところだ。でも、入って来たのは清田さんじゃない。

 どうして?

 慌てて視線を逸らすと、静かに創ちゃんは私の元にやって来た。

「荷物持ってきた。それからタクシーを呼んである」

 創ちゃんは淡々とした口調で私のバッグと、タクシーのナンバーが書いてあるメモを差し出す。私はその顔を見ることができず、その手元に視線を落とした。

「すみません。ご迷惑をおかけしました。大丈夫ですから」

 私はバッグだけ受け取り、代わりに持っていた上着を差し出した。

「与織子?」

 私がメモを受け取らなかったのを不審に思ったのか、創ちゃんは戸惑ったように私を呼ぶ。でも、顔を上げることなんてできない。きっと……顔を見たら泣いてしまうから。

「本当に……大丈夫です。失礼します」

 上司に対する態度で一礼すると、私はその場を慌てて離れる。

 今は顔を見たくない。声も聞きたくない。ただ、その一心で。

 創ちゃんは追いかけては来なかった。

 私なんて、その程度、だよね……?

 一度沈んでしまった気持ちは簡単には浮き上がらない。頭に浮かぶのはネガティブなことばかりだ。
 いつもとは違う、昼間の少し人の少ない電車に揺られながらぼんやりとそんなことを考えた。でも、仕方ないとも思う。私のやり残した仕事の続きもある。私の心配より、仕事の心配をしなきゃいけないのは当然なんだから。

 なんとか自力で家に帰り着き、鍵を開け中に入る。

 その時の私はすっかり忘れていた。今日は金曜日の昼間。いつもなら誰もいない時間帯。姿を見てはいけないと言われている人が、今この時うちにいることを。
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