45 / 69
5.偽物は偽物でしかないのです
6
しおりを挟む
入社して2回目の月初は思いの外忙しい。朝にはまだ少なかった問い合わせの電話やメールは時間が経つにつれ増えて行き、そうしているうち届けられた郵便物を開封して、としているうちに昼になった。もちろん今日は清田さんも出勤しているから、2人でお弁当を囲んでいる。
「与織子ちゃんは連休どこかへ行ったの?」
「……いえ、特に遠出は……」
出社した人の中にはお土産を持ってきている人もいた。中には海外旅行、なんて人もいるなか、どこにも行っていない私はお土産を受け取るばかりだった。
「私もこのお腹でしょ? 長時間座ってるのも苦しくて結局近所で買い物したくらいなのよ」
「もう1ヵ月後には産休に入るんですよね。寂しいです」
私はお箸を持つ手を止めしんみりてしてしまう。こうやっておしゃべりしながらお弁当を食べるのもあと少しだ。
「そうね。私も寂しいな。何かあればいつでも相談してね?」
そう言って微笑む清田さんは、すでにお母さんのような雰囲気を醸し出している。
「はい。ありがとうございます」
私はそう答えてからまたご飯を口に運び始めた。
「それにしても与織子ちゃん。水臭いな?」
私がせっせとお弁当を食べていると、清田さんはニコニコしながらそう言った。
「え? 何かありました?」
そんなことを言われる心当たりがなくて、ポカンとしたまま清田さんに尋ねる。
「川村君と、いつの間に付き合い始めたの?」
「んんっ!!」
危うく喉にご飯を詰まらせそうになり、慌てて水筒のお茶を流し込んでから、私ははぁっと息を吐いた。
「なっ、なんで⁈ いったいどれを見てたんですか⁈」
狼狽えながら尋ねると、清田さんは穏やかな顔のまま笑っている。
「あらあら。どれって言うくらいお休みの間デートしてたのね? どうりで金曜日、川村君の機嫌がいいと思った」
清田さんにそんなことを言われ、私はその場で固まっていた。
「どっ、どうか、この話はご内密に!」
我に返り清田さんにお願いすると、「わかってる。誰にも言ってないわよ?」とニコニコした笑顔が返ってきた。
お弁当を食べ終え、先に清田さんには席に戻ってもらい、私は自動販売機に向かいながら、溜め息を吐く。
それにしても……。創ちゃんの『それらしく振る舞おう作戦』は、早速効果があったようだ。私達がいくら婚約しましたと上に報告したところで誰も信じない。周りからじわじわと噂してもらうのが一番だろう、と。
だから今日も一緒に出社したし、帰りもできたら一緒に退社して、周りに付き合ってるアピールをしなきゃいけないのだ。
そしてとにかく今日は、なんとしても社長と専務に婚約の報告をしておきたい、と言うのが創ちゃんの願いだった。
こんな面倒事は早く終わらせて気楽になるに限るよ!
一人頷きながら自動販売機でミルクティーを買い、取り出しているとミニバックに入れていたスマホが小さく鳴り始めた。
「朝木ですっ!」
『俺だ。今どこだ?』
「自販機のところです」
『じゃあ社長室の前で待ってる』
「……はい」
その用件のみで電話は切れ、画面に視線を落としたまま、私はまた溜め息を吐いた。
業務連絡にもほどがあるよ! ほんとに!
創ちゃんは、時々突然恋人かな? ってくらい甘くなるのに、普段は仕事の鬼的な何かを醸し出す。
本当の恋人じゃないし、仕方ないよね。だって私は偽物だし、枚田さんのように創ちゃんに抱きつく権利もないのだから。
トボトボと社長室に向かうと、少し手前で創ちゃんが待っていた。仕事用のスーツに黒縁眼鏡。休みの日には上げている前髪は、今は表情を隠すように下されている。私が入社してからその姿は変わらない。
でも……
「与織子」
そう私を呼んで笑みを浮かべた創ちゃんは、前とは違う。
私はそれを、嬉しく思う反面、悲しくもなっていた。
「与織子ちゃんは連休どこかへ行ったの?」
「……いえ、特に遠出は……」
出社した人の中にはお土産を持ってきている人もいた。中には海外旅行、なんて人もいるなか、どこにも行っていない私はお土産を受け取るばかりだった。
「私もこのお腹でしょ? 長時間座ってるのも苦しくて結局近所で買い物したくらいなのよ」
「もう1ヵ月後には産休に入るんですよね。寂しいです」
私はお箸を持つ手を止めしんみりてしてしまう。こうやっておしゃべりしながらお弁当を食べるのもあと少しだ。
「そうね。私も寂しいな。何かあればいつでも相談してね?」
そう言って微笑む清田さんは、すでにお母さんのような雰囲気を醸し出している。
「はい。ありがとうございます」
私はそう答えてからまたご飯を口に運び始めた。
「それにしても与織子ちゃん。水臭いな?」
私がせっせとお弁当を食べていると、清田さんはニコニコしながらそう言った。
「え? 何かありました?」
そんなことを言われる心当たりがなくて、ポカンとしたまま清田さんに尋ねる。
「川村君と、いつの間に付き合い始めたの?」
「んんっ!!」
危うく喉にご飯を詰まらせそうになり、慌てて水筒のお茶を流し込んでから、私ははぁっと息を吐いた。
「なっ、なんで⁈ いったいどれを見てたんですか⁈」
狼狽えながら尋ねると、清田さんは穏やかな顔のまま笑っている。
「あらあら。どれって言うくらいお休みの間デートしてたのね? どうりで金曜日、川村君の機嫌がいいと思った」
清田さんにそんなことを言われ、私はその場で固まっていた。
「どっ、どうか、この話はご内密に!」
我に返り清田さんにお願いすると、「わかってる。誰にも言ってないわよ?」とニコニコした笑顔が返ってきた。
お弁当を食べ終え、先に清田さんには席に戻ってもらい、私は自動販売機に向かいながら、溜め息を吐く。
それにしても……。創ちゃんの『それらしく振る舞おう作戦』は、早速効果があったようだ。私達がいくら婚約しましたと上に報告したところで誰も信じない。周りからじわじわと噂してもらうのが一番だろう、と。
だから今日も一緒に出社したし、帰りもできたら一緒に退社して、周りに付き合ってるアピールをしなきゃいけないのだ。
そしてとにかく今日は、なんとしても社長と専務に婚約の報告をしておきたい、と言うのが創ちゃんの願いだった。
こんな面倒事は早く終わらせて気楽になるに限るよ!
一人頷きながら自動販売機でミルクティーを買い、取り出しているとミニバックに入れていたスマホが小さく鳴り始めた。
「朝木ですっ!」
『俺だ。今どこだ?』
「自販機のところです」
『じゃあ社長室の前で待ってる』
「……はい」
その用件のみで電話は切れ、画面に視線を落としたまま、私はまた溜め息を吐いた。
業務連絡にもほどがあるよ! ほんとに!
創ちゃんは、時々突然恋人かな? ってくらい甘くなるのに、普段は仕事の鬼的な何かを醸し出す。
本当の恋人じゃないし、仕方ないよね。だって私は偽物だし、枚田さんのように創ちゃんに抱きつく権利もないのだから。
トボトボと社長室に向かうと、少し手前で創ちゃんが待っていた。仕事用のスーツに黒縁眼鏡。休みの日には上げている前髪は、今は表情を隠すように下されている。私が入社してからその姿は変わらない。
でも……
「与織子」
そう私を呼んで笑みを浮かべた創ちゃんは、前とは違う。
私はそれを、嬉しく思う反面、悲しくもなっていた。
1
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
アンコール マリアージュ
葉月 まい
恋愛
理想の恋って、ありますか?
ファーストキスは、どんな場所で?
プロポーズのシチュエーションは?
ウェディングドレスはどんなものを?
誰よりも理想を思い描き、
いつの日かやってくる結婚式を夢見ていたのに、
ある日いきなり全てを奪われてしまい…
そこから始まる恋の行方とは?
そして本当の恋とはいったい?
古風な女の子の、泣き笑いの恋物語が始まります。
━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━ʚ♡ɞ━━
恋に恋する純情な真菜は、
会ったばかりの見ず知らずの相手と
結婚式を挙げるはめに…
夢に描いていたファーストキス
人生でたった一度の結婚式
憧れていたウェディングドレス
全ての理想を奪われて、落ち込む真菜に
果たして本当の恋はやってくるのか?

溺愛の価値、初恋の値段
C音
恋愛
トラブルに巻き込まれて職を失った海音は、テレビで初恋の相手―飛鷹空也が帰国していることを知る。中学生の頃、彼と一時は両想いになったものの、ある誤解がもとで喧嘩別れしていた。現在、実業家として活躍する彼は、別世界の人間。二度と会うこともないと思っていたのに、偶然彼の乗る車に接触して怪我をしたことから、同棲生活を送ることに。大人になった彼の積極的な行動に振り回されるうちに、初恋が再燃!?


それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

アラフォー×バツ1×IT社長と週末婚
日下奈緒
恋愛
仕事の契約を打ち切られ、年末をあと1か月残して就職活動に入ったつむぎ。ある日街で車に轢かれそうになるところを助けて貰ったのだが、突然週末婚を持ち出され……
【完結】もう一度やり直したいんです〜すれ違い契約夫婦は異国で再スタートする〜
四片霞彩
恋愛
「貴女の残りの命を私に下さい。貴女の命を有益に使います」
度重なる上司からのパワーハラスメントに耐え切れなくなった日向小春(ひなたこはる)が橋の上から身投げしようとした時、止めてくれたのは弁護士の若佐楓(わかさかえで)だった。
事情を知った楓に会社を訴えるように勧められるが、裁判費用が無い事を理由に小春は裁判を断り、再び身を投げようとする。
しかし追いかけてきた楓に再度止められると、裁判を無償で引き受ける条件として、契約結婚を提案されたのだった。
楓は所属している事務所の所長から、孫娘との結婚を勧められて困っており、 それを断る為にも、一時的に結婚してくれる相手が必要であった。
その代わり、もし小春が相手役を引き受けてくれるなら、裁判に必要な費用を貰わずに、無償で引き受けるとも。
ただ死ぬくらいなら、最後くらい、誰かの役に立ってから死のうと考えた小春は、楓と契約結婚をする事になったのだった。
その後、楓の結婚は回避するが、小春が会社を訴えた裁判は敗訴し、退職を余儀なくされた。
敗訴した事をきっかけに、裁判を引き受けてくれた楓との仲がすれ違うようになり、やがて国際弁護士になる為、楓は一人でニューヨークに旅立ったのだった。
それから、3年が経ったある日。
日本にいた小春の元に、突然楓から離婚届が送られてくる。
「私は若佐先生の事を何も知らない」
このまま離婚していいのか悩んだ小春は、荷物をまとめると、ニューヨーク行きの飛行機に乗る。
目的を果たした後も、契約結婚を解消しなかった楓の真意を知る為にもーー。
❄︎
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる