貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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5.偽物は偽物でしかないのです

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 扉が小さく開き、少し顔を覗かせたのはいっちゃんだった。

「与織子? 起きてたのか。体調はどうだ?」

 もう主任に聞いたのだろうか? 帰って間もないだろういっちゃんはそんなことを言った。

「うん。大丈夫。いっちゃん、入って来てもいいよ?」

 遠慮していたのか扉から動かないいっちゃんにそう言うと、気後れしたように部屋に入って来た。そしてベッドに座る私の横に座ると、見上げていた私のおでこに手を当てた。

「熱は……ないな。風邪ひいたって聞いたから心配でな」

 そんなことすら筒抜けなのか、と少し息を吐いた。

「風邪かなって思ったけど違ったみたい。花粉症だったのかな?」

 なんて私は笑いながら誤魔化す。いっちゃんは手を下ろすと、まだ心配そうに私を見ていた。

 婚約者になったと報告したあの日、いっちゃんは九州のかなり秘境の温泉に行っていた。そして帰って来たのは昨日の夕方。電話であんな剣幕だったのだから、きっと何か言われるに違いないと思っていたのに、実際は何事もなかったようにたくさんのお土産を渡されて、お土産話を聞かせてくれただけだった。
 ふう君だってそうだ。実家で婚姻届を書いていたときは反対していたのに、次の日このマンションに戻ったときは、そんな話はなかったように接してきた。

 2人とも、きっとこの婚約の秘密を聞いた上で納得した、と言うところだろう。もしかしたら、主任に彼女がいることも知っているのかも知れない。

「与織子……?」

 聞きたいけど聞けない。そんな複雑な思いが顔に出ていたのか、いっちゃんは私の顔を覗き込む。そして、ゆっくりと口を開くとこう言った。

「今なら……まだ後戻りできるぞ?」

「後戻りって……?」

 私が呆然としながらそう尋ねると、いっちゃんは心許ない様子で私を見ていた。

「親父と創一の話を聞いて一度は納得した。けど、与織子が嫌なんだったら……。婚約、なかったことにすればいいから」

 悲し気な表情でそう言うと、いっちゃんはゆっくり私の頭を撫でる。子どもの頃から、何かあるたび私を励ましてくれた大きな手だ。
 私は一緒揺らぎそうになる。そのほうがいいんじゃないかって。でも……違う。主任は私の大事なものを守ろうとしてくれていて、きっと主任も自分の大事なものを守ろうとして始まったのだ。
だから……。

「……ううん? 私、ちゃんとやるよ。偽物でも、必要としてくれるなら」

 そう言って私はいっちゃんを見上げる。

「野菜だって、手間をかけて努力を惜しまなきゃいいものはできないもの。ずっと続くわけじゃないんだから、頑張ってみるよ」

 そう言って、無理に笑いを浮かべる。そんな私を見て、いっちゃんは複雑そうな表情で息を吐くと、ポンポンと頭を撫でて手を下ろした。

「そうだな。いつでも諦めずにやり遂げる。それが与織子のいいところだ。困ったことがあればいつでも言え? 創一に対する文句ならいつでも聞くから」

 優しい兄の顔をして、いっちゃんは笑う。

「ありがとう。うん。私のこと筒抜けなんだから、主任のことだって筒抜けでもいいよね?」

 今度は自然に笑いながらそう答える。そんな私を、いっちゃんは真面目な顔で見下ろしていた。

「あのさ与織子」
「何?」
「創一のこと、いい加減名前で呼んでやれ。このままじゃ、ずっと主任としか呼んでもらえないかも知れないってぼやいてたぞ?」

 そう言われて、私は目を見開いたまま、ポカンといっちゃんを見上げていた。
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