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4.婚約者の憂鬱
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「どれにする?」
目の前のケースには、5つほどリングが置かれている。見るからにどれもお高そうなのに、そんなことを気にする様子もなく主任は私に尋ねた。
「どれにすると言われましても……」
見てるだけで物おじしてしまいそうなピカピカに光るダイヤモンドリングを前に私は恐縮してしまう。
それを察したのか、店員さんは私にニコッと笑いかけると、「お試しいただいたらどうでしょうか。お嬢様」と言った。
お、お嬢様⁈
生まれてこのかた言われたことのない台詞に、私は思わず変な声を出しそうになってなんとか堪えた。
「付けてみればいい」
素っ気なくそう言われて、「はい……」と私は左手を差し出した。
店員さんは慣れた手つきで指輪を嵌め、「いかがでしょう?」と尋ねる。
さすがに、手だけ自分じゃないみたいです、とは言えず、私はなんとも微妙な顔になった。そうして、取っ替え引っ替え指輪を嵌めてもらい、最後の一つになった。
「どうだ? いいのあったか? なかった他のも持って来てもらうが」
「いえっ! これで充分です! と言うか、これにします!」
もうどれも、不相応な気がして、全部一緒に見える。あえて言うなら、最後のこれが一番シンプルだ。
「さすが川村様のお相手となるかたですな。お目が高い」
満面の笑みを浮かべてそう言われて、私はそのぶん顔が引き攣っていた。
なにせ、ここにあるものには全部値札が付いていなかった。もしかしなくても、この、一番シンプルなこれが、一番お値段が張るものだったみたいだ。
「ではそれを。支払いはいつものようにしておいてくれ」
「かしこまりました」
今、これぞ御曹司、と言う片鱗を垣間見た気がする。これは……絶対家に外商の人とかくるやつだ。堂々としている主任を見て、私はそんなことを思った。
「じゃあ、それは付けたままでいいな。次へ行くぞ」
まるで仕事のノルマを果たすような顔で主任はそう言う。
「……いったいどこへ……?」
聞きたいような、聞きたくないような。そんな気持ちになるが、これ以上凄いところへ連れて行かれて見苦しいところを見せる前に、心の準備をしておきたい。
「婚約が決まったなら行っておかなきゃいけないところがあるだろう?」
主任は訝しげな顔をしてそう言う。
「……と言いますと?」
思い当たる場所もなく、私はおずおずと尋ねる。
「お前の実家だ。ちゃんとアポは取ってあるから安心しろ」
まるで取引先に向かうような口調で、主任はそう言った。
地下で手土産を買うとホテルの駐車場まで戻り、主任の車に乗りこむ。まさか2回もこの車に乗るとは。そして、今から自分の実家に向かうことになるとは。婚約した実感など湧かないまま、車は走り出した。
「着く頃にはもう夕方近いですよ? 本当に行くんですか?」
土地勘がいまいちで、どこを走っているのかわからない私はそう尋ねる。
「そうだな。向こうには何時に着いてもいいと言われている。なんなら泊まっていくかと言われたがそこは丁重にお断りした」
ハンドルを握り、前を向いたまま愛想なくそう言う主任に、私は「当たり前です!!」と返す。
「こっちに戻るころにはもう夜だな。夜は何にする?」
「何って……ご飯ってことですか?」
主任のほうを向いて尋ねると、「それ以外になにがあるんだ」と呆れたように返ってきた。
「ランチもご馳走になったのに申し訳ないですよ! それに、帰ったら鶴さんのご飯あるし……」
いつもは金曜日に来る鶴さんは、連休に入るからと今回は私が仕事に行っていた月曜日にも来ていて、帰ったらまた冷蔵庫がいっぱいになっていた。
「……鶴さん?」
「はい。って、私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど。実は……」
そう言って私は、高速に乗り流れるように走る車の中で、鶴さんについて話し始めた。主任は時々それに「へぇ」とか「そうか」と小さく相槌を打ってくれ、調子に乗った私は、鶴さんのご飯、お気に入りランキングなるものまで披露した。
「そんなに美味いのか? その、鶴さんとやらの飯は」
「はい! 今日のランチにも引けを取らないくらい美味しいです。私は逆立ちしたって作れないです」
私が勢いよく答えると、主任は小さく笑った。
「俺は、朝木の作った飯を食ってみたいが?」
「えっ! いや、それは……。全く自信がないと言うか……」
そう言って言葉を濁していると、主任はウインカーをつけパーキングエリアへ入っていく。連休に賑わっている駐車場に車を停めると、主任は私を見た。
「料理、できるんだろ?」
「できますよ! ただ……ものすご~く茶色いです」
私が正直にそう言うと主任は笑う。
「そう言えば、得意料理は大根の煮物だったな。たまにはそう言うのも食いたいんだけど?」
期待したようにニヤリと笑う主任に、私は焦りながら返す。
「えと。じゃあ、またそのうちに!」
「そのうち、じゃなくてこの連休中な。婚約者としてお互いを知る必要があるだろ?」
楽しそうにそう言うと、主任は私の頭をポンと撫でた。
目の前のケースには、5つほどリングが置かれている。見るからにどれもお高そうなのに、そんなことを気にする様子もなく主任は私に尋ねた。
「どれにすると言われましても……」
見てるだけで物おじしてしまいそうなピカピカに光るダイヤモンドリングを前に私は恐縮してしまう。
それを察したのか、店員さんは私にニコッと笑いかけると、「お試しいただいたらどうでしょうか。お嬢様」と言った。
お、お嬢様⁈
生まれてこのかた言われたことのない台詞に、私は思わず変な声を出しそうになってなんとか堪えた。
「付けてみればいい」
素っ気なくそう言われて、「はい……」と私は左手を差し出した。
店員さんは慣れた手つきで指輪を嵌め、「いかがでしょう?」と尋ねる。
さすがに、手だけ自分じゃないみたいです、とは言えず、私はなんとも微妙な顔になった。そうして、取っ替え引っ替え指輪を嵌めてもらい、最後の一つになった。
「どうだ? いいのあったか? なかった他のも持って来てもらうが」
「いえっ! これで充分です! と言うか、これにします!」
もうどれも、不相応な気がして、全部一緒に見える。あえて言うなら、最後のこれが一番シンプルだ。
「さすが川村様のお相手となるかたですな。お目が高い」
満面の笑みを浮かべてそう言われて、私はそのぶん顔が引き攣っていた。
なにせ、ここにあるものには全部値札が付いていなかった。もしかしなくても、この、一番シンプルなこれが、一番お値段が張るものだったみたいだ。
「ではそれを。支払いはいつものようにしておいてくれ」
「かしこまりました」
今、これぞ御曹司、と言う片鱗を垣間見た気がする。これは……絶対家に外商の人とかくるやつだ。堂々としている主任を見て、私はそんなことを思った。
「じゃあ、それは付けたままでいいな。次へ行くぞ」
まるで仕事のノルマを果たすような顔で主任はそう言う。
「……いったいどこへ……?」
聞きたいような、聞きたくないような。そんな気持ちになるが、これ以上凄いところへ連れて行かれて見苦しいところを見せる前に、心の準備をしておきたい。
「婚約が決まったなら行っておかなきゃいけないところがあるだろう?」
主任は訝しげな顔をしてそう言う。
「……と言いますと?」
思い当たる場所もなく、私はおずおずと尋ねる。
「お前の実家だ。ちゃんとアポは取ってあるから安心しろ」
まるで取引先に向かうような口調で、主任はそう言った。
地下で手土産を買うとホテルの駐車場まで戻り、主任の車に乗りこむ。まさか2回もこの車に乗るとは。そして、今から自分の実家に向かうことになるとは。婚約した実感など湧かないまま、車は走り出した。
「着く頃にはもう夕方近いですよ? 本当に行くんですか?」
土地勘がいまいちで、どこを走っているのかわからない私はそう尋ねる。
「そうだな。向こうには何時に着いてもいいと言われている。なんなら泊まっていくかと言われたがそこは丁重にお断りした」
ハンドルを握り、前を向いたまま愛想なくそう言う主任に、私は「当たり前です!!」と返す。
「こっちに戻るころにはもう夜だな。夜は何にする?」
「何って……ご飯ってことですか?」
主任のほうを向いて尋ねると、「それ以外になにがあるんだ」と呆れたように返ってきた。
「ランチもご馳走になったのに申し訳ないですよ! それに、帰ったら鶴さんのご飯あるし……」
いつもは金曜日に来る鶴さんは、連休に入るからと今回は私が仕事に行っていた月曜日にも来ていて、帰ったらまた冷蔵庫がいっぱいになっていた。
「……鶴さん?」
「はい。って、私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど。実は……」
そう言って私は、高速に乗り流れるように走る車の中で、鶴さんについて話し始めた。主任は時々それに「へぇ」とか「そうか」と小さく相槌を打ってくれ、調子に乗った私は、鶴さんのご飯、お気に入りランキングなるものまで披露した。
「そんなに美味いのか? その、鶴さんとやらの飯は」
「はい! 今日のランチにも引けを取らないくらい美味しいです。私は逆立ちしたって作れないです」
私が勢いよく答えると、主任は小さく笑った。
「俺は、朝木の作った飯を食ってみたいが?」
「えっ! いや、それは……。全く自信がないと言うか……」
そう言って言葉を濁していると、主任はウインカーをつけパーキングエリアへ入っていく。連休に賑わっている駐車場に車を停めると、主任は私を見た。
「料理、できるんだろ?」
「できますよ! ただ……ものすご~く茶色いです」
私が正直にそう言うと主任は笑う。
「そう言えば、得意料理は大根の煮物だったな。たまにはそう言うのも食いたいんだけど?」
期待したようにニヤリと笑う主任に、私は焦りながら返す。
「えと。じゃあ、またそのうちに!」
「そのうち、じゃなくてこの連休中な。婚約者としてお互いを知る必要があるだろ?」
楽しそうにそう言うと、主任は私の頭をポンと撫でた。
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