貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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3.お見合い相手はいったい誰?

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 前にテレビで見たままの、都内有数の高級ホテル。
 案内されたのは、そのホテルのラウンジの、立派な庭に面した席だ。休日には予約も必要なこの席に、本当ならお見合いでくるはずだったんだな、なんて思いながら私は座っていた。
 目の前の庭はかなり広く、散策する人の姿も見える。漫画やドラマであるあるの、『あとは若い人達だけで』なんて言われてお見合い後お庭で散歩、と言うシチュエーションにはもってこい。

 けれど今は、それなりにオシャレをさせてもらい、夢にまで見た苺づくしのアフタヌーンティーセットを前に目を輝かせている私と、それを見てニコニコしているいっちゃんとの兄妹デートだ。と言っても、デートだと言い出したのは私じゃない。いっちゃんのほうなのだけど。

「今日は与織子を独り占めだ」

 なんて言いながら、この場に合わせたスマートカジュアルスタイルのいっちゃんは、それなりに目を引くらしく、チラチラといっちゃんを盗み見る女子が多数いて、視線が痛い。

「いっちゃん、どれ食べる? 甘いのあんまり食べないでしょ?」
「あぁ。与織子が食べたいの食べればいいぞ? 俺はあまりもので充分」
「こんなにいっぱい入るかな?」

 そう言いながら、三段になったスタンドの下からサンドイッチを取り分ける。
 ローストビーフとかエビの入ったサンドイッチはいっちゃんにお任せして、私はフルーツサンドを自分の皿に乗せた。

「じゃ、いただきまーす!」

 手を合わせてそう言うと、早速一口齧る。フルーツの酸味とさっぱりした生クリームが絶妙で、さすがコンビニのやつとは違う!と心の中でも叫ぶ。

「お、うまい」

 いっちゃんも一口で一気に食べるとそう言っている。

 よかった。念願叶って!

 そんなことを私は思う。
 昨日、お見合い中止を告げられて真っ先に浮かんだのは『せっかく予約してもらったアフタヌーンティーセットが食べらない!』だった。で、それを正直にいっちゃんに話したら、『じゃあお見合い関係なく食べに行けばいい』となったのだ。

 もし、お見合い相手とこれを食べることになっていたら、私はちゃんと味わえたんだろうか?だいたい、未だに相手がどんな人なのか、全く教えてもらっていない。お見合いならお見合いらしく写真の1枚でもあっておかしくないのに、それすらないのだから。

 だから私は、今日こそはいっちゃんに聞きだすぞ!と一人意気込んでいた。

 先に食べることに集中し、残すところは上段のみ、となったところで一息つく。紅茶は飲み放題で種類も選べるから、最初の香りの良いストレートティーから濃いめのミルクティーに切り替えた。

「ねぇ、いっちゃん。聞きたいことがあるの」

 私が少し真面目な顔で尋ねると、いっちゃんは持ち上げていたカップを宙に浮かせたまま私のほうを見て「なんだ?」と口にした。

「あのね。いっちゃん、うちの会社の専務のこと、知ってる?」

 それを聞いたいっちゃんは、少し眉を顰めてカップをそのまま皿に戻した。

「……。与織子の会社の役員の名前くらいは知ってる。面識はないがな。なんでそんなことを聞くんだ?」

 いっちゃんは笑うことなく私にそう返す。その顔を見て、きっと嘘は言っていないと私は思った。

「専務が何故か私を狙ってるって職場でも噂になってるの。確かに不自然なくらい私にだけ話しかけてくるし……。だから、もしかして専務がお見合い相手、なのかな? って思って」

 真っ直ぐにいっちゃんを見て私は尋ねる。いっちゃんは、そんな私を見て小さく息を吐き出した。

「あいつは……見合い相手じゃない」

 いっちゃんは素っ気なく言うと、またカップを持ち上げ、今度は口まで運んでいる。

「でも、おかしいよ、やっぱり。同期の凄く可愛い子のところに行くならわかるけど、なんで私に? ってなるし、何か裏があるんじゃないかって」

 私がそう訴えると、渋い紅茶を飲んだみたいな顔をしてカップを置く。

「与織子、セクハラされてんのか?」
「そこまでじゃないけど……。なんだかんだで主任がていよく追い払ってくれてるし。じゃあ、お見合い相手じゃないとして、もしかして専務もうちの山狙ってるとか?」

 お父さん曰く、お見合い相手はうちの山を狙ってる。いったいあの山にどんな魅力があるのかわからないけど、他にも狙ってる人がいるかも知れない。

「山?」

いっちゃんは、私に不思議そうに尋ねる。

「そうだよ? うちの山。お父さんが言ってたもん。きんでも埋まってるの?」

 私がそう言うと、いっちゃんはしばらく考え込んでいる。

「いっちゃん?」

 ようやくいっちゃんはカップに視線を落としたまま、真面目な顔をして口を開いた。

「そうだな。山、狙ってるかもな。仕方ない。その専務とやらにお見合いねじ込まれる前に、こっちの話を進めないとな」

 いっちゃんは独り言のようにそう呟き、一人納得しているようだった。
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