貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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2.社会人はつらいよ?

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「え?なんですか?」

 聞き取れなかった私がそう言って聞き返すと、ウインカーがカチカチ言う音がして車は路肩に停められた。外を見ると、うちのマンションは目の前だ。
 そして主任のほうを振り返ると、主任は軽く溜め息を吐き私の問いに答えた。

「……同じビル内のグループ会社なら交流もあるだろう。顔見知り程度だ」
「そう……なんですね」

 納得したわけじゃないけど、そう言われたらそう思うしかない。みー君に聞いてもきっと同じような返事が返ってくる気がする。

 もう着いたのに、前を見ながらボーッとそんなことを考えていると、隣でカチャリとシートベルトの外された音がした。

「それより朝木……」

 そう言うと主任は私のほうに体を傾ける。

 えっ? えっ?

 私の頭の中は軽くパニックだ。私の体に覆い被さるんじゃないかっていうくらい主任は私に近づいている。もちろん私だって、異性にこれほど近づかれたことが無いわけじゃない。でも、それは身内限定だ。

 や、やっぱり狼なの⁈

 キ……キスされる⁈なんて思って私がギュッと目を閉じると、右側からカチャリと軽い音がして、左側からガチャリとドアの開く音が聞こえてきた。そして最後に、かなりの至近距離から主任の溜め息が聞こえてきた。

「着いたぞ? 降りないのか?」

 目の前から主任の気配が消えると、私は恐る恐る目を開ける。シートベルトは緩んでいて、ドアも少し開いている。

「おお降ります!」

 自分の勘違いっぷりに一人で恥ずかしくなりながら私は答えた。
そんな私に、主任は呆れたようにまた、軽く溜め息を吐く。

「悪かったな、遅くまで。明日は休みだ。ゆっくり休め」
「はい。ありがとうございます。……主任も、ゆっくりしてください」

 私はそう言うと車を降りる。

「送ってくださってありがとうございました。おやすみなさい」

 外から運転席を覗き込んで私が言うと、主任は少し表情を緩めて「あぁ。おやすみ」と口にした。

 そのまま扉を締め、歩道に上がると車はゆっくり動き出す。私はその車のテールランプをしばらく見送っていた。

 そして、「帰ろ」とマンションのエントランスのほうを向くと、なんでだか怖~い顔をした、いっちゃんがそこに立っていた。

 私がエントランスに向かうと、いっちゃんは怖い顔のまま私に向かって来た。

「与織子!」
「なぁに? いっちゃん。そんな怖い顔して」

 私はいっちゃんに、至って普通に尋ねる。

「今の! 何もされてないか⁈」
「今のって……?」

 もしかして、私の超勘違い行動を見ていたのだろうか?でも、なんでそんなに怒ってるみたいな顔をするんだろう?と私は謎に思った。

「その、キ……」

 ようやくそこでいっちゃんが何を言いたいか理解して私は盛大に笑い声を漏らした。

「やだなぁ、いっちゃん! シートベルトを外しながらドアを開けてくれたからああなっただけだよ。私にそんなことする人いるわけないじゃない!」

 私はそう冗談めかしていっちゃんの腕を軽く叩く。言ってて虚しくはあるけど。そして、あからさまにホッとした顔をして、いっちゃんは歩きだした。

「いや、お前が可愛いから、俺は心配なんだ」
「それは身内フィルターだって。もしかして、いっちゃんも男はみんな狼派なの?」

 いっちゃんが開けたオートロックを入り、ロビーを通り抜けながら私はそう尋ねてみる。みー君のあれだっていっちゃんの入れ知恵かも知れないし。

「なんだ? それは。だが、あながち間違ってないから与織子も気をつけるんだぞ?」

 私を諭すように、急にまじめ腐った顔をしていっちゃんはそう言う。そんないっちゃんに、私は素朴な疑問をぶつけてみた。

「じゃあ……いっちゃんにも狼経験あるんだ」

 エレベーターの前で私に背を向け上のボタンを押しているその背中が大きく揺れると、恐る恐るいっちゃんは振り返る。

「は……い?」

 図星だったのかな?

 いっちゃんは決まり悪そうに私から視線を逸らしている。

「いいのいいの! いっちゃんだって狼になることくらいあるよね?」

 私が笑いながらいっちゃんにそう言うと、「与織子……。俺はそんなふしだらな妹に育てた覚えはないぞ……」と溜め息を吐きながら両肩に手をガシッと乗せられた。

 私、いっちゃんに育てられた覚えはないんだけどな?

 そんなことを思いながら私はいっちゃんを見上げて口を開く。

「なんで、狼だとふしだらなの?」

 繋がりが見えなくて、私は単純に聞いてみたくなった。大人なんだから、キスの1回や2回、したことあるだろうに……。

 そんな私に、いっちゃんは「へ?」と家族にしか見せないだろう間抜けな顔をして見せていた。
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