貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月

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2.社会人はつらいよ?

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 連れてこられたのは、ビル内の地下駐車場。送ると言われたけど、てっきり駅までだと思っていた。と言っても、いくつかある最寄駅のどれを主任が使っているかなんて知らないんだけど。

「主任……。車通勤だったんですか?」

 ウチの会社、それOKだったっけ?と思いながら尋ねると、主任は少し顔を顰めて答える。

「今日は残業覚悟だったから最初から申請してたんだ。普段は電車だ。いいから早く乗れ」

 そう言うと主任は、格好いい黒のスポーツカーの助手席を全開にした。

「はい……」

 私の戸惑いなんて気にする様子もなく、さっさと主任は運転席側に足を向けている。私は仕方なく、その革張りのシートに乗り込んだ。

 いっちゃんがこんな車に前乗ってたな……

 そう車に興味があるわけじゃないからよくわからないが、内装はよく似ている。結構いいグレードなんだろうな、と勝手に想像ながらシートベルトをしていると運転席に主任が乗り込んできた。流れるようにシートベルトをしてエンジンをかける主任をなんとなく眺めていると、主任とバチっと目があった。

「なんだ?」
「え、あ、なんでもないです!」

 私はそう答えて慌てて反対を向く。ちょっと格好いいかも、なんて思ってしまったのは秘密にしたい。主任はいつも長めの前髪を無造作に垂らして、顔を隠すように黒縁眼鏡をかけているから、そんなにマジマジと見ることなんてなかったけど、こんな至近距離の密室で目に入った主任の横顔は、思ってた以上に整っていた。

 何考えてるんだ……私は

 思わず熱くなった頰を覚ますように両手を当てていると、車は地下から地上に上がった。

「家に連絡入れなくていいのか? 車だと15分ほどで着くぞ?」

 前を向いたままハンドルを握る主任にそう投げかけられ、私は我に返る。

「は、はいっ! 今から連絡します!」

 緊張状態で姿勢を正して私が答えると、隣から「フッ」と小さく聞こえてくる。

「笑わないで下さい!」

 横をチラ見すると、主任の口元は明らかに笑っているように見える。

「笑ってない」

 そう言いながらも、その声すら笑いが含まれていて「笑ってます!」と思わず返す。

「いいから、早く連絡しろ。家族が心配するだろ」

 赤信号に引っかかりブレーキをかけてから、主任はこちらを向いてそう言う。外の光に照らされ浮かび上がったその顔は、なんだかとても優しい顔をしていた。

 スマホを取り出すと、とりあえずみー君にメッセージを送る。

『今主任に送って貰ってるから、15分くらいで着くって』

 そう送るとすぐに既読は付き、すぐさま返事が返ってきた。

『15分くらいってまさか車? 密室に2人きり? 大丈夫なの? 送り狼になったりしない⁈』

 ないない。私相手に何があるって言うんだろう。そんなことあり得ないのに。

『大丈夫だよ! 主任はそんなことしないよ!』

 電話だったらこの会話を聞かれてたと思うと、メッセージにしてよかった。そう思いながらまた返事を返すと、またすぐ返信があった。

『男はみんな狼なんだよ?』

 吹き出しそうになり、私は慌てて口元を押さえる。いっちゃんやふう君はともかく、みー君は羊みたいな顔していったい何を言っているのだろうか。

『とにかくもうすぐ着くと思うから心配しないでね』

と送って返事を見ることなくスマホをバッグにしまい溜め息を吐いた。

「遅くなって叱られなかったか?」

 私が溜め息など吐いてしまったからか、主任に心配そうに尋ねられる。

「いえ。それは大丈夫です。ちょっと変なこと言われてしまって」

 そんな思わせぶりなことを言ったら誰だって気になるに決まっている。あまり私に興味がないだろう主任でさえ、「変なことって?」と尋ねてきた。

 しまった!と思っても後の祭りで、私は仕方なく口を開いた。

「男はみんな狼だから気をつけるようにって……」
「誰だ……そんなこと言うやつは」

 主任はハンドルを握ったまま、不愉快そうに顔を顰めた。

「えーと。すぐ上の兄です。あの、入社式で会った」

 同じビル内で働いてるから会うかも知れないけど、ごめんね、みー君。心の中で謝りながら、私は正直に答えた。

「あいつ……。草食動物みたいな顔して何言ってるんだ……」
「……確かに」

 一層不愉快そうな顔を見せる主任に、同じことを考えてしまった私は同意する。でも、入社式のときちょっと会っただけのみー君のこと、そんなにわかるんだろうか?
 やっぱり……?と私は気になっていたことを尋ねることにした。

「主任って、うちの兄と前から知り合いなんですか?」

 前に見た2人の間の、なんだかよそよそしい空気。知ってるのに知らないフリしているようにも感じたのだ。
 主任はしばらく黙って運転していたが、不意に何か小さく呟いていた。

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