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2.社会人はつらいよ?
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そして……気がつけばもう月末。今日一日を乗り切れば連休に入ると言う木曜日だった。
営業社員の人の中には、来週月曜日と金曜日の休みを取って、10連休なんて人もいて、なんとなく浮き足だっている雰囲気はある。けれど、残念ながら事務のほうはと言うと、早めに来た締め日にどの課の担当も悲壮な顔をして仕事に励んでいた。もちろん1課でも。
「主任、この書類入力終わりました。確認お願いします」
そう言って、私は発注書の束を主任の机の脇に置いた。少しずつ任せて貰う仕事も増え、亀のスピードだろうけどなんとか役に立ってる……と思いたい。
「あぁ。後で見る」
パソコンの画面に向かったまま主任はそう言って手を動かしている。
「できた! 川村君、悪いんだけど、後よろしくね」
清田さんはそう言うと、せっせと机に散らばる文房具をしまっていた。本当なら清田さんは帰る時間のはずが、さすがに今日は定時で出れなくて、いつもより遅い。これから電車も混み合うからできるだけ早く出たいみたいだ。
「わかった。悪いな、遅くまで。月曜日は休みだろ? ゆっくりしてろ」
立ち上がった清田さんに、主任は顔を上げて淡々と言う。それに清田さんは「ありがとう! さすが、持つべきものは仕事のできる同期!」と笑顔で返した。
「与織子ちゃんも、金曜日は私出社するし、遠慮なく休んでね」
「はい。ありがとうございます」
そのまま清田さんは帰って行き、私はまた自分の机にあるパソコンに向かう。また次の書類の束を手にしながら、来週……どうしようかなぁ?と考えていた。
実家に帰るつもりだったけど、弟達が不在なのだ。いっくんは部活の合宿、りっちゃんは塾の合宿。そうなると帰ってもすることないし、会社に来てたほうがいいかなぁと思っているのだ。
まぁ、月曜日に決めればいっか、と私はまた仕事の続きに取り掛かった。
もう定時は近い。今日は少し残業かもと思っていたころ、「ちょっと待て……」と隣から主任の、聞いたこともないような焦った声が聞こえて来た。
「朝木、そっちのも見せてくれ」
私は手元にあった最後の入力の束を差し出すと、主任をそれをパラパラとめくる。
そして、「やっぱり……」と苦々しい顔をして溜め息を吐いた。
「……悪い。全部やり直しだ」
見たことないくらい落胆した顔で主任はそう言う。そして私は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「えっ? 全部ってまさか……」
「そうだ。今日朝木が入れてくれた分全部。説明を漏らしてた俺の責任だ。入力済みのものは引き受ける。今から入れる分を正しく入れてもらえるか?」
そう言う主任の顔には何となく疲れが見える気がする。それもそうだ。私が入力したものの見直しだけでも時間が掛かるのに、やり直しだなんて。
「はい。……あの主任。私、全部自分で入れ直します」
「助かるが……もう定時になる」
「入れ直しって言っても一からじゃないですよね。それに、私もちゃんと仕事をやり遂げたいんです」
主任を真っ直ぐ見て私はそう言う。いくら説明を受けてなかったとしても、自分が関わった仕事を途中で投げ出したくない。
そんな私を、主任は少し意外そうに目を開いて見てから、少し諦めたように息を吐く。
「じゃあ任せる。課長に残業を申請しておく。それから……」
そう続けて主任は訂正箇所と訂正方法を教えてくれた。いつもは清田さんが仕事を教えてくれるから、主任とこんな至近距離で仕事を教えてもらうことなんてなくて、すぐそばで聞こえる主任の淡々とした低い声がなんだかこそばゆい。
「……これで進めてくれ」
「はっ、はい!」
ちょっとだけ変なことを考えてしまって、我に返ると慌てて返事をする。そんな私を見て、主任は少しだけ笑った気がした。
「課長のところへ行ってくる」
そう言って立ち上がり背を向けた主任の横顔は……
なんか照れてる?
兄弟の中では一番喜怒哀楽が分かり辛い末弟のりっちゃんが照れた時もこんな顔するな……なんてその顔を見た。けど、照れる理由なんてあったっけ?と思い直す。
気のせいか……。そう思いながら私は目の前の画面に向かった。
そしてそれから私は、とにかく脇目も降らず入力に集中した。自分で言うのもなんだけど、集中しだすと周りが見えなくなるタイプらしい。机にトン、といつも飲むペットボトルのミルクティーが現れて、私はようやくそこで顔を上げた。
「あまり根を詰めるなよ? これでも飲め」
そう言って主任が心配そうに私を見ていた。
「ありがとうございます」
そう言ってそれを手にしながら壁の時計を確認すると、もう8時をとっくに回っていた。
営業社員の人の中には、来週月曜日と金曜日の休みを取って、10連休なんて人もいて、なんとなく浮き足だっている雰囲気はある。けれど、残念ながら事務のほうはと言うと、早めに来た締め日にどの課の担当も悲壮な顔をして仕事に励んでいた。もちろん1課でも。
「主任、この書類入力終わりました。確認お願いします」
そう言って、私は発注書の束を主任の机の脇に置いた。少しずつ任せて貰う仕事も増え、亀のスピードだろうけどなんとか役に立ってる……と思いたい。
「あぁ。後で見る」
パソコンの画面に向かったまま主任はそう言って手を動かしている。
「できた! 川村君、悪いんだけど、後よろしくね」
清田さんはそう言うと、せっせと机に散らばる文房具をしまっていた。本当なら清田さんは帰る時間のはずが、さすがに今日は定時で出れなくて、いつもより遅い。これから電車も混み合うからできるだけ早く出たいみたいだ。
「わかった。悪いな、遅くまで。月曜日は休みだろ? ゆっくりしてろ」
立ち上がった清田さんに、主任は顔を上げて淡々と言う。それに清田さんは「ありがとう! さすが、持つべきものは仕事のできる同期!」と笑顔で返した。
「与織子ちゃんも、金曜日は私出社するし、遠慮なく休んでね」
「はい。ありがとうございます」
そのまま清田さんは帰って行き、私はまた自分の机にあるパソコンに向かう。また次の書類の束を手にしながら、来週……どうしようかなぁ?と考えていた。
実家に帰るつもりだったけど、弟達が不在なのだ。いっくんは部活の合宿、りっちゃんは塾の合宿。そうなると帰ってもすることないし、会社に来てたほうがいいかなぁと思っているのだ。
まぁ、月曜日に決めればいっか、と私はまた仕事の続きに取り掛かった。
もう定時は近い。今日は少し残業かもと思っていたころ、「ちょっと待て……」と隣から主任の、聞いたこともないような焦った声が聞こえて来た。
「朝木、そっちのも見せてくれ」
私は手元にあった最後の入力の束を差し出すと、主任をそれをパラパラとめくる。
そして、「やっぱり……」と苦々しい顔をして溜め息を吐いた。
「……悪い。全部やり直しだ」
見たことないくらい落胆した顔で主任はそう言う。そして私は一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「えっ? 全部ってまさか……」
「そうだ。今日朝木が入れてくれた分全部。説明を漏らしてた俺の責任だ。入力済みのものは引き受ける。今から入れる分を正しく入れてもらえるか?」
そう言う主任の顔には何となく疲れが見える気がする。それもそうだ。私が入力したものの見直しだけでも時間が掛かるのに、やり直しだなんて。
「はい。……あの主任。私、全部自分で入れ直します」
「助かるが……もう定時になる」
「入れ直しって言っても一からじゃないですよね。それに、私もちゃんと仕事をやり遂げたいんです」
主任を真っ直ぐ見て私はそう言う。いくら説明を受けてなかったとしても、自分が関わった仕事を途中で投げ出したくない。
そんな私を、主任は少し意外そうに目を開いて見てから、少し諦めたように息を吐く。
「じゃあ任せる。課長に残業を申請しておく。それから……」
そう続けて主任は訂正箇所と訂正方法を教えてくれた。いつもは清田さんが仕事を教えてくれるから、主任とこんな至近距離で仕事を教えてもらうことなんてなくて、すぐそばで聞こえる主任の淡々とした低い声がなんだかこそばゆい。
「……これで進めてくれ」
「はっ、はい!」
ちょっとだけ変なことを考えてしまって、我に返ると慌てて返事をする。そんな私を見て、主任は少しだけ笑った気がした。
「課長のところへ行ってくる」
そう言って立ち上がり背を向けた主任の横顔は……
なんか照れてる?
兄弟の中では一番喜怒哀楽が分かり辛い末弟のりっちゃんが照れた時もこんな顔するな……なんてその顔を見た。けど、照れる理由なんてあったっけ?と思い直す。
気のせいか……。そう思いながら私は目の前の画面に向かった。
そしてそれから私は、とにかく脇目も降らず入力に集中した。自分で言うのもなんだけど、集中しだすと周りが見えなくなるタイプらしい。机にトン、といつも飲むペットボトルのミルクティーが現れて、私はようやくそこで顔を上げた。
「あまり根を詰めるなよ? これでも飲め」
そう言って主任が心配そうに私を見ていた。
「ありがとうございます」
そう言ってそれを手にしながら壁の時計を確認すると、もう8時をとっくに回っていた。
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