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2.社会人はつらいよ?

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「勿体ない……」

 ポカンと口を開けたまま思わず本音を漏らすと、宮内さんが「でしょ?」と得意げに同意していた。

「別にいいだろ、俺のことは。だいたいあの時、俺以外手を挙げたヤツがいなかったんだからしかたないだろう」

 そう言って主任は、なんとなく赤くなった顔を背けた。

 さっき聞いた話では、事務のベテラン社員が辞め、新しい社員を雇おうとしたが、上層部が一から育てるより内部から募ろうと言い出し、そしてそれに手を挙げたのが主任だったらしい。

「そりゃあ絶対忙しいの、みんなわかってたし。さすがに部長、あの時は青くなってましたよね。まさか主任がって」

 林さんがそう言うと、岩崎さんもそれに続いた。

「ほんと、うちの売り上げ落ちるんじゃないかって、むちゃくちゃ心配してました!」
「だからお前たちに取引先全部分けて今もサポートしてるんだろ。部長に文句は言わせないからな」

 そう言って、主任はグラスの残りを流し込んだ。

「さすが仕事の鬼!」

 主任を茶化すように今井さんが言うと、主任は眉間に皺を刻みながらグラスをテーブルに置いて息を吐き出した。

「俺には仕事ぐらいしか、することないからな」

 確かに、私が出社するとすでに山のような書類が机に乗っているし、退社するときも、主任だけまだまだこれから、みたいな顔をして仕事をしている。一体どれくらい仕事してるんだろう?と不思議ではあった。

 けれど私の心配を他所に、主任の横で林さんがニヤニヤしながら主任に肘鉄を食らわせている。酔っているとは言え強者だ。

「そう言いながら主任。見ましたよぉ~。愛妻弁当! すっげー美味そうなやつ!」

 いつの間にか席を立ってまた戻って来た今井さんが、主任にまた同じウイスキーのグラスを差し出しながら「見た見た! 俺も!」と言っている。

「主任……。奥さまがいらっしゃったんですか?」

 つい左手に目をやるがそこに指輪はないし、仕事中に世間話をする余裕もないから、主任が結婚してるなんて知らなかった。その上愛妻弁当を食べていただなんて。

「結婚はしてないし、愛妻弁当でもない」

 主任は疲れた顔をして、はぁっと息を吐いてからグラスに口をつけた。
 もしかしたら、お弁当を食べているところを目撃した人に何度も同じことを聞かれているのかも知れない。

「じゃあ、愛弁当とか?」

 林さんは未だに興味津々で主任に突っ込んで聞いている。

「俺のどこに彼女作ってる暇があるんだ……。あれは従姉妹が作ってるんだ」

 主任ははぐらかすわけでもなく、ちゃんと答えている。面倒くさそうではあるけれど。

「でも~、従姉妹って結婚できますよね~?」
「やめてくれ。さすがにアイツの男が聞いたらどんな顔されるか……」

 そう言うと主任はチラッと私のほうを見て、また視線を逸らすとグラスを傾けた。

「なーんだ、つまんないの~。主任、ほんと、浮いた話の一つくらいあってもいいでしょ!」
「あるわけないだろ! そんなことより他に楽しい話題はないのか? 俺の話はもう終わりだ」

 強制的に主任は話題を変え、渋々みんなはそれに従った……かと思ったら、突然思い出したように岩崎さんが声を上げた。

「なぁ。専務ってさ、何か趣味変えた?」

 それに、主任と私以外の人達が顔を見合わせてから、一斉に私を見た。

「えっ! 私、何かしました⁈」

 目の前のおつまみに手を伸ばそうとしていた私は手を止めて振り返る。

「何したのか聞きたいのこっち! 朝木さん、専務に一体何したの?」
「何……とは?」

 話の内容が理解できないまま、一旦私は、氷で薄まってきたジンジャーエールを口に含む。

「専務、朝木さんが入社してからずっと言い寄ってるって話題で持ちきりだよ?」

 岩崎さんは少し真面目な顔でそう言うと、それに続き今度は林さんが口を開いた。

「なんかさ……噂に寄ると、何股もかけてた彼女達と全員別れたらしいよ?」

 それに今井さんも「俺も聞いた。美人ばっかだったよな。見かけるたび違う人だったけど」と付け加えた。

「なのに、朝木さんにいきなりの鞍替え。朝木さん、もしかして……どこかの社長令嬢とか?」

 恐る恐る宮内さんに尋ねられ、私はそれに「へっ?」と情け無い顔をして返していた。
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