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2.社会人はつらいよ?

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 なんとか乗り越えた初日の半分。私は、化粧室の鏡の前で口紅を塗り直しながら、盛大に溜め息を吐いていた。

「なんとか……。終わったね……」

 呟くように私がそう言うと、隣で桃花ちゃんもお化粧を直しながら「ほんと。もうご飯の味、わかんなかったね!」と笑顔を引き攣らせながら言った。

 入社式後のオリエンテーションは、総務の人とまったりした空気のなか、書類を書いたり就業規則などの説明を受けたりしていた。

 問題はその次だ。
 役員との懇親会と聞いてはいたが、少しお茶でもするのかと思いきや、立派な仕出し弁当を目の前にして、会議室での昼食会だった。

 会議室に並んだ長机にはまるで面接みたいに役員が並んでいて、その前に緊張で固まっている私達2人。
 そう会うこともないだろうと思っていた社長は私の真ん前に座り、その隣には入社式の前に会った専務の姿があった。

「だよね。きっと高級だったんだろうけど、緊張し過ぎてもう覚えてないもん」

 私も同じように半笑いで桃花ちゃんに返しながら、口紅をポーチにしまう。

「にしても……専務だけ若いよね。社長の息子かぁ。将来は社長になるのかな?」

 桃花ちゃんは念入りに終えたお化粧直しの道具をポーチに戻しながらそんなことを言った。
 確かに、専務の下の役職の常務や部長は明らかに専務より年上。うちのお父さんと変わらないくらいに見えた。専務だけ飛び抜けて若いんだなぁ、なんて思っていたら、自己紹介で専務自身が『社長の息子』だと軽い調子で言っていたのだ。

 にしても……。専務と、その隣にいた社長に、何だかずっとチラチラ見られてたのは気のせいなのかなぁ……?

 2人は緊張した面持ちでご飯を食べているだろう私の様子を伺うように見ては、2人で何か話しているようだった。
 そこで私はハッとする。

 もしかして……うちの山を狙ってるのは社長と専務なの⁈


◆◆


 午後。
 ようやく自分の配属される部署の課長に連れて行かれると、まずは挨拶回りが始まった。
 私は営業1課、桃花ちゃんは3課だ。この会社はを主に扱っている会社で、営業課は3課まで。それぞれの課で20人ほどの営業職に3人ほどの事務がいるのだと言う。
 そしてその、あまり大きいとは言えないこの規模で、国内どころか海外の取引先まで網羅しているらしい。ざっくり言うと、1課が東日本、2課が西日本、3課が海外という感じだ。
 桃花ちゃんは大学では英語を専攻していて、それを生かして3課に配属されているようだ。私のほうは取り立てて何かスキルがあるわけではないのが残念なところなんだけど。

「今日から皆さんと一緒に仕事をする朝木さんです」

 優しそうな……、悪く言えばちょっと頼りなさそうな1課の鈴木課長の紹介で私は1課の社員さん達の前で挨拶をする。

「あっ、朝木与織子です。どうぞ、ごっ……ご指導、ご鞭撻、よろ、よろしくお願いします」

 緊張と、慣れない言葉に噛み噛みになりながらそう言って私は深く礼をした。

 恥ずかしい~~!!

 逃げだしたくなりながら顔を上げると、皆の視線が一斉に突き刺さって来た。社員はほぼ男の人で、人生においてこんなに男の人に見られるのは初めてだ。

「朝木さんは川村主任の下で事務を担当してもらいます。皆さん、新人さんを困らせないよう、提出書類のチェックお願いしますね」

 40代半ばくらいだろう鈴木課長がそう言って柔和な笑顔を見せた。

「じゃ、川村君。あとよろしく」

 課長は私をさっさと主任に丸投げし、一人独立した自分の席に戻る。それを合図に他の社員さん達も席に座ったり、席から離れて行ったりしていた。

「朝木さんの席はここです」

 向かい合わせに並んだ机の列の一番端にいる主任は、予想できたけど自分の隣を指差してそう言った。

 私……主任とうまくやっていけるだろうか?

 一抹の不安を覚えながら席に向かうと、その隣の席の人に少しホッとした。優しそうな雰囲気でニッコリ笑ってこちらを見ている女性だ。ストンとしたワンピースに、癖になっているのかお腹に手を当てていて、そこは膨らみを帯びていた。

「隣の席の清田きよたです。同じ事務担当。よろしくね」

 可愛らしい雰囲気で、なんとなくうちのお母さんみたいだなぁと思いながら、「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。

「見ての通り、6月から産休に入る予定なの。今後は私が持ってる仕事を引き継いでやって行ってもらいたくて。川村君も付いてるし、心配しなくても大丈夫。少しずつ覚えていきましょう?」

 良かった……この優しそうな人が仕事教えてくれるんだ!

 ホッとしたのがそのまま顔に出てて、清田さんに笑われてしまう。

「あらあら、素直ね。大丈夫よ? 川村君、顔は怖いけど中身はちょっと怖いだけだから」

 クスクスと笑う清田さんに、もう机のパソコンに向かって書類の整理をしていた川村主任が画面に視線を落としたまま口を開いた。

「心外だな。俺は別に怖くない」

 怒っているようではなく、ただ淡々と事実を述べたと言った感じで川村主任はそう言う。

「そうね。仕事のできる人には怖くないけど、できない人には容赦ないわよ?」

 清田さんは笑いながらそう続け、主任は少し顔を顰めながらまだ立っている私達のほうを向いた。

「俺はできないやつに容赦ないんじゃない。ちゃんとやろうとしないやつに容赦ないだけだ」

 そうきっぱり告げる主任の低い声。でも、凛としていて心地よいトーンだ。

「わかってるわよ? 何年一緒にいると思ってるのよ」

 言葉だけ聞いていたら、周りに誤解を招きそうだけど、目の前でこれを見ていると変な勘繰りさえしそうにない。

 2人はまるで、お母さんと思春期の息子みたいな様子で、私は主任の少し照れたような顔を見ながら、弟達を思い出していた。
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