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 呼び出したのはほんの暇つぶし……の、つもりだった。
 いや、あいつが変わったのか見てみたい、って気持ちもあったのかも知れない。貪欲に快楽を貪り合ったあと、俺に対する感情に変化はあるのか。
 もし、それが自分の意としないほうに変わっていたのなら、きっとこんなことになっていなかっただろう。なのに変わらず、俺自身には何の情愛も感じていないだろうその顔を見て、なぜか安心した。

(こいつは……俺に愛なんて求めない)

 普通の女は、口では『体だけの割り切った関係でいい』と言いながら、結局それ以上を求める。だいたいは、相手がそれを隠しきれなくなった時点で関係を終わりにしてきた。

 けれど、この女はどこか違っていた。誰も入れるつもりのなかった自分のしろに、あっさり招き入れてしまうくらい。

「あっ! あぁっ……っ、も、だめ……!」
「そんなにいか? ここ」

 繋がった場所の、反応の大きな部分を抉るように動かすと、さらに大きな嬌声が漏れる。

「あっ、んっーっっ! や、あっあぁっ!」

 体を戦慄かせると、それに合わせるように俺を快楽へと誘う。しがみつく腕に力を込め、しなやかに背中を弓形にさせる瑤子と同時に俺も絶頂に達した。

 お互い荒い息のまま力を緩めベッドに沈み込む。瑤子は恨めしそうな瞳を俺に向けていた。

「シャワー……浴びた、かった……のに……」

 クーラーが効いているとは言えそれなりの時間絡み合っていたのだから、体はまた汗だくになっている。もう一度シャワーを、と思っているのかも知れないが、その瞼は半分閉じかかったていた。

「行ってきていいぞ?」

 体を起こし、サイドテーブルに置いた水のボトルを手に取る。それを口にしたあと「いるか?」と尋ねた。

「もう……無理……。寝か、せて。……ごめん……なさい……」

 瞼を閉じたまま呟くように言うと、すぐにそれは寝息に変わっていた。

(さすがにこんな時間だしな)

 スマートフォンの表示は四時過ぎ。言わずもがな早朝だ。八月中旬のこの時期、あと一時間もすれば日が昇るだろう。
 すっかり規則的な息をして眠っている瑤子に布団を掛けると、その顔を覗き込んだ。
 平均以上に綺麗な顔。これほどの容姿なら自分に自信を持っていてもおかしくない。だが、実際は正反対だ。
 気にならないような小さなことで、瑤子は突然顔を強張らせる。それを今日何度か目撃した。
 そしてなにより、すぐに謝る。それがどうしても気になった。


 人を撮るようになり、レンズ越しに人を観察しているうちに、いつのまにかその相手の感情が手に取るように読み取れるようになったのはいつだっただろうか。
 表面では笑っているのに心の奥では笑っていないやつ、表裏のないやつもいればその逆もいる。数多くの相手と仕事をするうち、信用できる相手とそうじゃない相手を感覚で選び取れるようになっていた。

(じゃあ……こいつはどうなんだ?)

 閉まりきっていないカーテンの隙間から、昇ってきた夏の日差しが射し込んでいる。その光にほんのりと映し出された寝顔を見つめて思う。
 信用は、おそらくできる。仕事に対する姿勢は特に。送られてきたメールは、今まで届いた誰のものよりも的確で無駄がない。それに加え、先を見通した提案や資料の提示。それをいとも簡単なことのようにやってのけていた。
 だがそれは、俺のためでも、喜ばせたいと思っているわけでもない。ただ仕事として、淡々とこなしているだけに見えた。
 
 取り留めもなく考えながら、気づけばずっと瑤子の顔を眺めていた。
 こんなふうに誰かと朝を迎えるなんて初めてだ。そんなことは真っ平御免だと思っていたのに、どうしてなのか自分でもわからない。
 無意識に擦り寄り、俺の胸に顔を埋めて眠っている姿は猫のようだ。触れれば温かく、そして柔らかい。
 だが目を覚ませばきっと、目の前に見えない壁を聳え立たせ、これ以上は踏み込んでくるなと一線を引く。

 けれど、それをこの手で壊してその奥底にあるものを暴いてやりたい。そんな加虐的な意識にも囚われる。
 開かれたパンドラの箱に残るものが『希望』とは限らないのに。

「ん……」

 身動ぎすると、瑤子は眉を顰めて声を漏らす。

「起きたか?」

 まだ眠そうな表情のまま瞼を持ち上げたかと思うと、俺の呼びかけに反応し飛び起きた。

「へっ? ……えっ?」

 上半身を起こし瑤子は呆然と俺を見下ろしている。

「どうした? いい眺めだが、起きた途端俺にサービスか?」

 そのまま眠ったからお互い何も身につけていない。曝け出された白い肌にところどころ散らばる赤い印がよく見えた。

「なっ! そんなわけないでしょ!」

 慌ててさっきまで掛けられていた薄い夏掛けを手繰り寄せ、胸元まで持ち上げる。そして気づいたらしい。

「あっ! また⁈ なんでこんなに跡つけるわけ⁈」

 この怒りよう。前回もそれなりに付けていたらしい。
 俺はそれに、自虐的に笑いながら素直に答えた。

「知らねぇよ。こっちが聞きてぇくらいだ」
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