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「ごめん、なっちゃん。ちょっと……しっ仕事のトラブル!」
振り返り適当な言い訳をすると、また窓に向きスマートフォンに耳を当てた。
『何? お前、男といるわけ? また違う男でストレス解消か? なかなかやるな』
間違いなく、電話の向こうで不機嫌そうに眉を顰めている喋りかたで、こちらも眉を顰めてしまう。
「そんなわけないでしょ! で、何の用?」
『さっきも言ったろ。俺のストレス解消だって。お前の代わりとやらが送ってきたメールが意味わかんねぇからストレス溜まってんだけど?』
(そんなこといいながら笑ってるじゃない!)
私のほうがストレス溜まりそうだ。けど、『メールの意味がわからない』もあながち嘘じゃなさそうでモヤモヤする。
「今いる場所言えばいいの? ちょっと待って」
この人が泊まっているホテルはこの近くじゃないし、遠くにいるならそれを言い訳にすればいい。そう思いながらまた振り返る。
「ごめん。なっちゃん、ここってどのあたり?」
「えーと、もうすぐ品川駅前かな」
なっちゃんは不審がることもなく答えてくれ、それに「ありがと」と返すとまた電話に向かう。
『品川。今いる場所』
素っ気なく返すと、電話の向こうからフフッと息を漏らす音が聞こえた。
『残念だったな』
「何が?」
『俺も今、結構近く走ってる』
「ストーカー⁈」
また声を上げた私の背後から「ストーカー?」と訝しげな声が聞こえた。
「ちっ違うから。気にしないで」
焦りながらまた言い訳をして、耳に当てたままの電話に話しかける。
「で? どうすればいいのよ」
『品川駅前のロータリー。ホテル側のな。そこで待ってろ。じゃあな』
そう聞こえたかと思うと、次の瞬間ツーツーと通話終了の音が虚しく耳に届いた。
(し……んじられない……)
あまりの俺様っぷりに、呆然とその音を聞きながらようやく我に返った。
「ごめん。なっちゃん。品川駅前で降ろしてもらえないかな? ちょっと仕事でトラブルあって……」
「了解。すぐ着くよ」
何事もなかったようにすんなり返事をしてなっちゃんは車線変更していた。
すぐ、は本当にすぐで、五分もしないうちに、私にも馴染みのある駅前についた。
「ありがとう、なっちゃん。急にごめんね、助かった」
シートベルトを外しながらそう言って振り返ると、なっちゃんは真剣な目つきで私を見ていた。
「瑤子ちゃん。もし、何か困ったことがあれば、いつでも頼れよ」
「……うん。頼りにしてる。ありがとう」
こんなにも心配してくれる人たちがいることが、ただ幸せだと思った。
赤いテールランプが夏の夜の街に消えていくのを見送りながら、私はその場で息を吐いた。
遠くでは、まだまだ夜はこれからとばかりに騒ぐ人々の声がこだましていた。
(私、何やってるんだろ……)
まだ二回しか会ったことのない人の口車に乗せられてこんなところで待っている自分に呆れてしまう。向こうから見れば、尻の軽い、誘えばノコノコやってくるような手軽な女に見えるんだろう。
それでも、心まで求められることなどない。そう思えば少し気持ちが楽になった。私は、すでに大切にしているものだけをこれからも大事にしていければそれでいい。もう誰も、これ以上私の心の中に近づけるつもりなんてないのだから。
なっちゃんの車が視界から消えて、ほんの数分後。ロータリーの端に立つ私の目の前には白い車が現れた。
(この車、高級車の中でもハイグレードなやつだ……)
普段、車に乗ることは少ないし、そう興味があるわけじゃない。けれど、クライアントの中に車専門のカメラマンがいて、その人の携わったカタログで見たことがあった。それで、そう珍しくはない外車の中にもピンからキリまであることを知った。そして今、目の前に停まったのは、私から見れば信じられないくらい高額の車だった。
運転席のドアが開くと、そこから降りてくる人影が見える。明るくはないこの場所でも、はっきりわかるくらい不機嫌そうな整った顔。
「乗れよ」
「えっ? 乗るの?」
「当たり前だろうが。早くしろよ? 後ろから車が来る」
言うが早いか、自分はまた運転席に乗り込んでいる。確かにこの広くはないロータリーに車が続いている。
恐る恐る扉を開け、おそらく革張りだろうシートに緊張しながら乗り込む。私がシートベルトをしているうちに車はゆっくり動き出した。
「飯、食ったのか?」
「あ。うん……」
意外な質問に戸惑いながら答えると「だよな。俺は食いそびれた。付き合えよ」と当たり前のように返ってきた。
「一人でルームサービスでも頼めばいいじゃない。私を付き合わす理由ある?」
もう、仕事上の付き合いなんてどうでもよくなっている。取り繕うこともなく可愛げのない言葉を返した。
「今はもうホテルに住んでねぇよ。とりあえず腹減ってんだ。いいから付き合え」
異を唱えようが車の中じゃどうしようもない。
「わかった。私は食べないわよ? それでもいいなら」
うんざりしながら息を吐く私に対し、司は「決まりだな」と途端に楽しげに口角を上げていた。
振り返り適当な言い訳をすると、また窓に向きスマートフォンに耳を当てた。
『何? お前、男といるわけ? また違う男でストレス解消か? なかなかやるな』
間違いなく、電話の向こうで不機嫌そうに眉を顰めている喋りかたで、こちらも眉を顰めてしまう。
「そんなわけないでしょ! で、何の用?」
『さっきも言ったろ。俺のストレス解消だって。お前の代わりとやらが送ってきたメールが意味わかんねぇからストレス溜まってんだけど?』
(そんなこといいながら笑ってるじゃない!)
私のほうがストレス溜まりそうだ。けど、『メールの意味がわからない』もあながち嘘じゃなさそうでモヤモヤする。
「今いる場所言えばいいの? ちょっと待って」
この人が泊まっているホテルはこの近くじゃないし、遠くにいるならそれを言い訳にすればいい。そう思いながらまた振り返る。
「ごめん。なっちゃん、ここってどのあたり?」
「えーと、もうすぐ品川駅前かな」
なっちゃんは不審がることもなく答えてくれ、それに「ありがと」と返すとまた電話に向かう。
『品川。今いる場所』
素っ気なく返すと、電話の向こうからフフッと息を漏らす音が聞こえた。
『残念だったな』
「何が?」
『俺も今、結構近く走ってる』
「ストーカー⁈」
また声を上げた私の背後から「ストーカー?」と訝しげな声が聞こえた。
「ちっ違うから。気にしないで」
焦りながらまた言い訳をして、耳に当てたままの電話に話しかける。
「で? どうすればいいのよ」
『品川駅前のロータリー。ホテル側のな。そこで待ってろ。じゃあな』
そう聞こえたかと思うと、次の瞬間ツーツーと通話終了の音が虚しく耳に届いた。
(し……んじられない……)
あまりの俺様っぷりに、呆然とその音を聞きながらようやく我に返った。
「ごめん。なっちゃん。品川駅前で降ろしてもらえないかな? ちょっと仕事でトラブルあって……」
「了解。すぐ着くよ」
何事もなかったようにすんなり返事をしてなっちゃんは車線変更していた。
すぐ、は本当にすぐで、五分もしないうちに、私にも馴染みのある駅前についた。
「ありがとう、なっちゃん。急にごめんね、助かった」
シートベルトを外しながらそう言って振り返ると、なっちゃんは真剣な目つきで私を見ていた。
「瑤子ちゃん。もし、何か困ったことがあれば、いつでも頼れよ」
「……うん。頼りにしてる。ありがとう」
こんなにも心配してくれる人たちがいることが、ただ幸せだと思った。
赤いテールランプが夏の夜の街に消えていくのを見送りながら、私はその場で息を吐いた。
遠くでは、まだまだ夜はこれからとばかりに騒ぐ人々の声がこだましていた。
(私、何やってるんだろ……)
まだ二回しか会ったことのない人の口車に乗せられてこんなところで待っている自分に呆れてしまう。向こうから見れば、尻の軽い、誘えばノコノコやってくるような手軽な女に見えるんだろう。
それでも、心まで求められることなどない。そう思えば少し気持ちが楽になった。私は、すでに大切にしているものだけをこれからも大事にしていければそれでいい。もう誰も、これ以上私の心の中に近づけるつもりなんてないのだから。
なっちゃんの車が視界から消えて、ほんの数分後。ロータリーの端に立つ私の目の前には白い車が現れた。
(この車、高級車の中でもハイグレードなやつだ……)
普段、車に乗ることは少ないし、そう興味があるわけじゃない。けれど、クライアントの中に車専門のカメラマンがいて、その人の携わったカタログで見たことがあった。それで、そう珍しくはない外車の中にもピンからキリまであることを知った。そして今、目の前に停まったのは、私から見れば信じられないくらい高額の車だった。
運転席のドアが開くと、そこから降りてくる人影が見える。明るくはないこの場所でも、はっきりわかるくらい不機嫌そうな整った顔。
「乗れよ」
「えっ? 乗るの?」
「当たり前だろうが。早くしろよ? 後ろから車が来る」
言うが早いか、自分はまた運転席に乗り込んでいる。確かにこの広くはないロータリーに車が続いている。
恐る恐る扉を開け、おそらく革張りだろうシートに緊張しながら乗り込む。私がシートベルトをしているうちに車はゆっくり動き出した。
「飯、食ったのか?」
「あ。うん……」
意外な質問に戸惑いながら答えると「だよな。俺は食いそびれた。付き合えよ」と当たり前のように返ってきた。
「一人でルームサービスでも頼めばいいじゃない。私を付き合わす理由ある?」
もう、仕事上の付き合いなんてどうでもよくなっている。取り繕うこともなく可愛げのない言葉を返した。
「今はもうホテルに住んでねぇよ。とりあえず腹減ってんだ。いいから付き合え」
異を唱えようが車の中じゃどうしようもない。
「わかった。私は食べないわよ? それでもいいなら」
うんざりしながら息を吐く私に対し、司は「決まりだな」と途端に楽しげに口角を上げていた。
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