俺様カメラマンは私を捉えて離さない

玖羽 望月

文字の大きさ
上 下
16 / 27
3

5

しおりを挟む
 私は征士さんに必死で従った。
 特に料理に関しては指摘されることが多く、細心の注意を払っていた。けれど、征士さんから褒められることなどなく、指摘は増える一方だった。
 私は何かに取り憑かれたように料理をした。材料の切り方だって、定規を使って大きさを揃え、塩分濃度も器具で測った。
 征士さんはそうやって作った料理を黙々と食べては『今日はまぁまぁだったかな』と言うだけだった。

 あの日は、事前に家に来るとは聞いていなかった。来ても週末だと思っていた私は、ありあわせの材料しかなかったことに不安を覚えていた。それに、作りかけていた夕食は、自分しか食べないのだからと、少し気を抜いていた。

「征士さん、あの……。ご飯、できたよ?」

 征士さんはソファでスマートフォンを眺めていた。

「……あぁ」

 それだけ言うと、スーツの上着にそれをしまいダイニングに出てきた。

「ごめんなさい。今日来ると思ってなくて、あまり材料がなくて……」

 自分のものを減らしてでも、征士さんにはちゃんと一汁三菜用意した。それでもテーブルに並ぶものを見て、不満気な表情を浮かべていた。
 征士さんは無言で椅子に座ると、いただきますもなくそのまま食べ始めた。

「味噌汁の具、大根とワカメだけ? せめて豆腐くらい入れられないわけ? それに、今日は魚って気分じゃなかったんだけど」

 征士さんはお椀を持ち上げ、呆れ果てたように溜め息を吐いた。

「ごっ、ごめんなさい。今日は買い物に行けてなくて……」

 今日は仕事で、行き違いからのトラブルがあり疲れていた。それもあり、途中どこにも寄らず帰って来たのだ。

「言い訳はいいよ」

 面倒くさそうに吐き捨ててまた箸を動かし始める。それを見ながら自分も食べ始めた。美味しいなんて感じることの出来ない料理を、ただ生きるためだけに。

 食事が終わり、綺麗になった皿の前で征士さんは切り出した。

「僕は三十になった。おまえはもう二十九だろ?」

 征士さんは私の一つ上。この前誕生日を迎えたばかりだった。

(もしかして……プロポーズ……?)

 年齢的にそれを期待した。真っ直ぐに私を見る征士さんを見てドキドキしながら。

「副社長の娘と結婚することになったんだ。向こうはまだ二三。やっぱり若いほうがいいしな」
「…………。え……?」

 何を言われたのか全く理解できなかった。

「今日は鍵返しに来ただけ。親切だろ?」

 うちの合鍵をテーブルに置くと立ち上がる。
 張り付いたように椅子から立ち上がれず、私は呆然としながら扉が閉まる音を聞いていた。

「――ねぇねぇ! 瑤子ちゃん!」

 お人形片手の紗英ちゃんに呼びかけられ、私はハッとした。

「あっ。ごめんね? なんだっけ?」
「あのね? ご飯できたよ!」

 もちろん、そのご飯は目に見えない。お人形の家を前に座り込んでいる私の手には男の子のお人形があった。

「あ……りがとう。今日は何かなぁ?」
「今日はね、ショウくんの好きなシャケおにぎりだよ!」

 この男の子の名前はショウ君と言うらしい。紗英ちゃんはさっきまで玩具のキッチンセットの前で、トントンと切る真似をしていた。なのに出てきたのがおにぎりでつい笑ってしまう。

「うわぁ。美味しそう! 僕、シャケおにぎり大好きなんだ!」

 ショウ君になりきり大袈裟に言いながら人形を動かす。紗英ちゃんはそれを聞いて「たくさん食べてね! 百個作ったからね!」と笑った。

(本当に可愛い……)

 絶望し、生きることさえ苦しくなった私を救ってくれた紗英ちゃんの屈託のない笑顔。それから夕実ちゃんのさりげない優しさ。そしてもう一人。

「たっだいまぁ! お。瑤子ちゃん、いらっしゃい!」
「なっちゃん! お邪魔してます」
「あっ。パパ! ただいま~」

 紗英ちゃんは立ち上がると大好きなパパに飛び付きに行っている。

「そこはおかえり~。だぞ? 紗英」

 そう言いながらも、目尻を下げて愛娘を抱き上げた。

「おかえり、夏希なつき。今日は無事早く帰ってこれたんだね」

 キッチンに籠り夕食の準備をしていた夕実ちゃんも顔を出した。

「おう! 世の中平和で助かった」

 にかっと笑うその顔は日に焼けて真っ黒だ。半袖から見える逞しい腕もかなり日に焼けていた。

 私が、なっちゃんと親しみを込めて呼ぶのは夕実ちゃんの旦那様。今は警察官をしている。二人は剣道を通じて知り合った幼なじみで、大学生の頃から付き合っていた。私ともその頃から共通の友人として仲良くしてくれていた。
 顔付きは精悍で、睨んだら結構怖いと聞くなっちゃんだけど、とても優しくて頼りになる。同じ年だけど、なんだか兄妹のような関係になっていた。

「紗絵、もうそろそろご飯の時間。お片付けしてね。夏希は先お風呂!」

 夕実ちゃんが、さすが大企業の秘書室長、という感じでテキパキと指示を出す。二人は「「はぁい」」と声を揃えた。

 二人がそれぞれ言われたことをしている間に、私は夕実ちゃんを手伝って料理をテーブルに運んだ。

(私の好きなのばっかり。ほんと、夕実ちゃんったら……)

 その気遣いが嬉しい。私は鼻歌混じりで仕上げをする夕実ちゃんを見て、そんなことを思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

処理中です...