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「入んねぇの?」

 ここまでは逃げられないよう手首を掴んで連れて来たが、部屋の前で離すと後ろで俯く瑤子に尋ねた。

 ここは、俺が帰国してからずっと泊まっているホテル。昔から実家と繋がっていて何かと融通が効く。予定より早く帰国したため、借りている部屋の入居ができるのは一週間ほど先。それまではここが俺の家代わりだ。
 さっきのバーから歩いて十五分もあれば着く距離。わざわざタクシーに乗るほどでもなく、蒸し暑い街をゆっくりと歩いてここまで帰ってきた。
 ずっと黙ったまま大人しく着いては来たが、ここで無理矢理部屋に連れ込んで、あとであれこれ言われても面倒だ。最後の最後に選択肢を与えてやった。
 ドアを開け、それを押したまま廊下に立つ瑤子に向く。俺から視線を外したまま、おずおずと瞳を揺らしているのを眺める。今、何かに葛藤しているように見えた。

「別に……、何がなんでもなんて思っちゃいねえよ。俺にだってそれくらいの良心はある。飲み直すくらいならいいだろ?」
「それなら……」

 目を合わすことなく瑤子は答え、俺は腕を引き部屋に入れると扉を閉めた。

「ほら、座れよ。何飲む?」

 俺は冷蔵庫に向かうとまず炭酸水を取り出しその場で開けて喉を潤す。

「そういや、貰いもんのウイスキーあったな。それでいいか?」

 振り返ると、窓際のソファに心許なげに座る瑤子は顔を上げた。

「はい……。なんでも、いいです」

(借りてきた猫、かよ)

 初めて会ったときの威勢はなく、しおらしく答える姿にクスリと笑い、氷を入れたグラスにウイスキーを注いだ。

「ほらよ」

 テーブルに一つグラスを置くと、瑤子の隣にどさりと座る。手に持つグラスを合わせることもせず口をつけるとウイスキーを流し込んだ。

「結構いけんな。飲まねえの?」

 グラスをじっと見つめるその横顔に問いかける。間近で見ると、やはりその顔は均整が取れていて美しいほうだ。バーで美人だと言われるのも無理はない。けれど、本当はそれを隠したがっているようにも感じていた。

 なんなんだろう? このアンバランス感は。ただ、疑問に思う。
 そして柄にもなく、もっと知りたいと思う自分がいた。
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