俺様カメラマンは私を捉えて離さない

玖羽 望月

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「なっ、ん、で……」

 表情を隠すように掛けられていた眼鏡は今はなく、切れ長の涼しげな瞳は見開かれ俺を見ていた。そして前とは違う、明るい色の紅をさすその唇は僅かに震えていた。

「俺が待たせたからって、早速浮気とはいい度胸だな。瑤子」

 吐いたことのないような陳腐な台詞とともに、その顔にかかる髪を撫でると耳にかける。

「どう、して……」

 まだ呆然としている瑤子の耳元に唇を寄せると俺は囁いた。

「こいつらから逃れたいなら合わせろよ」

 顔を離して体を起こし不敵な笑みを浮かべ見下ろすと、唾を飲み込んだのか白い首筋が上下しているのが見えた。意を決したのかその唇が動き出す。とても待ちわびた相手に見せるとは思えない鋭い視線を向けて。

「あ……なたが私を待たせるからでしょう? そっちのほうがいい度胸だと思うけど?」
「だからって二人を相手にするとはね。俺は構わねえけど? こいつらのほうがいいなら」

 カウンタースツールに腰掛けている男どもを見下すように視線を投げる。元から俺より背が低いその相手は、完全に萎縮している。

「やっ、いいんだ。相手が来たならそれで。なっ?」

 瑤子の左側にいた男が青白い顔で向こう側の男に投げかけると、そいつも「あぁ! 邪魔したな」と立ち上がる。

「だってよ。残念だったな」

 嫌味を込めて笑うと、瑤子は悔しそうに顔を歪める。その顔を見ることもなく、男どもはそそくさと目の前から消えていった。

「申し訳ありませんでした。お客様」

 タイミングを見計らったように床を掃除していたスタッフが立ち上がり瑤子に声を掛ける。

「とんでもない。こちらこそ……すみませんでした」

 そう言って謝っている姿は、事務所で見た姿と変わらない。それを見ながら俺は財布から札を抜き出した。
 
「俺と、こいつの分。あと、今追加で注文したそれと。これで足りるか?」

 スタッフに札を握らせると、「はい。充分ございます」と丁寧に答えが返る。

「残りは少ないがチップだ。あと……」

 男の肩口に顔を寄せると、瑤子に聞こえないよう気を払う。

「あれに薬仕込まれてる。どうするかは店に任せる」

 男は動じることもなく「ありがとうございます」と笑顔を作った。

「じゃ。行くか」

 振り返り、心許なげに視線を泳がせる瑤子の腕を引くと俺は口角を上げた。

「ちょっと‼︎ 何するんですか!」

 さすがに店の中では静かにしていたが、出た途端に腕を振り解かれた。路地裏にある店の周りはそう人気はない。元から飲み屋の立ち並ぶ場所で多少声を荒げようが足を止めるものはいなかった。

「助けてやった礼がそれか? ったく、可愛げねぇの」
「助けてくれなんて言ってません!」
「ふーん。お前、薬盛られて趣味あったんだな」

 わざとらしく笑いながら言うと、一瞬にしてその顔は強張り青白く変わった。

「……え……?」

 思いもしていなかった、と言う表情。その危機感のなさに呆れるばかりだ。そして、無性に腹が立ってくる。こいつは、自分のことが何一つわかっていない。どんなメイクが自分に似合うのか、今どんな顔をしているのか。

「お前、そんな物欲しげな顔しといて、あれで男をあしらったつもりか? 周りから見れば隙だらけだ。俺が割って入らなきゃ、今頃その辺の安いラブホに連れ込まれてんぞ?」

 ズバリと言い当てられたのが余程悔しいのか、瑤子は唇を噛み視線を逸らす。
 
「それでも……よかったのに……」

 遠くから聞こえる喧騒にかき消されそうなほど小さな呟き。それは聞き間違いなのかと思うような内容だった。

「は? お前、何言って……」
「とりあえず、ありがとうございました。先ほど助けていただいたことは感謝します。でも、もう放っておいてください」

 俺の言葉を遮るように捲し立てると、瑤子は踵を返す。

「おいっ! 待てよ」

 来るもの拒まず去るもの追わず。それが自分のポリシーだったはずだ。俺に『抱いてくれ』と言える度胸のあるやつは、望み通り抱いてやるし、『もう付き合いきれない』と言われても別に構わねぇ。そう思っていた。
 なのに……。

 細い手首を掴むと瑤子は振り返る。泣いているのかと思ったその顔は、そんな一言じゃ言い表せない。悲しみ、虚しさ、憤り、そんな感情が入り混じっているように見えた。

「何するんですか⁈」
「お前……。誰でもいいなら、俺でもいいだろ?」

 肩からサラサラと流れ落ちる長い黒髪を掬うと口付ける。そんな俺に、瑤子は挑むような視線を真っ直ぐ向けていた。
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