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「では、次の案件ですが……」
タブレットを操作しながら私は尋ねる。こんなやり取りを始めてすでに三十分ほど。長門さんはすっかり辟易とした様子だ。
「却下」
(ちゃんと考えてる⁈)
面倒になって適当な返事をしているのかと勘繰ってしまうほど早い返答に顔が引き攣る。
「本当に……よろしいんですか?」
「なんで?」
「大手出版社の人気雑誌、人気モデルを用意するとありますが……」
「興味ねぇ」
「興味ない⁈」
他のカメラマンなら喉から手が出るほどの案件を、興味ないの一言で蹴るのかと思わず声を上げてしまう。
「何? 問題あるか?」
私に言うその顔には『文句は言わせない』と書いてあるようだ。
「ございません‼︎」
柄にもなく感情的になりながら返すと長門さんは勝ち誇ったように口角を上げた。
(本当に……噂通り、だった)
広いようで狭い業界内。いくら海外に拠点を置いていようが、同じ日本人となると同業者も気になるのだろう。私にさえ、嘘か誠かわからないような話が巡ってくることはあった。
『モデルたちがこぞって撮られたがり、抱かれたがる』だとか、『気に入らなければ容赦なく切り捨てる冷血漢』だとか、『きっと世界は自分中心に回っていると思ってる』なんてことが。
もちろん私は撮った写真しか知らないし、鵜呑みにするのは良くないと他のカメラマンやモデルたちが話すその噂を信じてはいなかった。
そんな長門さんのスケ管をし始めて約二ヶ月。担当を受けたとき、社長が言ったことを今は痛感していた。
『司が秋からこっちで活動することになったんだ。長森さん、スケ管やってもらえないかな?』
『構いません。園田君も慣れてきたことですし、クライアントの一部を渡そうと思っていたところです』
『よかったぁ。長森さんじゃないと難しいかなって思ってたから。色々面倒くさいかも知れないけどよろしくね』
(面倒……くさい?)
これでも十年この仕事を続けてきた自信とプライドはある。例え多少面倒な相手でもなんとかなる。そのときはそんなことを考えていた。
「遅くなってごめんーっ‼︎」
ガチャリと勢いよくドアが開いたかと思うと社長が息を切らせ飛び込んで来た。
「遅え‼︎」
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
「本当にごめんね、長森さん。司の相手、お疲れ様」
社長はまだ少し息を切らせたまま私に笑いかけると長門さんの隣に座る。暑い中急いで帰ってきたのが目に見えてわかるくらい額には汗が浮かんでいた。
「とんでもない。確認が必要なものは全部終わりましたし。あ、アイスコーヒー入れますね」
冷蔵庫に向かうと、背中側から「おい。俺には労い一つねぇのかよ」と機嫌の悪そうな声が聞こえた。
「えっ? だって司、突然だったし。僕だってこう見えて忙しいことあるんだよ?」
まるでお父さんが子どもを優しく諭すような穏やかな口調。見た目もそんな感じだし、実際自分の子どもたちにも同じように接している。
「悪かったな。土産だけ渡して帰ろうと思っただけだ」
長門さんは毒気を抜かれるのかしおらしく謝っている。二人は全く正反対で、長門さんが社長を振り回しているのかと思ったけど、意外とそうではないようだ。
スーツケースが開く音を聞きながら、私はソファに近づく。
「どうぞ」
テーブルにグラスを置くと、社長は「ありがとう」と私を見上げた。
(今のうちに……)
ここぞとばかりに私は社長に切り出した。
「長門さんなんですが、メールがすぐに確認できない状況のようです。このままでは業務に支障をきたすのですが……」
「そうなの?」
社長が目を丸くしていると、長門さんは立ち上がる。大きな紙袋を社長に押し付けると、大きな息を吐き出しながらまた座った。
「仕方ねぇだろ。ノートパソコンも送る荷物に入れちまっただけだ」
「それ、いつ届くの?」
「二週間後」
それを聞いた社長は「それは仕方ないねぇ」と呑気に笑う。
「だろ?」
ほら見ろと言わんばかりに得意げな顔の長門さんはチラリとこちらに視線を送った。
「じゃ、今からパソコン買いに行こっか」
「はっ?」
「だって困るもん。長森さんが。ねっ?」
社長は同意を求めるように顔を上げる。今度はこちらが勝ち誇る番だ。
「ええ。とっても困るので、よろしくお願いします」
満面の笑みで私が答えると、長門さんは面白くなさそうに眉を顰めていた。
タブレットを操作しながら私は尋ねる。こんなやり取りを始めてすでに三十分ほど。長門さんはすっかり辟易とした様子だ。
「却下」
(ちゃんと考えてる⁈)
面倒になって適当な返事をしているのかと勘繰ってしまうほど早い返答に顔が引き攣る。
「本当に……よろしいんですか?」
「なんで?」
「大手出版社の人気雑誌、人気モデルを用意するとありますが……」
「興味ねぇ」
「興味ない⁈」
他のカメラマンなら喉から手が出るほどの案件を、興味ないの一言で蹴るのかと思わず声を上げてしまう。
「何? 問題あるか?」
私に言うその顔には『文句は言わせない』と書いてあるようだ。
「ございません‼︎」
柄にもなく感情的になりながら返すと長門さんは勝ち誇ったように口角を上げた。
(本当に……噂通り、だった)
広いようで狭い業界内。いくら海外に拠点を置いていようが、同じ日本人となると同業者も気になるのだろう。私にさえ、嘘か誠かわからないような話が巡ってくることはあった。
『モデルたちがこぞって撮られたがり、抱かれたがる』だとか、『気に入らなければ容赦なく切り捨てる冷血漢』だとか、『きっと世界は自分中心に回っていると思ってる』なんてことが。
もちろん私は撮った写真しか知らないし、鵜呑みにするのは良くないと他のカメラマンやモデルたちが話すその噂を信じてはいなかった。
そんな長門さんのスケ管をし始めて約二ヶ月。担当を受けたとき、社長が言ったことを今は痛感していた。
『司が秋からこっちで活動することになったんだ。長森さん、スケ管やってもらえないかな?』
『構いません。園田君も慣れてきたことですし、クライアントの一部を渡そうと思っていたところです』
『よかったぁ。長森さんじゃないと難しいかなって思ってたから。色々面倒くさいかも知れないけどよろしくね』
(面倒……くさい?)
これでも十年この仕事を続けてきた自信とプライドはある。例え多少面倒な相手でもなんとかなる。そのときはそんなことを考えていた。
「遅くなってごめんーっ‼︎」
ガチャリと勢いよくドアが開いたかと思うと社長が息を切らせ飛び込んで来た。
「遅え‼︎」
「おかえりなさい。お疲れ様でした」
「本当にごめんね、長森さん。司の相手、お疲れ様」
社長はまだ少し息を切らせたまま私に笑いかけると長門さんの隣に座る。暑い中急いで帰ってきたのが目に見えてわかるくらい額には汗が浮かんでいた。
「とんでもない。確認が必要なものは全部終わりましたし。あ、アイスコーヒー入れますね」
冷蔵庫に向かうと、背中側から「おい。俺には労い一つねぇのかよ」と機嫌の悪そうな声が聞こえた。
「えっ? だって司、突然だったし。僕だってこう見えて忙しいことあるんだよ?」
まるでお父さんが子どもを優しく諭すような穏やかな口調。見た目もそんな感じだし、実際自分の子どもたちにも同じように接している。
「悪かったな。土産だけ渡して帰ろうと思っただけだ」
長門さんは毒気を抜かれるのかしおらしく謝っている。二人は全く正反対で、長門さんが社長を振り回しているのかと思ったけど、意外とそうではないようだ。
スーツケースが開く音を聞きながら、私はソファに近づく。
「どうぞ」
テーブルにグラスを置くと、社長は「ありがとう」と私を見上げた。
(今のうちに……)
ここぞとばかりに私は社長に切り出した。
「長門さんなんですが、メールがすぐに確認できない状況のようです。このままでは業務に支障をきたすのですが……」
「そうなの?」
社長が目を丸くしていると、長門さんは立ち上がる。大きな紙袋を社長に押し付けると、大きな息を吐き出しながらまた座った。
「仕方ねぇだろ。ノートパソコンも送る荷物に入れちまっただけだ」
「それ、いつ届くの?」
「二週間後」
それを聞いた社長は「それは仕方ないねぇ」と呑気に笑う。
「だろ?」
ほら見ろと言わんばかりに得意げな顔の長門さんはチラリとこちらに視線を送った。
「じゃ、今からパソコン買いに行こっか」
「はっ?」
「だって困るもん。長森さんが。ねっ?」
社長は同意を求めるように顔を上げる。今度はこちらが勝ち誇る番だ。
「ええ。とっても困るので、よろしくお願いします」
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