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「社長はあと三十分はお戻りにならないと思います。お待ちになりますか?」
残念ながら二人はすれ違いだ。社長はほんの十分ほど前に『銀行行ってくるね』と出てしまった。おそらく窓口に用事があるだけだと思うから、混んでいなければすぐ戻ってくるはずだ。
「待つ。こっちは空港から直行してやったっつうのにこのまま帰れねぇだろ」
面倒くさそうに吐き捨てる長門さんの傍には、よく見れば鈍く光る銀色のスーツケースが置かれていた。
「ではご案内いたします。本田さん、騒がせてごめんね」
振り返って本田さんに小さく謝ると、ハラハラしたように私たちを眺めていた彼女は慌てて首を振った。
「チッ。俺に対する嫌味かよ」
社長室の場所を知っているのか、スーツケースを転がしながら先を歩く長門さんから小さく舌打ちが聞こえた。
(想像以上に性格悪そう……)
自分のことは棚に上げそんなことを思いながら、長門さんを追い越し先に進む。いくらなんでも勝手に社長室に入れるのは……とも思うが、あの社長が無断で部屋に通したからと言って怒りだすとも思えない。目の前にいるこの面倒くさい人とは友人だと思えないほど温厚で穏やかな人だ。
私は無人だとわかっている社長室の扉をノックすると扉を開けた。
「どうぞ。お入りください」
そう促すと長門さんは戸惑う様子もなくズカズカと部屋に入り、応接ソファにドカッと座った。
長い足を投げ出し踏ん反り返るようなその姿は凄い存在感。これでモデル、ではなく撮る側。カメラマンなんだから納得いかない。
数年前から海外で活躍し、日本でも業界内では名の知れたファッションカメラマン。ニューヨークを拠点に活動し、いくつもの有名ブランドと仕事をしている。
そんなこの人が、『また拠点を日本に移し活動することになった』と社長に聞かされたのは、まだ六月の初めのことだった。
社長室の隅にある小さな冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し先に氷を入れておいたグラスに注ぐ。
この事務所に社長秘書など存在しない。仕事の手を止めてまで誰かにお茶を出してもらうのは申し訳ないからと、ここでは社長自らがお茶を出している。だから社長室の中にはある程度用意されているのだ。
「どうぞ」
すでにテーブルに置いてあった雑誌を手にしている長門さんにグラスを差し出した。
「どーも」
長門さんは視線を雑誌に落としたままぶっきらぼうにそれだけ言った。
(可愛げのない男……)
自分のことは棚に上げ心の中で悪態をつく。そんなことはすでにメールのやり取りだけでわかっていたはずなのに、ほんの数分でその印象は間違っていなかったことを実感した。
(って言うか、メール!)
今日、始業時間が始まった途端に私は愚痴を吐いた。この四月に転職してきた、隣席の園田君に『どうしたんですか?』と尋ねられるくらいの盛大な溜め息とともに。
「長門様。少しよろしいでしょうか?」
長門さんの向かい側にある応接ソファの背後に立ったまま、全くこちらを見ようとしないその姿を見下ろしながら声を掛ける。予想通りと言うべきなのか、長門さんは手にしたモード系コレクション誌の最新号を捲りながら顔すら上げない。
「あ? なんだよ」
心底面倒くさそうな返事にイライラするのを抑えながら私は続けた。
「ここ数日、私からのメールにご返信いただいておりませんが、何か不都合でもございましたか?」
「あ~……。メールなんて見てねぇからな。こっちは今朝日本に戻ったばっかだ。見りゃわかるだろ」
「……は?」
思わず素が出て眉間に皺を寄せ声を漏らす。そこでようやく長門さんは顔を上げ私を見た。私と同じくらい不機嫌そうな表情をしたまま。
「なんだよ。文句あるのか? いいからさっさと送ったメール見せろ。こっちは今、そのメールを確認する方法もねえんだよ」
投げやりな感じにそんなことを言われ、ここ最近で一番のイライラは最高潮に達していた。
残念ながら二人はすれ違いだ。社長はほんの十分ほど前に『銀行行ってくるね』と出てしまった。おそらく窓口に用事があるだけだと思うから、混んでいなければすぐ戻ってくるはずだ。
「待つ。こっちは空港から直行してやったっつうのにこのまま帰れねぇだろ」
面倒くさそうに吐き捨てる長門さんの傍には、よく見れば鈍く光る銀色のスーツケースが置かれていた。
「ではご案内いたします。本田さん、騒がせてごめんね」
振り返って本田さんに小さく謝ると、ハラハラしたように私たちを眺めていた彼女は慌てて首を振った。
「チッ。俺に対する嫌味かよ」
社長室の場所を知っているのか、スーツケースを転がしながら先を歩く長門さんから小さく舌打ちが聞こえた。
(想像以上に性格悪そう……)
自分のことは棚に上げそんなことを思いながら、長門さんを追い越し先に進む。いくらなんでも勝手に社長室に入れるのは……とも思うが、あの社長が無断で部屋に通したからと言って怒りだすとも思えない。目の前にいるこの面倒くさい人とは友人だと思えないほど温厚で穏やかな人だ。
私は無人だとわかっている社長室の扉をノックすると扉を開けた。
「どうぞ。お入りください」
そう促すと長門さんは戸惑う様子もなくズカズカと部屋に入り、応接ソファにドカッと座った。
長い足を投げ出し踏ん反り返るようなその姿は凄い存在感。これでモデル、ではなく撮る側。カメラマンなんだから納得いかない。
数年前から海外で活躍し、日本でも業界内では名の知れたファッションカメラマン。ニューヨークを拠点に活動し、いくつもの有名ブランドと仕事をしている。
そんなこの人が、『また拠点を日本に移し活動することになった』と社長に聞かされたのは、まだ六月の初めのことだった。
社長室の隅にある小さな冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出し先に氷を入れておいたグラスに注ぐ。
この事務所に社長秘書など存在しない。仕事の手を止めてまで誰かにお茶を出してもらうのは申し訳ないからと、ここでは社長自らがお茶を出している。だから社長室の中にはある程度用意されているのだ。
「どうぞ」
すでにテーブルに置いてあった雑誌を手にしている長門さんにグラスを差し出した。
「どーも」
長門さんは視線を雑誌に落としたままぶっきらぼうにそれだけ言った。
(可愛げのない男……)
自分のことは棚に上げ心の中で悪態をつく。そんなことはすでにメールのやり取りだけでわかっていたはずなのに、ほんの数分でその印象は間違っていなかったことを実感した。
(って言うか、メール!)
今日、始業時間が始まった途端に私は愚痴を吐いた。この四月に転職してきた、隣席の園田君に『どうしたんですか?』と尋ねられるくらいの盛大な溜め息とともに。
「長門様。少しよろしいでしょうか?」
長門さんの向かい側にある応接ソファの背後に立ったまま、全くこちらを見ようとしないその姿を見下ろしながら声を掛ける。予想通りと言うべきなのか、長門さんは手にしたモード系コレクション誌の最新号を捲りながら顔すら上げない。
「あ? なんだよ」
心底面倒くさそうな返事にイライラするのを抑えながら私は続けた。
「ここ数日、私からのメールにご返信いただいておりませんが、何か不都合でもございましたか?」
「あ~……。メールなんて見てねぇからな。こっちは今朝日本に戻ったばっかだ。見りゃわかるだろ」
「……は?」
思わず素が出て眉間に皺を寄せ声を漏らす。そこでようやく長門さんは顔を上げ私を見た。私と同じくらい不機嫌そうな表情をしたまま。
「なんだよ。文句あるのか? いいからさっさと送ったメール見せろ。こっちは今、そのメールを確認する方法もねえんだよ」
投げやりな感じにそんなことを言われ、ここ最近で一番のイライラは最高潮に達していた。
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