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八章 暖かな陽だまりと

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 外に出るとずいぶん陽は傾いていて、花壇を揺らす風は、冬の訪れを感じるほど冷たさを含んでいた。

「あっち!」

 移動中に散々お昼寝をしていた灯希は、自分の手を引っ張り歩きたがる。

「お散歩したい? ちょっと待ってね」

 まもなく一歳半になる灯希の力はなかなかで、必死で手を握りながら振り返った。

「大智さん。少しだけ歩いてもいいですか?」

 後ろを歩く彼に尋ねると、考えごとをしていたのか、彼は弾かれたように顔を上げた。

「あ、あぁ。そうしよう。灯希も退屈だっただろうし」

 彼が「灯希」と呼びかけると、灯希は立ち止まり嬉しそうに上を向く。差し出されたその手を灯希は笑顔で取った。
 灯希を真ん中にしてしばらく歩く。散歩コースになっているのか、施設の建物をぐるりと囲むように舗装された歩道が続いている。歩道には西陽に照らされた自分たちの長い影が伸びた。その影を追いかけるように、灯希は歩いていた。

「大智さん。さっきの……叔母様がおっしゃったことなんですけど……」

 灯希の歩くペースがゆっくりになるのを見計らい切り出す。彼が気に病んでいることを少しでも和らげたい。そんな気持ちで。

「……。何だい?」

 どこか暗い影を落としたままの彼は自分に視線を動かした。

「きっと……大智さんにも同じようにして欲しいとは、思ってないんじゃないかなって。あくまでも、叔母様自身がお祖母様にそうしたいだけ……。そんな気がするんです」

 彼は叔母の話を聞いて、ずっと複雑な表情を浮かべていた。もしかしたら、自分自身が抱く祖母に対する感情を責めているかも知れない。けれどそんな必要はないと思った。

「私は昔、血が繋がっていれば無条件に愛せるものだって、思ってました。でも世の中には、子どもを愛せない人もいるし、家族を愛せない人もいる。いくら血が繋がっていても、人はそれぞれ別の人格を持っていて、どうしたって分かり合えないことはある……。今はそう思っています」

 自分は両親にたくさん愛情を注いでもらった。家族だったらそれが当たり前なのだと思っていた。けれどそれは当たり前じゃないと知った。血が繋がっていようがいまいが、愛情を注げる人もいるし、そうできない人もいるのだ。
 
「大智さんは、人を愛せない人ではありません。でも愛せない人もいた。それだけです」

 彼は驚いたように目を開けるとじっとこちらを見つめたあと、くしゃりと顔を歪めた。

「そう言ってくれて……気持ちが軽くなった」

 彼は安堵したように薄らと笑みを浮かべながら続ける。

「家族なのに、手放しで愛していると言えない自分は冷淡で、由依に失望されるんじゃないかって。そんなことを……思っていたんだ」

 彼の葛藤は、想像した通りだったようだ。優しい人だからこそ、祖母を愛せない自分に落胆していたのかも知れない。

「失望なんて、しないです」

 精一杯首を振り、そして付け加えた。

「偉そうに聞こえるかも知れませんが、私は大智さんに、自分の心に素直に従って欲しいって、思ってます。一人で抱えられなければ、私にも分けてください。一緒に乗り越えたい。家族……なんですから」

『家族がいれば、楽しいことは倍に、悲しいことは半分になるって本当だな』

 突然頭に響いたのは、父が昔言った台詞だ。
 おそらく小学校の低学年あたりのこと。なんてことないことで、両親と三人で大笑いしていたとき、父がそう言ったのを思い出す。
 そのときはピンとこなかったその言葉を、今は痛いほど感じる。自分では力になれないこともあるかも知れない。それでも運命の糸が繋いでくれた絆を、これからも大切にしていきたいと心の底から思う。

「由依……」

 その柔らかな表情に安堵する。どこか肩の荷を下ろし、軽くなってような清々しささえ感じるその表情で、彼は茜色の空を見上げた。

「僕はずっと、自分の家族はどこかアンバランスで、どこか歪だと幼い頃から感じていた。もちろん両親のことは尊敬していたし、両親も僕を愛してくれているのはわかっていた。けれどそこに祖父母が入ると、途端に均衡が取れなくなる。それが自分の家族で、家族とはそんなものだと思っていた」

 彼は遠い空を見つめて、静かに言った。その歩くペースが緩やかになり、手を繋いでいた灯希が振り返る。そして空を見上げる父を真似するように空を見上げた。

「パパ、だっだ!」

 灯希は両手を離し、天に突き上げる。彼は慈しむような視線を下に動かすと、その求めに応じて灯希を抱き上げた。嬉しそうに父にしがみつく灯希と彼は自分に向く。

「由依はあの日、家族が欲しいと願った。けれどそれは、僕の願いでもあったのかも知れない」

 そう言うと、彼は一呼吸おいた。

「……ありがとう。僕に家族を与えてくれて。運命というものがあるのなら、僕はそれに感謝したいよ」
「私も……です」

 ――この先もきっと忘れないだろう。自分たちが家族になった日で、運命を感じた日のことを。
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