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七章 手繰り寄せられた運命

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 大智に付き纏っていた相手が、自分の前にも現れるのだろうか? 悶々と考えてしまいそうになるのを振り払い、仕事に励んだ。
 帰りは念のため、周りの様子を伺いながら駅に向かう。何度か振り返ってみたが、つけているような人物は見当たらなかった。

(とりあえず……大丈夫、かな?)

 家の最寄り駅に着き、もう一度辺りを見るが、やはり怪しい人はいないようだ。ホッとすると、その足で保育園へ向かった。

「由依! お帰り!」
「たっちゃん? ただいま」

 保育園の近くで、買い物帰りなのかエコバッグを下げた樹が手を振っていた。

「眞央に頼まれて買い物してきたんだけど、そろそろ由依が帰ってくる時間だから、一緒に帰ろうと思って」

 自分が駆け寄ると、樹は笑顔を見せた。朝に会話したときのぎこちなさは消え、いつもの樹だった。

「うん。灯希もたっちゃんと帰るの久しぶりだから、きっと喜ぶよ」

 ずっとショーのために忙しくしていた樹も眞央も、灯希とゆっくりする時間が取れず寂しがっていた。それは灯希も同じなんだと思う。
 灯希を迎えに行き、外で待っていた樹と合流する。予想通り、灯希は樹の姿を見て喜んでいた。

「たった、だっだ!」
「灯希! 抱っこだな。おいで」

 たっちゃん、抱っこと言いたいのだが、まだまだ言葉はちゃんと出ない。それでもずっと一緒に暮らしている樹には難なく理解できている。抱き上げられた灯希は、キャッキャと笑い声を上げ喜んでいた。
 代わりに樹からバッグを受け取ると歩き出す。明日から十一月になるこの季節のこの時間、陽はとっくに暮れていて、街灯が道を照らしていた。

「こうやって帰るのも、もうすぐ終わるんだな」

 不意に樹がそんなことを口にする。まだ引越しのことも話していないが、なんとなく察しているのだろう。見上げた横顔は寂しそうに見えた。

「うん……。実は……近いうちに大智さんと一緒に住もうと思ってて。でもね、家は近くなの。駅の反対側だけど、会えない距離じゃないから。だから、また会いに行っていい?」

 本当は自分も、樹と眞央と離れるのは寂しい。二人のことを家族だと思っているし、今住む家は実家みたいなものだから。

「本当ならもっと早く、親子一緒に暮らせてただろうに。俺の所為だよな。ごめんな。こっちこそ……また灯希に会わせてくれ。大事な……甥っ子だから」
「うん。もちろんだよ。たっちゃん」

 涙が滲むのを堪える。今生の別れじゃないのだから。震える声でそれだけを返した。

 取り留めもない話しをしながらゆっくり歩き、公園のそばを通り過ぎる。最後に一方通行になっている角を曲がると、数軒先に家が見えてきた。

「今日は眞央も、久々に腕振るうって張り切ってたぞ」
「本当? 楽しみだなぁ」

 声を弾ませながら家の前を見ると、薄暗い道路に人影が浮かんでいた。

「ん? 客か?」

 樹もその人に気づいたようだ。背中を向けたその人は、大きいほうではない自分よりも、さらに小柄な女性だった。

「由依の知り合い?」

 灯希を抱えたままの樹に尋ねられる。近所には灯希の保育園で知り合った人はいるが、見覚えはない。首を振って返すと、樹は進み出す。そのあとに自分も続いた。
 ちょうど門の真ん前に立ち止まるその女性は、暗い中でもわかる、真っ白なフレアコートを着ていた。背中に届く長い黒髪はその白いコートに綺麗なウェーブを描き、彼女が辺りを見渡すたびに揺れていた。

「うちに何か用?」

 声を掛けられ、その人は振り返る。近くで見ると、一層華奢な人だった。前髪は綺麗に切り揃えられていて、人形のように可愛らしいその顔を飾っていた。

「申し訳ありません。お邪魔ですね」

 鈴を転がすようなと形容したいほどだの可愛い声で彼女は謝ると、そのまま続ける。

「あの。駅がどこかわからなくて。教えていただけませんか?」

 不安気な表情を見せる彼女に、樹は素っ気なく「そこを左に曲がって真っ直ぐ行けばいい」と答える。

「ありがとうございます」

 彼女はニッコリと笑顔を作りお礼を述べたあと、樹に抱えられている灯希に視線を送った。

「お子さん、可愛いですね。お父さんにとても似ていらっしゃる」

 たまに尋ねるられるこの質問。今までは曖昧に誤魔化していたが、何故か急に誤魔化したくないと思ってしまう。
 横から「いえっ、ちがっ……」と口を挟もうとすると、樹にそれとなく制された。

「あぁ。よく言われる。じゃあ、俺たちはこれで」

 いくら見知らぬ人だとしても、こんなに冷たくあしらう樹は珍しい。不思議に思いながらも、彼女に頭を下げて前を横切ると樹に続いた。
 センサーに反応し玄関先が明るくなると、樹は玄関の鍵を開けている。気になって振り返ってみるが、もう彼女の姿はなかった。
 樹は先に玄関に入り、灯希を下ろし靴を脱がせている。その間に鍵をかけ振り返ると、灯希はすでに軽い足音を立てて奥に走って行った。
 そして樹は、はぁっと深く息を吐き出すと、ゆるゆると立ち上がった。

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