一つの夜が紡ぐ運命の恋物語を、あなたと

玖羽 望月

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七章 手繰り寄せられた運命

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 翌日の朝、いつも通りに起きて用意をし、玄関先で灯希を抱っこ紐に入れようとしていたときだった。傍にある階段から、トントントンとゆっくりとした足音が聞こえてきた。

「おはよう、由依」
「たっちゃん、おはよう。朝ご飯、用意してあるから食べてね。今日は休み? 昨日は遅かったんでしょ?」

 灯希を抱き上げ、抱っこ紐に収めながら尋ねる。
 昨日樹たちは、自分が帰ったときはまだ戻っておらず、知らないうちに帰宅したようだ。緩くウェーブのかかった焦茶の髪はボサボサで、顔はまだかなり眠そうだった。

「あぁ。さんきゅ」

 短くそう言ったあと、樹は決まりが悪そうに頭を掻いている。

「どうしたの?」

 何かいいたげなその顔に投げかけると、視線を泳がせながら答えた。

「その。今週土日、どっちでもいい。都合の良い時間に……あいつを、家に呼んでくれ。話、するから」

 まだ割り切れない部分があるのか、樹は複雑そうな表情をしている。けれど樹もまた、進もうとしてくれているのだろう。

「大智さんに聞いておくね。ありがとう、たっちゃん」

 明るく返すと、樹は薄らとした笑みを浮かべていた。そんな樹に見送られながら家を出た。

 灯希を保育園に預け、電車に乗る。ピーク時間を過ぎているから、ぎゅうぎゅうというほどではない。バッグからスマホを取り出すと、大智へメッセージを送る。程なくしてその返事が届いた。

『おはよう、由依。土曜日の午後に訪問させてもらおうと思う。それと、今週は立て込んでいて、昼は一緒に行けそうにない。ごめん』

 素っ気ないようにも見えるが、彼らしいメッセージ。そして遅れて、可愛らしいネコがお辞儀しているスタンプが送られてきて、思わず口元が緩んだ。
 メッセージを登録し合ったとき、最初に届いたのがこのスタンプだった。意外過ぎて驚く自分に、彼は『僕のメッセージには花がないから、少しは可愛くしろって美礼が送りつけてきたんだ。初めて使うんだけど』と笑っていた。
 それからこうして送ってくれる。どんな顔をして選んでいるのだろうと想像するだけで笑みがこぼれた。
 メッセージに返事をして、時間を決めるとスマホをしまう。そうしているうちに職場の最寄り駅に着いた。

 ビルに入りIDカードをかざしゲートを越えると、いつものように二階にある園に向かい階段を上がる

「あ、来た来た。おはよ、由依ちゃん!」

 階段から廊下に出るとすぐ、その人は笑顔で手を振っていた。

「若木さん! おはようございます。どうされたんですか?」

 こんなところで会うのは初めてだ。おそらく自分を待っていたのだろう。それに不安を感じつつ尋ねた。

「ごめん、仕事前に待ち伏せして。今、ちょっとだけいい?」

 いつもと変わらない、飄々とした笑顔で言う彼に「はい」と頷く。すると彼は、人気の全くない廊下なのに辺りを気にするように伺ったあと、自分に近寄った。

「最近さ、変わったことない?」

 ヒソヒソと小声で尋ねられ、思わず間近の彼を見上げる。

「変わった……ことって?」
「なければいいんだけど。例えば……誰かにつけられてるとか、知らない人が周りを彷徨いてるとか……」

 自分が鈍感なのだろうか。思い返しても、そんな人物に心当たりはない。

「いえ。ない……と思います」

 考えた末に返事をすると、彼はなんとなくホッとしているようだった。

「あのっ、まさか大智さんに何か?」

 思い当たるのはただ一つ。自分は姿を見たことのない、大智のストーカーのことだった。
 若木先生は顔を顰めながら頭を掻くと口を開いた。

「実は、大智に付き纏ってた例のお嬢様なんだけど。どうも美礼ちゃんが、婚約者じゃないって知ったらしいんだよ。それだけだったらまだよかったんだけど、他に相手がいるってのも知られたらしくて」

 苦々しい表情で言う彼に、強張らせたままの顔を向けた。そして彼は、軽く息を吐き出し続けた。

「うちの事務所は出禁にしてあるし、口止めもしてあるんだけど。まさかあの社長の取引先が、このビルに他にもあったなんて知らなくてさ。お嬢様は色々手を回して、大智の様子を探ってたらしい。俺も巡り巡ってこの話しを聞いたばかりで。それで由依ちゃん、大丈夫かなって」

 あくまでも口調は軽い。けれどどこか、切迫したようにも感じられる。

「今のところは何も。心配してくださって、ありがとうございます」

 お礼を述べると、彼は表情を緩めた。

「やっぱ由依ちゃん、いい子だよな」

 納得したように口にすると、彼は顔を綻ばせる。

「とりあえず、少しでも変わったことがあれば、すぐ大智に連絡して。もし掴まらなかったら、美礼ちゃんとかさ。とりあえず、俺も動きがあれば知らせるから」
「はい。わかりました。よろしくお願いします」

 軽く頭を下げると、彼は軽く手を上げて風のように去っていった。
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