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七章 手繰り寄せられた運命
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まだ手づかみ食べのほうが多い月齢に合わせてあるのか、おかずは掴みやすい大きさになっている。彩りも綺麗で、とにかく美味しそうだ。
「あっ! 写真! 撮っておきたいです」
急に思いつくが、手元にスマホはない。慌てていると向かいの大智が自分のスマホを取り出した。
「僕が撮るよ」
大智がスマホを弁当に向け、そのシャッター音が聞こえる前に、ヌッと小さな手が伸びた。
「まんま!」
きっと時間をかけただろうキャラクターの顔は、灯希の手により見るも無残に崩される。当の本人は満面の笑みを浮かべて、ミニサイズのおにぎりを頬張っていた。
「灯希ぃ……」
情け無い声を上げていると、大智は笑みを浮かべたまま灯希にスマホを向けてシャッターを切った。
「美味しいかい?」
「……ちい!」
夢中でご飯を食べる灯希は、大智の呼びかけに答える。それにみんなから、自然に笑みが溢れた。
「由依さん。またいつでも作るわ。灯希くんがこれだけ喜んでくれたんですもの。作り甲斐があるわ」
「そうよ、由依ちゃん。今度は灯希くんの好きなキャラクター教えてね」
シュンとしてしまった自分に、二人の母は口々にそう言ってくれる。心からの言葉に、温かな人柄が伝わってきた。それに、灯希を認めてくれていることが伝わってきて、目頭が熱くなってくる。
「ありがとう……ございます」
そう返すのが精一杯の自分に、二人は微笑みを返してくれていた。
「由依、見て。この写真。凄くいい顔してるよ」
自分たちの様子を見守っていた大智は、話が途切れるとそう言ってスマホを差し出した。画面には、幸せそうな笑顔の灯希が映し出されていた。
「本当ですね。美味しいのが顔から滲み出てます」
「由依ちゃん、私にも見せて見せて」
ワクワクした顔の美礼にスマホを渡すと、見た途端に笑顔になった。
「本当だ、可愛いなぁ。大智、あとで私に送ってよ。待ち受けにしよ。癒されそ~」
「わかった」
「じゃあ、美礼。私たちにもその写真送って! 私も待ち受けにするわぁ!」
笑顔の絶えない賑やかな食卓が、とても幸せだと思った。
(ここに、お父さんとお母さんがいたら……よかったのにな)
ふと両親の顔が過ぎる。思い出すのはいつも笑顔を絶やさない二人の顔。寂しくないと言えば嘘になる。けれど、今はちゃんと前を向いて進んでいける。
ふわりと空気が温かくなったような気がした。まるで祝福してくれているみたいに。
夜の八時を過ぎた自分の家の近所は、日曜日ということもあるのかいつもより人気は少ない。邪魔にならない場所に車を停めると、大智は横を向き心配そうな顔を見せた。
「ここでよかったのかい? やっぱり家の前まで……」
「大丈夫ですよ。そこの角を曲がればすぐですし。家の前には車を停められませんから」
一番近くにあるパーキングまでは少し距離がある。彼に往復してもらうのも申し訳ない。それにベビーカーを積んであるから、なんとかなりそうだ。
「じゃあ、角を曲がるまで見届けているよ」
「はい。あ、そうだ。今日はお母さんたち、一緒に家に泊まるんですよね? 改めてお礼をお伝えいただけないですか?」
二人は弁当だけでなく、積み木まで用意してくれていた。それでたくさん遊んで貰った灯希は、すっかりみんなに懐き、帰るときには大号泣したのだった。
「伝えておくよ。母さんも言っていたけど、今度は向こうの家に遊びに行こう。由依さえよければ、だけど」
「行きたいです! 大智さんたちの小さい頃のアルバム見せてくださるって。楽しみにしてます」
彼は少し照れくさそうに笑うと「そうだね」と頷いた。
名残り惜しいが、そろそろ帰らなければとシートベルトを外し、顔を見上げる。
「二日間、ありがとうございました。凄く……楽しかったです」
「僕も。ずっと一緒にいられて幸せだった。それに、由依を抱きしめて寝られたし」
昨日の夜は、布団を二組並べて三人で眠った。それ以上のことはしていないけれど、彼のぬくもりに包まれているだけで幸せだった。
そのことを思い起こしていると、スッと腕が伸びてきて、自分の頰を指がなぞる。
「……でも。やっぱり足りないね」
見目良いその顔は、艶やかな笑みを浮かべたまま徐々に近づいてくる。ゆっくりと瞼を閉じると、唇に彼からの熱を感じた。
啄むように始まったキスは深さを増し、唇の隙間を割るように舌がなぞる。その度に体にヒリヒリとした感覚が走っていた。
「んっ、ぅんんっ……」
必死でその腕に掴む。彼に応えようとすればするほど、艶めかしい水音が車内に響き、それが耳に届くたび背中にゾクゾクとした感覚が這った。
「そんな顔をされたら……。帰したくなくなるよ」
長い長いキスのあと、ようやく離れた唇は吐息と共にそんな台詞を紡いだ。
「私も……です。でも、もうすぐ一緒に暮らせますから」
頰を紅潮させたまま答えると、また優しく唇が降ってきた。
「あっ! 写真! 撮っておきたいです」
急に思いつくが、手元にスマホはない。慌てていると向かいの大智が自分のスマホを取り出した。
「僕が撮るよ」
大智がスマホを弁当に向け、そのシャッター音が聞こえる前に、ヌッと小さな手が伸びた。
「まんま!」
きっと時間をかけただろうキャラクターの顔は、灯希の手により見るも無残に崩される。当の本人は満面の笑みを浮かべて、ミニサイズのおにぎりを頬張っていた。
「灯希ぃ……」
情け無い声を上げていると、大智は笑みを浮かべたまま灯希にスマホを向けてシャッターを切った。
「美味しいかい?」
「……ちい!」
夢中でご飯を食べる灯希は、大智の呼びかけに答える。それにみんなから、自然に笑みが溢れた。
「由依さん。またいつでも作るわ。灯希くんがこれだけ喜んでくれたんですもの。作り甲斐があるわ」
「そうよ、由依ちゃん。今度は灯希くんの好きなキャラクター教えてね」
シュンとしてしまった自分に、二人の母は口々にそう言ってくれる。心からの言葉に、温かな人柄が伝わってきた。それに、灯希を認めてくれていることが伝わってきて、目頭が熱くなってくる。
「ありがとう……ございます」
そう返すのが精一杯の自分に、二人は微笑みを返してくれていた。
「由依、見て。この写真。凄くいい顔してるよ」
自分たちの様子を見守っていた大智は、話が途切れるとそう言ってスマホを差し出した。画面には、幸せそうな笑顔の灯希が映し出されていた。
「本当ですね。美味しいのが顔から滲み出てます」
「由依ちゃん、私にも見せて見せて」
ワクワクした顔の美礼にスマホを渡すと、見た途端に笑顔になった。
「本当だ、可愛いなぁ。大智、あとで私に送ってよ。待ち受けにしよ。癒されそ~」
「わかった」
「じゃあ、美礼。私たちにもその写真送って! 私も待ち受けにするわぁ!」
笑顔の絶えない賑やかな食卓が、とても幸せだと思った。
(ここに、お父さんとお母さんがいたら……よかったのにな)
ふと両親の顔が過ぎる。思い出すのはいつも笑顔を絶やさない二人の顔。寂しくないと言えば嘘になる。けれど、今はちゃんと前を向いて進んでいける。
ふわりと空気が温かくなったような気がした。まるで祝福してくれているみたいに。
夜の八時を過ぎた自分の家の近所は、日曜日ということもあるのかいつもより人気は少ない。邪魔にならない場所に車を停めると、大智は横を向き心配そうな顔を見せた。
「ここでよかったのかい? やっぱり家の前まで……」
「大丈夫ですよ。そこの角を曲がればすぐですし。家の前には車を停められませんから」
一番近くにあるパーキングまでは少し距離がある。彼に往復してもらうのも申し訳ない。それにベビーカーを積んであるから、なんとかなりそうだ。
「じゃあ、角を曲がるまで見届けているよ」
「はい。あ、そうだ。今日はお母さんたち、一緒に家に泊まるんですよね? 改めてお礼をお伝えいただけないですか?」
二人は弁当だけでなく、積み木まで用意してくれていた。それでたくさん遊んで貰った灯希は、すっかりみんなに懐き、帰るときには大号泣したのだった。
「伝えておくよ。母さんも言っていたけど、今度は向こうの家に遊びに行こう。由依さえよければ、だけど」
「行きたいです! 大智さんたちの小さい頃のアルバム見せてくださるって。楽しみにしてます」
彼は少し照れくさそうに笑うと「そうだね」と頷いた。
名残り惜しいが、そろそろ帰らなければとシートベルトを外し、顔を見上げる。
「二日間、ありがとうございました。凄く……楽しかったです」
「僕も。ずっと一緒にいられて幸せだった。それに、由依を抱きしめて寝られたし」
昨日の夜は、布団を二組並べて三人で眠った。それ以上のことはしていないけれど、彼のぬくもりに包まれているだけで幸せだった。
そのことを思い起こしていると、スッと腕が伸びてきて、自分の頰を指がなぞる。
「……でも。やっぱり足りないね」
見目良いその顔は、艶やかな笑みを浮かべたまま徐々に近づいてくる。ゆっくりと瞼を閉じると、唇に彼からの熱を感じた。
啄むように始まったキスは深さを増し、唇の隙間を割るように舌がなぞる。その度に体にヒリヒリとした感覚が走っていた。
「んっ、ぅんんっ……」
必死でその腕に掴む。彼に応えようとすればするほど、艶めかしい水音が車内に響き、それが耳に届くたび背中にゾクゾクとした感覚が這った。
「そんな顔をされたら……。帰したくなくなるよ」
長い長いキスのあと、ようやく離れた唇は吐息と共にそんな台詞を紡いだ。
「私も……です。でも、もうすぐ一緒に暮らせますから」
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