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七章 手繰り寄せられた運命
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叔父から伝え聞いた話だけど、と付け加え浮かない顔で彼はその続きを話す。
祖母は結婚後ほどなくして長男である父、その五年後に次男の叔父を産んだ。けれどその頃にはもう祖父は家庭を顧みることなく仕事だと言っては家に帰らない日々だったらしい。
それがきっかけなのかはわからないが、祖母は彼の父に執着するようになった。祖父に容姿が似ていたからではないか、というのは叔父の憶測だ。
そして祖父は、家ではなく外に癒しを求めるようになっていたのだという。それに気づいた祖母は、その相手に執拗に嫌がらせを続け、別れさせていたのだそうだ。
「……既婚者なのに、妻以外と交際していたのだから、褒められたものではないと思う。でも祖父は祖父で、家では得られないものを外に求めたんだと思う。美礼の母が……言っていたことがあるんだ。祖父はどこか孤独な人だったって」
遠い世界の悲しい物語のようだった。自分には、にわかに信じられない世界。でもそれが、大智の暮らしていた場所なのだ。
「ずっと、僕の家は歪んでいると思いながら生きてきた。だから、無条件に家族が欲しいと言った由依が羨ましくもあったんだと思う」
悲哀すら感じる表情で、大智はそう言った。
両親を亡くし、これ以上ないくらい悲しい思いをした。けれど、家族がいるのにどこか孤独を味わいながら生きていくのも、胸が苦しくなるほど悲しいことだと思った。
そんな由依に気づいたのか、大智はそっと由依の肩を抱き寄せた。
「そんな顔をしないで。今は……ずいぶん状況も変わったんだ。良い方に、と手放しに喜べはしないけど、それでももう、祖母に反対する力はないだろう。僕たちが結婚するのに、何の障害もないんだよ」
大智はゆったり言うと由依に微笑みかけた。
「……結婚……」
その意味がすぐに理解できず、ポカンとしてしまっていたのだろう。シュンとした大智に顔を覗き込まれた。
「やっぱり、今も結婚までは考えられない?」
二年前に自分が言った言葉を覚えていたのか、大智はそう尋ねた。
「えっ、あのっ、そうじゃなくて。家族になるのと、結婚が結びついてなくて。……すみません」
肩身の狭い思いをしながら謝ると、彼はホッとしたように息を吐いた。
「急かしたつもりじゃないんだ。でも早く由依の夫に、灯希の父親になりたくて。由依だって、心の準備がいるだろうに、ごめん」
「謝らないで下さい。そう思っていただけて嬉しいです。そう……ですね。私たち家族に、大智さんの妻に、なるんですよね」
確かめるように言ってみる。まだ現実だと思えず、フワフワとした夢の中にいるようだ。
「……そうだね」
自分の肩に回った手に力を込め、彼は微笑む。けれどまた、何か考えてから表情を曇らせた。
「できれば……近いうちに、一緒に住めたらと思うんだけど……。一つ問題があってね」
「美礼さんからもそんな話を聞いてます。詳しくは何も知りませんが」
彼は苦笑いを浮かべると、その問題を自分に話して聞かせた。
「彼女は今まで同じようなことを繰り返しているらしい。厳重注意程度で終わっているんだけど、念のために行動には注意を払っているんだ。飽きっぽい性格みたいだから、早く飽きてくれればいいんだけど……」
彼は疲れた様子で溜め息を一つ吐き続けた。
「周りにも協力してもらって、良い方法を考えるよ。こんなことで邪魔されたくないしね。それより……お願いがあるんだ」
大智は、じっと話を聞いていた由依に視線を向ける。
「灯希に……会わせてもらえないだろうか?」
祖母は結婚後ほどなくして長男である父、その五年後に次男の叔父を産んだ。けれどその頃にはもう祖父は家庭を顧みることなく仕事だと言っては家に帰らない日々だったらしい。
それがきっかけなのかはわからないが、祖母は彼の父に執着するようになった。祖父に容姿が似ていたからではないか、というのは叔父の憶測だ。
そして祖父は、家ではなく外に癒しを求めるようになっていたのだという。それに気づいた祖母は、その相手に執拗に嫌がらせを続け、別れさせていたのだそうだ。
「……既婚者なのに、妻以外と交際していたのだから、褒められたものではないと思う。でも祖父は祖父で、家では得られないものを外に求めたんだと思う。美礼の母が……言っていたことがあるんだ。祖父はどこか孤独な人だったって」
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「ずっと、僕の家は歪んでいると思いながら生きてきた。だから、無条件に家族が欲しいと言った由依が羨ましくもあったんだと思う」
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そんな由依に気づいたのか、大智はそっと由依の肩を抱き寄せた。
「そんな顔をしないで。今は……ずいぶん状況も変わったんだ。良い方に、と手放しに喜べはしないけど、それでももう、祖母に反対する力はないだろう。僕たちが結婚するのに、何の障害もないんだよ」
大智はゆったり言うと由依に微笑みかけた。
「……結婚……」
その意味がすぐに理解できず、ポカンとしてしまっていたのだろう。シュンとした大智に顔を覗き込まれた。
「やっぱり、今も結婚までは考えられない?」
二年前に自分が言った言葉を覚えていたのか、大智はそう尋ねた。
「えっ、あのっ、そうじゃなくて。家族になるのと、結婚が結びついてなくて。……すみません」
肩身の狭い思いをしながら謝ると、彼はホッとしたように息を吐いた。
「急かしたつもりじゃないんだ。でも早く由依の夫に、灯希の父親になりたくて。由依だって、心の準備がいるだろうに、ごめん」
「謝らないで下さい。そう思っていただけて嬉しいです。そう……ですね。私たち家族に、大智さんの妻に、なるんですよね」
確かめるように言ってみる。まだ現実だと思えず、フワフワとした夢の中にいるようだ。
「……そうだね」
自分の肩に回った手に力を込め、彼は微笑む。けれどまた、何か考えてから表情を曇らせた。
「できれば……近いうちに、一緒に住めたらと思うんだけど……。一つ問題があってね」
「美礼さんからもそんな話を聞いてます。詳しくは何も知りませんが」
彼は苦笑いを浮かべると、その問題を自分に話して聞かせた。
「彼女は今まで同じようなことを繰り返しているらしい。厳重注意程度で終わっているんだけど、念のために行動には注意を払っているんだ。飽きっぽい性格みたいだから、早く飽きてくれればいいんだけど……」
彼は疲れた様子で溜め息を一つ吐き続けた。
「周りにも協力してもらって、良い方法を考えるよ。こんなことで邪魔されたくないしね。それより……お願いがあるんだ」
大智は、じっと話を聞いていた由依に視線を向ける。
「灯希に……会わせてもらえないだろうか?」
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