56 / 93
六章 紡がれる糸(side大智)
6
しおりを挟む
「二度……目……?」
涙に濡れたままの瞳を開き、由依は声を漏らす。それに頷いてから口を開いた。
「隣り、座ってもいい? 話したいことがたくさんあるから」
まだ戸惑いのある表情で少しだけ考えてから、彼女はコクリと頭を動かす。立ち上がり彼女の横に移動すると、ほんのりと彼女の温もりが伝わってきた。そしてそれが、現実なのだと確かめたくなった。
「……ごめん。嫌なら、押し退けてくれていい。でも……少しだけ、許して」
そう断ってから彼女を抱き寄せる。温かな熱が、自分にいっそう強く伝わってくる。恐る恐る抱きしめた由依からは、拒絶されなかった。
「由依……」
堰を切ったように思いが溢れてきた。こうしていることが奇跡のようで、このまま時が止まってしまってもいいとさえ思ってしまう。けれど、進まなくては何も始まらない。
彼女を腕に収めたまま、ポツポツと話を始める。まだ幼なさの残る、高校の制服姿の由依の顔を思い出しながら。
「初めて由依に会ったのは、もう十二年も前のこと。今でもよく覚えているよ。通学の帰り、同じ車両に由依の気配を感じて、姿を見るだけで……幸せだった。声なんて、掛ける勇気もなかったから……」
そこまで話し終えると由依はおもむろに顔を上げる。まだしっとりと濡れたままの睫毛が、瞬きしてしているのが見えた。
「まさか……。そんな……はず……」
もしかして、心当たりがあるのだろうか。けれどもあの頃の自分は、今の姿とはずいぶん違っているはずだ。
由依は呆気に取られたようにじっとこちらを見上げ、唇を動かした。
「いつも……本を読んで、いましたよね……?」
確かめるように尋ねた言葉に「うん」と頷く。まだ呆然としたままの彼女は、また続けた。
「眼鏡……掛けてて、顔は全く見えなくて……。でも、口元が……似てるって……思ってたんです」
心が打ち震えるようだった。彼女があの頃の自分を知っていて、覚えてくれていたことに。
ゆったりと微笑みを浮かべて、彼女にまた語りかける
「見ず知らずの人に、君はいつも優しくて。微笑ましい気持ちで見てた。それからずっと、忘れることはできなかった」
彼女の瞳から、今度は静かに涙が溢れ落ちる。まだ信じられないと言いたげな表情で、じっと自分を見つめていた。
「二年前、すぐに気づいたよ。名前も知っていたし……」
「一度だけ……教科書を、拾ってくれましたよね」
「そう。名前を知れて嬉しかった。卒業後に同じ電車に乗っても会えなくて、もう二度と会うことはないと思ってた。でもまた会えて……」
そこで一呼吸置くと、背中に回していた腕を離し、感触を確かめるように髪を撫でる。
「運命ってものがあるんだって、そう思った。けれど、あとで後悔したよ。あのときこの話をしていたら……由依が去ることはなかったんじゃないかって」
由依は顔を歪め、ハラハラと涙を溢し続けた。
「ごめん……な……」
再び謝罪の言葉を紡ごうとする彼女に、首を振って答える。
「責めているわけじゃないんだ。それにそのとき思った。運命というものがあるのなら、それを信じようって。……もしまた会えたら、そのときは言おうって……」
「何、を……?」
とめどなく流れる涙をそのままに、彼女は尋ねた。
そしてその答えを、最大限の気持ちを込めて彼女に返した。
「君のことが……好きなんだ。もう、離したくないって」
涙に濡れたままの瞳を開き、由依は声を漏らす。それに頷いてから口を開いた。
「隣り、座ってもいい? 話したいことがたくさんあるから」
まだ戸惑いのある表情で少しだけ考えてから、彼女はコクリと頭を動かす。立ち上がり彼女の横に移動すると、ほんのりと彼女の温もりが伝わってきた。そしてそれが、現実なのだと確かめたくなった。
「……ごめん。嫌なら、押し退けてくれていい。でも……少しだけ、許して」
そう断ってから彼女を抱き寄せる。温かな熱が、自分にいっそう強く伝わってくる。恐る恐る抱きしめた由依からは、拒絶されなかった。
「由依……」
堰を切ったように思いが溢れてきた。こうしていることが奇跡のようで、このまま時が止まってしまってもいいとさえ思ってしまう。けれど、進まなくては何も始まらない。
彼女を腕に収めたまま、ポツポツと話を始める。まだ幼なさの残る、高校の制服姿の由依の顔を思い出しながら。
「初めて由依に会ったのは、もう十二年も前のこと。今でもよく覚えているよ。通学の帰り、同じ車両に由依の気配を感じて、姿を見るだけで……幸せだった。声なんて、掛ける勇気もなかったから……」
そこまで話し終えると由依はおもむろに顔を上げる。まだしっとりと濡れたままの睫毛が、瞬きしてしているのが見えた。
「まさか……。そんな……はず……」
もしかして、心当たりがあるのだろうか。けれどもあの頃の自分は、今の姿とはずいぶん違っているはずだ。
由依は呆気に取られたようにじっとこちらを見上げ、唇を動かした。
「いつも……本を読んで、いましたよね……?」
確かめるように尋ねた言葉に「うん」と頷く。まだ呆然としたままの彼女は、また続けた。
「眼鏡……掛けてて、顔は全く見えなくて……。でも、口元が……似てるって……思ってたんです」
心が打ち震えるようだった。彼女があの頃の自分を知っていて、覚えてくれていたことに。
ゆったりと微笑みを浮かべて、彼女にまた語りかける
「見ず知らずの人に、君はいつも優しくて。微笑ましい気持ちで見てた。それからずっと、忘れることはできなかった」
彼女の瞳から、今度は静かに涙が溢れ落ちる。まだ信じられないと言いたげな表情で、じっと自分を見つめていた。
「二年前、すぐに気づいたよ。名前も知っていたし……」
「一度だけ……教科書を、拾ってくれましたよね」
「そう。名前を知れて嬉しかった。卒業後に同じ電車に乗っても会えなくて、もう二度と会うことはないと思ってた。でもまた会えて……」
そこで一呼吸置くと、背中に回していた腕を離し、感触を確かめるように髪を撫でる。
「運命ってものがあるんだって、そう思った。けれど、あとで後悔したよ。あのときこの話をしていたら……由依が去ることはなかったんじゃないかって」
由依は顔を歪め、ハラハラと涙を溢し続けた。
「ごめん……な……」
再び謝罪の言葉を紡ごうとする彼女に、首を振って答える。
「責めているわけじゃないんだ。それにそのとき思った。運命というものがあるのなら、それを信じようって。……もしまた会えたら、そのときは言おうって……」
「何、を……?」
とめどなく流れる涙をそのままに、彼女は尋ねた。
そしてその答えを、最大限の気持ちを込めて彼女に返した。
「君のことが……好きなんだ。もう、離したくないって」
3
お気に入りに追加
125
あなたにおすすめの小説
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる