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六章 紡がれる糸(side大智)

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「二度……目……?」

 涙に濡れたままの瞳を開き、由依は声を漏らす。それに頷いてから口を開いた。

「隣り、座ってもいい? 話したいことがたくさんあるから」

 まだ戸惑いのある表情で少しだけ考えてから、彼女はコクリと頭を動かす。立ち上がり彼女の横に移動すると、ほんのりと彼女の温もりが伝わってきた。そしてそれが、現実なのだと確かめたくなった。

「……ごめん。嫌なら、押し退けてくれていい。でも……少しだけ、許して」

 そう断ってから彼女を抱き寄せる。温かな熱が、自分にいっそう強く伝わってくる。恐る恐る抱きしめた由依からは、拒絶されなかった。

「由依……」

 堰を切ったように思いが溢れてきた。こうしていることが奇跡のようで、このまま時が止まってしまってもいいとさえ思ってしまう。けれど、進まなくては何も始まらない。
 彼女を腕に収めたまま、ポツポツと話を始める。まだ幼なさの残る、高校の制服姿の由依の顔を思い出しながら。

「初めて由依に会ったのは、もう十二年も前のこと。今でもよく覚えているよ。通学の帰り、同じ車両に由依の気配を感じて、姿を見るだけで……幸せだった。声なんて、掛ける勇気もなかったから……」
 
 そこまで話し終えると由依はおもむろに顔を上げる。まだしっとりと濡れたままの睫毛が、瞬きしてしているのが見えた。

「まさか……。そんな……はず……」

 もしかして、心当たりがあるのだろうか。けれどもあの頃の自分は、今の姿とはずいぶん違っているはずだ。
 由依は呆気に取られたようにじっとこちらを見上げ、唇を動かした。

「いつも……本を読んで、いましたよね……?」

 確かめるように尋ねた言葉に「うん」と頷く。まだ呆然としたままの彼女は、また続けた。

「眼鏡……掛けてて、顔は全く見えなくて……。でも、口元が……似てるって……思ってたんです」

 心が打ち震えるようだった。彼女があの頃の自分を知っていて、覚えてくれていたことに。
 ゆったりと微笑みを浮かべて、彼女にまた語りかける

「見ず知らずの人に、君はいつも優しくて。微笑ましい気持ちで見てた。それからずっと、忘れることはできなかった」

 彼女の瞳から、今度は静かに涙が溢れ落ちる。まだ信じられないと言いたげな表情で、じっと自分を見つめていた。

「二年前、すぐに気づいたよ。名前も知っていたし……」
「一度だけ……教科書を、拾ってくれましたよね」
「そう。名前を知れて嬉しかった。卒業後に同じ電車に乗っても会えなくて、もう二度と会うことはないと思ってた。でもまた会えて……」

 そこで一呼吸置くと、背中に回していた腕を離し、感触を確かめるように髪を撫でる。

「運命ってものがあるんだって、そう思った。けれど、あとで後悔したよ。あのときこの話をしていたら……由依が去ることはなかったんじゃないかって」

 由依は顔を歪め、ハラハラと涙を溢し続けた。

「ごめん……な……」

 再び謝罪の言葉を紡ごうとする彼女に、首を振って答える。

「責めているわけじゃないんだ。それにそのとき思った。運命というものがあるのなら、それを信じようって。……もしまた会えたら、そのときは言おうって……」
「何、を……?」

 とめどなく流れる涙をそのままに、彼女は尋ねた。
 そしてその答えを、最大限の気持ちを込めて彼女に返した。

「君のことが……好きなんだ。もう、離したくないって」
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