34 / 93
四章 運命の一夜 (side大智)
2.
しおりを挟む
中学は地元の私立中高一貫校で、周りはみんな自分が峰永会の関係者だと知っている。親に言われでもしたのか変に擦り寄ろうとするもの、逆によく知りもしないのに敵意を向けてくるもの。誰にも心を開けず、友人と呼べる相手すらできなかった。
そんな話を母にもできず、そのままエスカレーター式に高校に上がるのだと諦めていた。
その心の内を話したのは美礼にだけ。美礼はその頃都内に住んでいて、頻繁に会うことはなかったが、時々電話で近況を報告し合っていた。
『じゃあ、都内の高校を受験してみたら?』
そう言われて、目から鱗が落ちたような気がした。どうしてそれを思いつかなかったのだろうかと。もしかしたら、地元でないと駄目だと思い込んでいたのは自分のほうだったのかも知れない。もちろん通学は遠くなるが、離れているほうが家にいる時間が短くて済む。
祖父には最初、難色を示されたが、都内でもトップクラスの偏差値の高校ならと認められ、より一層勉強に励んだ。
そして無事合格し、入学した高校で友人と呼べる人ができた。学校は思っていたよりずっと自由な校風で、友人たちと過ごす時間が何よりも楽しかった。やっと美礼以外に色々なことを話せる相手ができた。
通学時間は約一時間半。長いが読書をしていればあっという間だった。だが一つ、困ったことが起きた。
それは友人たちにも相談できず、高校が近くだった美礼に会ったとき、それとなく話しをした。
「電車の中で女の子に声をかけられて困る? 何それ?」
今まで寄ることもなかったハンバーガーショップのテーブルの向かいで、シェイクを飲みながら美礼は声を上げた。
「笑いごとじゃない。この前は危うく家まで押しかけて来そうな勢いだったんだから」
溜め息を吐きながら、カフェラテの入る温かいカップを持ち上げる。
「まあ……その子たちの気持ちはわからないでもないけど。いくら野暮ったい学ラン着ててもその顔じゃあねぇ」
「電車の時間を大幅に変えるのも難しいし、車両を変えたところですぐ見つかるし。どうしたらいいのか……」
読書の邪魔をされるのがとにかく憂鬱だった。名前を教えてとか、彼女はいるのかとか、くだらない質問を躱すのも。
「じゃあ、こういうのはどう?」
名案を思いついたとばかりに美礼は手を合わせていた。
そのとき美礼が言い出したことを守ると功を奏した。ただ伊達眼鏡をして前髪でできるだけ顔を隠せ。それだけのことだったのに。
「ここ、座ってください!」
高校三年生になって間もない四月下旬の午後。電車内で読書に夢中になっていると、向かいから元気な声が聞こえてきた。まだ帰宅ラッシュには早い時間。車内は混雑しているというほどでないが、座席は埋まっていて立っている人も増えていた。
なぜかその声の主が気になり、チラリと視線を上げる。向かいの座席には、お腹の大きな女性がお礼を言いながら座りかけていた。その横には、同じ沿線にある高校の制服を着た女の子が、ニコニコしながら立っている。制服の真新しさから、おそらく一年生なのだろう。初めて見かけた顔だった。
(躊躇なく席を変われるんだな……)
自分にはとても真似できないと思ってしまう。
この二年の間で席を譲ったことなど数えるほどだ。本にのめり込み過ぎて、周りに助けが必要な人がいることに気づけなかったり、気づいたとして逆にも迷惑ではないかと考えてしまいタイミングを失ってしまったり。それに気恥ずかしさもあり、あんなふうに声さえかけられない。席を譲るにしても、逃げるように席を立つだけだった。
そのときはただ、年下の女の子の行動に感心しただけで終わるはずだった。なんでもない日常の一コマの光景。けれどそれから、不思議なくらい彼女の姿を見かけるようになった。
幾度となく、誰かに席を譲る姿を目撃した。時々友人たちと数人で楽しそうにおしゃべりしていたり、教科書を真剣な表情で眺めていたり。
彼女が同じ車両に乗っているのが目に入ると、ついその姿を追ってしまう自分がいた。近くに座ってくれないだろうか、なんて思ってしまうこともあった。
それが叶ったのは、卒業するまでの一年間でたった一度だけ。彼女がすぐ隣に座ったことがあった。
彼女は座るとすぐ、鞄から数学の問題集を引っ張りだしていた。隣で知らないふりをしながら文庫本を広げていたが、本当は気になって仕方ない。話しかけてみたいと思っても、そんな勇気なんて出ない。それに、急に話しかけたところで不審がられてしまうだろう。全く進まない本の同じページを眺めながら、頭の中で悶々としていた。
彼女の膝の上をふと見ると、問題集を解いていたその手はいつのまにか止まり、握ったままのシャープペンは無秩序な線を描いていた。ウトウトとし始めた彼女の膝からバサリと問題集が落ちる。反射的にそれを拾うと、裏表紙に書いてある彼女の名前が見えた。
『瀬奈由依』
それが彼女の名前だった。
そんな話を母にもできず、そのままエスカレーター式に高校に上がるのだと諦めていた。
その心の内を話したのは美礼にだけ。美礼はその頃都内に住んでいて、頻繁に会うことはなかったが、時々電話で近況を報告し合っていた。
『じゃあ、都内の高校を受験してみたら?』
そう言われて、目から鱗が落ちたような気がした。どうしてそれを思いつかなかったのだろうかと。もしかしたら、地元でないと駄目だと思い込んでいたのは自分のほうだったのかも知れない。もちろん通学は遠くなるが、離れているほうが家にいる時間が短くて済む。
祖父には最初、難色を示されたが、都内でもトップクラスの偏差値の高校ならと認められ、より一層勉強に励んだ。
そして無事合格し、入学した高校で友人と呼べる人ができた。学校は思っていたよりずっと自由な校風で、友人たちと過ごす時間が何よりも楽しかった。やっと美礼以外に色々なことを話せる相手ができた。
通学時間は約一時間半。長いが読書をしていればあっという間だった。だが一つ、困ったことが起きた。
それは友人たちにも相談できず、高校が近くだった美礼に会ったとき、それとなく話しをした。
「電車の中で女の子に声をかけられて困る? 何それ?」
今まで寄ることもなかったハンバーガーショップのテーブルの向かいで、シェイクを飲みながら美礼は声を上げた。
「笑いごとじゃない。この前は危うく家まで押しかけて来そうな勢いだったんだから」
溜め息を吐きながら、カフェラテの入る温かいカップを持ち上げる。
「まあ……その子たちの気持ちはわからないでもないけど。いくら野暮ったい学ラン着ててもその顔じゃあねぇ」
「電車の時間を大幅に変えるのも難しいし、車両を変えたところですぐ見つかるし。どうしたらいいのか……」
読書の邪魔をされるのがとにかく憂鬱だった。名前を教えてとか、彼女はいるのかとか、くだらない質問を躱すのも。
「じゃあ、こういうのはどう?」
名案を思いついたとばかりに美礼は手を合わせていた。
そのとき美礼が言い出したことを守ると功を奏した。ただ伊達眼鏡をして前髪でできるだけ顔を隠せ。それだけのことだったのに。
「ここ、座ってください!」
高校三年生になって間もない四月下旬の午後。電車内で読書に夢中になっていると、向かいから元気な声が聞こえてきた。まだ帰宅ラッシュには早い時間。車内は混雑しているというほどでないが、座席は埋まっていて立っている人も増えていた。
なぜかその声の主が気になり、チラリと視線を上げる。向かいの座席には、お腹の大きな女性がお礼を言いながら座りかけていた。その横には、同じ沿線にある高校の制服を着た女の子が、ニコニコしながら立っている。制服の真新しさから、おそらく一年生なのだろう。初めて見かけた顔だった。
(躊躇なく席を変われるんだな……)
自分にはとても真似できないと思ってしまう。
この二年の間で席を譲ったことなど数えるほどだ。本にのめり込み過ぎて、周りに助けが必要な人がいることに気づけなかったり、気づいたとして逆にも迷惑ではないかと考えてしまいタイミングを失ってしまったり。それに気恥ずかしさもあり、あんなふうに声さえかけられない。席を譲るにしても、逃げるように席を立つだけだった。
そのときはただ、年下の女の子の行動に感心しただけで終わるはずだった。なんでもない日常の一コマの光景。けれどそれから、不思議なくらい彼女の姿を見かけるようになった。
幾度となく、誰かに席を譲る姿を目撃した。時々友人たちと数人で楽しそうにおしゃべりしていたり、教科書を真剣な表情で眺めていたり。
彼女が同じ車両に乗っているのが目に入ると、ついその姿を追ってしまう自分がいた。近くに座ってくれないだろうか、なんて思ってしまうこともあった。
それが叶ったのは、卒業するまでの一年間でたった一度だけ。彼女がすぐ隣に座ったことがあった。
彼女は座るとすぐ、鞄から数学の問題集を引っ張りだしていた。隣で知らないふりをしながら文庫本を広げていたが、本当は気になって仕方ない。話しかけてみたいと思っても、そんな勇気なんて出ない。それに、急に話しかけたところで不審がられてしまうだろう。全く進まない本の同じページを眺めながら、頭の中で悶々としていた。
彼女の膝の上をふと見ると、問題集を解いていたその手はいつのまにか止まり、握ったままのシャープペンは無秩序な線を描いていた。ウトウトとし始めた彼女の膝からバサリと問題集が落ちる。反射的にそれを拾うと、裏表紙に書いてある彼女の名前が見えた。
『瀬奈由依』
それが彼女の名前だった。
3
お気に入りに追加
135
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる