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二章 進んだ先にある夜明け

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 反対側に空きを見つけて二人で座る。すでにプールにはイルカたちが泳ぎ回っていた。

「由依はこういうショーって見たことある?」
「ずいぶん昔ですけど、別の場所では。イルカだけじゃなくて、シャチもいました」

 あれは小学校の低学年くらいだったはずだ。両親が車で連れて行ってくれた水族館は海の近くにあった。初めて目の前で見るシャチやイルカに、由依は口をポカンと開けて釘付けになっていたらしい。終わったあと放心状態だった自分を見て、両親が笑っていたのを思い出した。

「シャチまで? 凄いね。僕は初めてだ。水族館自体も、小学生のとき遠足で行ったきりだし」
「ご家族とは……行かなかったんですか?」

 ついそんな質問を投げかけてしまい、ハッとする。世の中にはさまざまな家庭があることを、保育士として働いていて知っているはずなのに。

「両親は忙しい人たちだったからね。それに周りからは、遊ぶ暇があるなら勉強していなさいと言われていたし」

 ごく当たり前のように大智は答えるが、どこか寂しそうにも見える。そういえば昨日の居酒屋で、大智は弁護士になりたくてなったわけじゃないと聞いたことを思い出した。
 由依が謝ろうと口を開くと、客席から歓声が上がる。プールに視線を向けると、イルカが高くジャンプし、水飛沫を上げてプールに戻っているところが見えた。

「イルカってあんなに高く飛べるんだ」

 大智は初めて目にする光景に、子どものように目を輝かせていた。

「もうすぐ始まるようだよ」

 司会者の女性がステージに向かっているのが見える。由依は頷くと前を向いた。

 ショーにはとにかく圧倒されていた。イルカたちのパフォーマンスは素晴らしく、成功するたび大きな歓声と拍手が巻き起こっていた。
 由依は童心に返りそれを楽しんでいた。そして大智も、由依が想像した以上に楽しんでいるようだった。まるで、子どもの頃できなかった経験を取り戻しているように。
 ショーも後半になると会場の空気より白熱したものになっていた。イルカのヒレで水をかけられて喜ぶ人を見て、由依は「わぁっ!」と声を漏らした。予想以上の激しさだったのだろう。大智は驚いた表情で由依に向くと笑っていた。
 その顔が本当に楽しそうで、大智が今、どれだけ自分に気を許しているのか伝わってくるようだった。

 大歓声が巻き起こったあと、盛大な拍手が送られ、ショーは終演を迎えた。次々に周りの客が立ち上がるなか、二人は放心したようにまだ波立つプールを見つめていた。

「こんなに声を出したのは久しぶりだな」

 前を向いたまま、大智は自分に問いかけるように呟く。由依が顔を向けると、そのまま大智は続けた。

「熱中できるような出来事は今まであまりなかった。高校生の頃だけかな。友人たちとくだらない話で盛り上がったり、体育祭で夢中になって応援したり。あの頃が一番楽しかったかも知れない」

 大智はどこか懐かしそうな表情でしみじみと語った。
 昨日の様子を思い出すだけで、あの三人とは気のおけない間柄なのはわかっていた。高校を卒業し十年ほど経っているはずだが、いまだに彼らとの思い出は色褪せることがないようだ。反面そんな長い間、それを上回る思い出がないのが不思議でもあり、切なくもなった。
 何と声を掛ければいいのか思いつかず言葉を詰まらせる。そんな由依に顔を向け、大智は困ったように薄く笑みを浮かべた。

「そろそろ行こうか。まだまだ見るところはたくさんあるようだし」

 先に立ち上がり、座ったままの由依に手を差し出す。由依はゆっくりと顔を上げ思いを巡らせていた。
 きっと大智には、人に触れられたくない何かがあるのだろう。それはきっと身近な人……家族、なのかも知れない。

(血が繋がっていても、諍いは起こる……)

 昨日の夜、大智が口にした言葉が思い浮かぶ。そのときはてっきり、職業柄そういう人を見てきたからなのだと思っていた。けれどさっきからポツポツと語る、自分自身についての事柄は、どこか孤独を感じるようなものだった。

(だから……なのかな……)

 今まで向けられてきた同情とは何か違う。大抵の人は、自分自身は不幸ではなくて、どこか優位に立ちながら由依を憐れんでいた。でも大智は、どこかに同じ寂しさを抱えている。だからこそ、自分にここまでのことをしてくれているのだ。
 由依はようやく、ずっと感じていた違和感の答えを見つけた気がしていた。

「……ですね。まだまだ楽しみましょう」

 ほんの束の間でいい。その寂しさを埋められるなら。この先の人生の、なんの慰めにもならないけれど。
 由依はそう思いながら、笑顔を作るとその手を取った。
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