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試験編
第七十九話 逸材
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「ちょっと待ってくださいよ、ヴァネッサさん! 私、空手の強さでここに呼ばれたんですよね? なのに何で?」
てっきり空手の腕を買われて、ここに召集されたのだと思い込んでいた茜音は、なぜ銃への転向を言い渡されなければならないのか、わからずにいた。ヴァネッサはなぜ茜音をこの組織にスカウトしたのか、本当の理由を説明する。
「茜音、お前はなぜ空手のチャンピオンになれたと思う?」
その質問に茜音は戸惑う。なぜ、チャンピオンになれたのか? そんなこと深く考えたことがないからだ。
「そ、それは……空手が強い……から?」
「そうか……でも、そうじゃない。お前の空手の技術はチャンピオンになれるほど、高くはない」
「え?」
「いいか、お前の空手は基本は完璧だが、チャンピオンになれるほどの秀でた武器は持ち合わせていない。ならば、なぜお前がチャンピオンになれたのか、それには2つの要因がある」
茜音は黙ってヴァネッサの話を聞く。
「まず1つは分析力だ。これには心当たりがあるだろう?」
そう言われ、思い当たる節があるのか、茜音は口を開く。
「た、確かに、対戦する相手の情報はしっかりと頭に叩きつけてから、試合に臨んでいましたけど、それって、普通なんじゃ……」
「普通……か。なら、お前は普段どんな情報を頭に叩きつけて、試合に臨んでいた?」
「どんな……って、えーっと」
茜音は考えを頭の中で巡らせた。しばらくすると、再び口を開くのだが、
「まず、相手の身長、体重、利き手、利き足、初動の癖、技のレパートリー、技の頻度、息遣い、目線の配り方、どんな状況で仕掛けてくるのか、どういう状況で、どういう技を使用するのか、どんな性格をしているのか、時間が無くなってきたら、どんな行動に移すのか、持ち技は何か、技を繰り出すタイミング、そしてその癖、後―――」
そう言って、茜音はまだ続ける。ヴァネッサはその異常さを再確認すると、苦笑いを示し、手を一回叩いた。
「そこまでだ。お前はこれを普通と言ったが、実際にそこまで調べるやつはいないし、調べることはできない。なんなら初動の癖など見つけようと思って、見つけれるものではない」
「……そうなんですか?」
「そうだ。これほどの分析力を有している者など、そうはいない」
「は、はあ」
茜音は自身の考え方が普通だと思っていたのか、いまだに信じられないような顔をしていた。ヴァネッサは説明するのは時間がかかると思ったのか、次の説明へと移る。
「では、2つ目の要因について説明していく。2つ目の要因は目だ」
「目?」
そのざっくりした要因に茜音の頭には再びハテナが浮かび上がる。
「そう、お前は目が良い。動体視力も人よりもはるかに良い。だが、一番は瞬間視だ」
「瞬間視……ですか」
「知っているか?」
「え、ええ。一応は」
「瞬間視、見た情報を一瞬で掌握する能力のことだ。まあ、これは目というよりも脳の能力と言ったほうがいいかもしれんが。お前は、持ち前の分析力と、この瞬間視によって、相手の動きを常に先読みしている。だから、並みの技術しか持ち合わせていないお前でも、世界チャンピオンになることができたんだ。どうだ、この説明に少し納得しているんじゃないか?」
確かに、茜音はこの説明に思い当たる節があった。無意識に相手の動きを読む癖があったし、次にどんな動きをするのか瞬間的にわかることが多々あった。でも、それは相手の試合を何度も見ていたからだと思っていた。それが、自身の隠された能力だとは思いもしなかったのだ。
「私にそんな能力が……でも、何で銃なんですか? 確かに、毎年家族旅行でハワイに行くとき、趣味で射撃場へ行きますが、本当にそれぐらいですし」
未だに銃への転向に納得していない茜音は食い下がるが、ヴァネッサはその理由についてもしっかりと説明をする。
「その2つの能力を存分に生かすには前衛よりも後衛の方が向いているからだ。より相手を観察出来て、仲間の状況もわかる後衛のほうがお前の能力は生きる。それに、お前は趣味だと言っていたが、それにしては筋が良い。これなら少し指導すれば、十分に戦闘に参加できる」
「そうですか」
この説明を聞いても、いまだに茜音は決めあぐねていた。それもそうだ。趣味程度でやっていた射撃よりも今まで本気でやってきた空手のほうが自信があるからだ。だが、そんな茜音にヴァネッサは現実を突きつける。
「銃への転向が嫌なら、今から焔たちがいる別の第三試験会場へ行ってもいい」
「本当ですか!?」
「ただ、その時はこの組織を諦める覚悟で行け」
「え? それって?」
「……悪いが、お前程度の実力ならば、ここに集められたやつらに勝てる見込みはゼロだ。例え、この短時間でどれだけ分析しようが、瞬間視が優れていようともだ。近接戦闘においてのレベルの差は歴然だ」
その事実を突きつけられた茜音は押し黙ったままだった。どんな表情だったかはわからない。だが、まだヴァネッサの話には続きがあった。
「だが、もしお前が銃へ転向すれば、おそらくここにいるどの受験者よりも強くなることが出来るし、最も人々を救える可能性を秘めた人材になり得る」
茜音はその言葉を聞き、一瞬ピクリとする。一つ目の強くなることが出来るということよりも、二つ目の最も人々を助けることが出来るということに茜音の心を動かされた。その言葉聞いた時、自身がなぜ空手を始めたのか思い出した。
(そうだ。私が空手を始めたのは強くなるためじゃない……だったら)
「ま、努力次第ではあるが……」
「やります! ヴァネッサさん、銃への転向で、たくさんの人を救えることにつながるのなら、私銃へ転向します!」
「……よし。良い目だ」
そう呟くと、ヴァネッサは微笑んだ。
「では、銃専用の第三試験を始める。どこでもいい、取り敢えずゴーグルと銃が置いてある台の横まで移動しろ」
茜音は指示通り移動する。そして、台の上に置かれているものに妙な既視感を覚えたが、そんなもの考える余裕はなかった。
「では、そのゴーグルを装着しろ」
「あ、はい!」
茜音はゴーグルを装着する。ゴーグルにはヘッドホンのようなものもついており、目と耳が覆われた。装着すると、起動音のようなものが聞こえた。
ピコン
「装着を確認しました。プログラム、森林モード起動します」
AIの声が耳元で響く。すると、見る見るうちに何もない空間に木々が生い茂り、まるで森の中にいるような空間になった。
「え!? すご!!」
感嘆の声を上げる茜音にヴァネッサは後ろから再び指示を出す。
「では、銃を手に取れ。それはここの練習用だから、別に弾が入っているわけではない。反動もない」
茜音は言われた通り、銃を手に取る。その銃は拳銃のような形状をしていたが、どこか近未来っぽいアニメとかに出てきそうな雰囲気を纏っていた。
「では、前を向け。弾は無限だ。連射速度はお前が射撃場へ行っていたとき使っていたものとほぼ同じだ。2分間時間をやる。その間に感覚を取り戻せ」
「は、はい!!」
茜音は銃を両手で構えた。前方には森林が広がっていたが、前方10mほどは何も木が生えていない空間が広がっていた。茜音は引き金を引く。その感覚は射撃場でいつも撃っていたものと同じであったが、反動が何もない分、少し変な気分だった。それから2分間、茜音はできる限りの感覚を取り戻した。
「では、2分が経った。これより、試験の概要を説明する。試験内容はこれより出てくる敵を撃破すること。距離は10m。敵は地上、空中に現れる。敵と言っても、動物だがな。地上にいる動物は徐々に近づいてくる。空中に現れる動物、つまりは鳥だが、そいつらは画面を横切っていく。近づかれれば、もちろん攻撃されるが、そこで終わりではない。スコアが減るだけだ。だが、総督も言っていた通り、結果が全てではないということは覚えておけ」
「はい!!」
「では、最後に私からのアドバイスだ……視界にとらえた瞬間に迷わず撃て」
「……はい!」
茜音は強く返事をすると、銃口を前方に構えた。
「これより第三試験を始める。カウント3!」
「2!」
「1!」
「スタート!!」
その言葉通り、茜音の見ている画面上にもスタートという文字が表示された。
少しの静寂の後、森の奥から近づいてくる影を見つけると、茜音は迷わず銃弾を脳天めがけて撃ち込んだ。
パン!!
―――「終了です。お疲れさまでした、茜音さん。もう外してもらって大丈夫ですよ」
茜音はゴーグルを外すと、その場で倒れ込んだ。
「ああ、これ絶対ダメじゃないですか……」
そんな茜音に苦笑いをしながら、ヴァネッサは近づく。
「なぜそう思うんだ? 初心者にしては上出来だと私は思うが」
そう言って、ヴァネッサは茜音に手を差し伸べる。茜音は手を取りながら、
「確かに、最初はよかったですよ。出てくる敵も少なかったし、熊とか的が大きめの動物でしたし……でも途中からものすごく敵の量は多くなるし、イノシシとか鹿とかウサギとか的小さくなるし、鳥の飛ぶ速さも量もとんでもないことになってくるし……評価もCでしたし……やっぱりいきなり銃への転向とかは無理だったんじゃ」
「最後に言っただろ。結果が全てではないと」
そう言い、ヴァネッサは今にも泣きそうになっている茜音の頭を優しくなでる。茜音は何とか堪えると、ヴァネッサから部屋に戻るか、もう一つの第三試験をしている会場へ向かうか聞かれ、第三試験会場へと向かうと言い、しばらく休んでから第三試験会場へと転送された。
誰もいなくなった射撃場でヴァネッサは一人残った。しばらくすると、突然茜音が使っていた射撃場を見て笑みを浮かべた。
(野田茜音。終盤では命中率は確かに下がった。だが、そのほとんどは多少の誤差はあるものの、敵が通過する軌道上の先を撃っていた。それに、とんでもない量の敵が次から次へと出てきたのにも関わらず、撃破する順番はほぼ理想的。一瞬で状況を掌握する瞬間視、広範囲に展開していた敵の位置を把握できる周辺視力、その全てに対応できるほどの情報処理能力……それにこのプログラムは私用に調整してある。隊員であっても、評価はD、できるやつでもCが関の山。それをこの段階で……」
ヴァネッサはゴーグルに目を移した。
(以前、茜音が宿泊していたホテルにこれの簡易版を置いて、能力を確かめたが……まさかここまでついてくることが出来るとはな……フフ、これはとんでもない逸材を見つけてしまったかもな)
ヴァネッサは茜音の潜在能力の高さに驚きながらも、これからのどんな風に成長するのかと胸を躍らせていた。
―――茜音は無事焔たちがいる第三試験会場へと転送された。そして、目の前にはサイモン、リンリン、コーネリアがいた。
「茜音ちゃーん!! どこにいってたんだ? 心配したんだぞ!」
いち早く茜音の存在に気づいたサイモンは茜音に近寄る。
「あー、ちょっと銃の試験を受けてて」
「銃? 茜音ちゃんって、空手じゃなかったネ?」
「ま、まあ話せばちょっと長くなるから、また今度……それより焔は?」
茜音はそこに焔がいないことに気づく。すると、コーネリアが試合会場を見たまま、茜音の疑問に答える。
「今から焔の1回目の対戦が始まるわよ」
「え?」
茜音も試合会場へと目線を下げる。すると、そこには確かに焔の姿があった。だが、その対戦相手はいかにも強そうな男だった。
「焔……」
茜音は心配そうにそう呟いた。
「おかえり、ヴァネッサ」
「ああ」
シンは帰ってきたヴァネッサを目視することなく、声をかける。
「どうだった、ヴァネッサ?」
「フッ、中々おもしろいものを見ることが出来たよ」
そう答えるヴァネッサにペトラは笑顔を見せる。ヴァネッサは気持ちを切り替えると、試合会場へと視線を移す。
「間に合って良かったね。今からまた面白いものを見ることが出来るよ」
「……そうみたいだな」
シンとヴァネッサは短く、会話を切り止めると、今から起こる面白いことに意識を集中させる。その中で、ひときわ熱い視線を送っていたのは……体術教官のレオであった。
試合会場では、総督から説明を受け終わったところで、対戦者同士はしばらくの間にらみ合っていた。焔の対戦者は今、世界でも注目を集めているボクサーだった。階級はミドル級で、焔より一回りも大きかった。
(こいつが俺の対戦者か……ジャパニーズのチビじゃねえか。これじゃあ、俺の良いところを見せれずに終わっちまいそうだな)
焔の対戦者、ビリー・ロングは大きくあくびをした。
その態度の悪さにリンリン、サイモンは顔を歪める。だが、焔はいたって冷静だった。
そうだよな。俺みたいなチビ、相手にならないと思うよな。俺だって前は思ってたさ。お前みたいな世界が注目しているようなやつに自分なんて敵うはずもないと……だが、もうそんなことは考えない。そうやって、油断していろ。それがお前の命取りになる。だが、それにしても……
焔は未だに緊張感のないビリーにキレ気味の笑みを浮かべる。
腹立つな、こいつ!! 絶対に負けたくねえ!! 完膚なきまでに叩きのめしてやる!!
その態度が焔の心により一層火をつけるのだった。そんな焔の様子を察した総督はニヤッと笑うと、手を前に出す。
「それでは、第三試験6回戦目……スタート!!」
総督の手が上がり、戦いの火蓋は切って落とされた。
てっきり空手の腕を買われて、ここに召集されたのだと思い込んでいた茜音は、なぜ銃への転向を言い渡されなければならないのか、わからずにいた。ヴァネッサはなぜ茜音をこの組織にスカウトしたのか、本当の理由を説明する。
「茜音、お前はなぜ空手のチャンピオンになれたと思う?」
その質問に茜音は戸惑う。なぜ、チャンピオンになれたのか? そんなこと深く考えたことがないからだ。
「そ、それは……空手が強い……から?」
「そうか……でも、そうじゃない。お前の空手の技術はチャンピオンになれるほど、高くはない」
「え?」
「いいか、お前の空手は基本は完璧だが、チャンピオンになれるほどの秀でた武器は持ち合わせていない。ならば、なぜお前がチャンピオンになれたのか、それには2つの要因がある」
茜音は黙ってヴァネッサの話を聞く。
「まず1つは分析力だ。これには心当たりがあるだろう?」
そう言われ、思い当たる節があるのか、茜音は口を開く。
「た、確かに、対戦する相手の情報はしっかりと頭に叩きつけてから、試合に臨んでいましたけど、それって、普通なんじゃ……」
「普通……か。なら、お前は普段どんな情報を頭に叩きつけて、試合に臨んでいた?」
「どんな……って、えーっと」
茜音は考えを頭の中で巡らせた。しばらくすると、再び口を開くのだが、
「まず、相手の身長、体重、利き手、利き足、初動の癖、技のレパートリー、技の頻度、息遣い、目線の配り方、どんな状況で仕掛けてくるのか、どういう状況で、どういう技を使用するのか、どんな性格をしているのか、時間が無くなってきたら、どんな行動に移すのか、持ち技は何か、技を繰り出すタイミング、そしてその癖、後―――」
そう言って、茜音はまだ続ける。ヴァネッサはその異常さを再確認すると、苦笑いを示し、手を一回叩いた。
「そこまでだ。お前はこれを普通と言ったが、実際にそこまで調べるやつはいないし、調べることはできない。なんなら初動の癖など見つけようと思って、見つけれるものではない」
「……そうなんですか?」
「そうだ。これほどの分析力を有している者など、そうはいない」
「は、はあ」
茜音は自身の考え方が普通だと思っていたのか、いまだに信じられないような顔をしていた。ヴァネッサは説明するのは時間がかかると思ったのか、次の説明へと移る。
「では、2つ目の要因について説明していく。2つ目の要因は目だ」
「目?」
そのざっくりした要因に茜音の頭には再びハテナが浮かび上がる。
「そう、お前は目が良い。動体視力も人よりもはるかに良い。だが、一番は瞬間視だ」
「瞬間視……ですか」
「知っているか?」
「え、ええ。一応は」
「瞬間視、見た情報を一瞬で掌握する能力のことだ。まあ、これは目というよりも脳の能力と言ったほうがいいかもしれんが。お前は、持ち前の分析力と、この瞬間視によって、相手の動きを常に先読みしている。だから、並みの技術しか持ち合わせていないお前でも、世界チャンピオンになることができたんだ。どうだ、この説明に少し納得しているんじゃないか?」
確かに、茜音はこの説明に思い当たる節があった。無意識に相手の動きを読む癖があったし、次にどんな動きをするのか瞬間的にわかることが多々あった。でも、それは相手の試合を何度も見ていたからだと思っていた。それが、自身の隠された能力だとは思いもしなかったのだ。
「私にそんな能力が……でも、何で銃なんですか? 確かに、毎年家族旅行でハワイに行くとき、趣味で射撃場へ行きますが、本当にそれぐらいですし」
未だに銃への転向に納得していない茜音は食い下がるが、ヴァネッサはその理由についてもしっかりと説明をする。
「その2つの能力を存分に生かすには前衛よりも後衛の方が向いているからだ。より相手を観察出来て、仲間の状況もわかる後衛のほうがお前の能力は生きる。それに、お前は趣味だと言っていたが、それにしては筋が良い。これなら少し指導すれば、十分に戦闘に参加できる」
「そうですか」
この説明を聞いても、いまだに茜音は決めあぐねていた。それもそうだ。趣味程度でやっていた射撃よりも今まで本気でやってきた空手のほうが自信があるからだ。だが、そんな茜音にヴァネッサは現実を突きつける。
「銃への転向が嫌なら、今から焔たちがいる別の第三試験会場へ行ってもいい」
「本当ですか!?」
「ただ、その時はこの組織を諦める覚悟で行け」
「え? それって?」
「……悪いが、お前程度の実力ならば、ここに集められたやつらに勝てる見込みはゼロだ。例え、この短時間でどれだけ分析しようが、瞬間視が優れていようともだ。近接戦闘においてのレベルの差は歴然だ」
その事実を突きつけられた茜音は押し黙ったままだった。どんな表情だったかはわからない。だが、まだヴァネッサの話には続きがあった。
「だが、もしお前が銃へ転向すれば、おそらくここにいるどの受験者よりも強くなることが出来るし、最も人々を救える可能性を秘めた人材になり得る」
茜音はその言葉を聞き、一瞬ピクリとする。一つ目の強くなることが出来るということよりも、二つ目の最も人々を助けることが出来るということに茜音の心を動かされた。その言葉聞いた時、自身がなぜ空手を始めたのか思い出した。
(そうだ。私が空手を始めたのは強くなるためじゃない……だったら)
「ま、努力次第ではあるが……」
「やります! ヴァネッサさん、銃への転向で、たくさんの人を救えることにつながるのなら、私銃へ転向します!」
「……よし。良い目だ」
そう呟くと、ヴァネッサは微笑んだ。
「では、銃専用の第三試験を始める。どこでもいい、取り敢えずゴーグルと銃が置いてある台の横まで移動しろ」
茜音は指示通り移動する。そして、台の上に置かれているものに妙な既視感を覚えたが、そんなもの考える余裕はなかった。
「では、そのゴーグルを装着しろ」
「あ、はい!」
茜音はゴーグルを装着する。ゴーグルにはヘッドホンのようなものもついており、目と耳が覆われた。装着すると、起動音のようなものが聞こえた。
ピコン
「装着を確認しました。プログラム、森林モード起動します」
AIの声が耳元で響く。すると、見る見るうちに何もない空間に木々が生い茂り、まるで森の中にいるような空間になった。
「え!? すご!!」
感嘆の声を上げる茜音にヴァネッサは後ろから再び指示を出す。
「では、銃を手に取れ。それはここの練習用だから、別に弾が入っているわけではない。反動もない」
茜音は言われた通り、銃を手に取る。その銃は拳銃のような形状をしていたが、どこか近未来っぽいアニメとかに出てきそうな雰囲気を纏っていた。
「では、前を向け。弾は無限だ。連射速度はお前が射撃場へ行っていたとき使っていたものとほぼ同じだ。2分間時間をやる。その間に感覚を取り戻せ」
「は、はい!!」
茜音は銃を両手で構えた。前方には森林が広がっていたが、前方10mほどは何も木が生えていない空間が広がっていた。茜音は引き金を引く。その感覚は射撃場でいつも撃っていたものと同じであったが、反動が何もない分、少し変な気分だった。それから2分間、茜音はできる限りの感覚を取り戻した。
「では、2分が経った。これより、試験の概要を説明する。試験内容はこれより出てくる敵を撃破すること。距離は10m。敵は地上、空中に現れる。敵と言っても、動物だがな。地上にいる動物は徐々に近づいてくる。空中に現れる動物、つまりは鳥だが、そいつらは画面を横切っていく。近づかれれば、もちろん攻撃されるが、そこで終わりではない。スコアが減るだけだ。だが、総督も言っていた通り、結果が全てではないということは覚えておけ」
「はい!!」
「では、最後に私からのアドバイスだ……視界にとらえた瞬間に迷わず撃て」
「……はい!」
茜音は強く返事をすると、銃口を前方に構えた。
「これより第三試験を始める。カウント3!」
「2!」
「1!」
「スタート!!」
その言葉通り、茜音の見ている画面上にもスタートという文字が表示された。
少しの静寂の後、森の奥から近づいてくる影を見つけると、茜音は迷わず銃弾を脳天めがけて撃ち込んだ。
パン!!
―――「終了です。お疲れさまでした、茜音さん。もう外してもらって大丈夫ですよ」
茜音はゴーグルを外すと、その場で倒れ込んだ。
「ああ、これ絶対ダメじゃないですか……」
そんな茜音に苦笑いをしながら、ヴァネッサは近づく。
「なぜそう思うんだ? 初心者にしては上出来だと私は思うが」
そう言って、ヴァネッサは茜音に手を差し伸べる。茜音は手を取りながら、
「確かに、最初はよかったですよ。出てくる敵も少なかったし、熊とか的が大きめの動物でしたし……でも途中からものすごく敵の量は多くなるし、イノシシとか鹿とかウサギとか的小さくなるし、鳥の飛ぶ速さも量もとんでもないことになってくるし……評価もCでしたし……やっぱりいきなり銃への転向とかは無理だったんじゃ」
「最後に言っただろ。結果が全てではないと」
そう言い、ヴァネッサは今にも泣きそうになっている茜音の頭を優しくなでる。茜音は何とか堪えると、ヴァネッサから部屋に戻るか、もう一つの第三試験をしている会場へ向かうか聞かれ、第三試験会場へと向かうと言い、しばらく休んでから第三試験会場へと転送された。
誰もいなくなった射撃場でヴァネッサは一人残った。しばらくすると、突然茜音が使っていた射撃場を見て笑みを浮かべた。
(野田茜音。終盤では命中率は確かに下がった。だが、そのほとんどは多少の誤差はあるものの、敵が通過する軌道上の先を撃っていた。それに、とんでもない量の敵が次から次へと出てきたのにも関わらず、撃破する順番はほぼ理想的。一瞬で状況を掌握する瞬間視、広範囲に展開していた敵の位置を把握できる周辺視力、その全てに対応できるほどの情報処理能力……それにこのプログラムは私用に調整してある。隊員であっても、評価はD、できるやつでもCが関の山。それをこの段階で……」
ヴァネッサはゴーグルに目を移した。
(以前、茜音が宿泊していたホテルにこれの簡易版を置いて、能力を確かめたが……まさかここまでついてくることが出来るとはな……フフ、これはとんでもない逸材を見つけてしまったかもな)
ヴァネッサは茜音の潜在能力の高さに驚きながらも、これからのどんな風に成長するのかと胸を躍らせていた。
―――茜音は無事焔たちがいる第三試験会場へと転送された。そして、目の前にはサイモン、リンリン、コーネリアがいた。
「茜音ちゃーん!! どこにいってたんだ? 心配したんだぞ!」
いち早く茜音の存在に気づいたサイモンは茜音に近寄る。
「あー、ちょっと銃の試験を受けてて」
「銃? 茜音ちゃんって、空手じゃなかったネ?」
「ま、まあ話せばちょっと長くなるから、また今度……それより焔は?」
茜音はそこに焔がいないことに気づく。すると、コーネリアが試合会場を見たまま、茜音の疑問に答える。
「今から焔の1回目の対戦が始まるわよ」
「え?」
茜音も試合会場へと目線を下げる。すると、そこには確かに焔の姿があった。だが、その対戦相手はいかにも強そうな男だった。
「焔……」
茜音は心配そうにそう呟いた。
「おかえり、ヴァネッサ」
「ああ」
シンは帰ってきたヴァネッサを目視することなく、声をかける。
「どうだった、ヴァネッサ?」
「フッ、中々おもしろいものを見ることが出来たよ」
そう答えるヴァネッサにペトラは笑顔を見せる。ヴァネッサは気持ちを切り替えると、試合会場へと視線を移す。
「間に合って良かったね。今からまた面白いものを見ることが出来るよ」
「……そうみたいだな」
シンとヴァネッサは短く、会話を切り止めると、今から起こる面白いことに意識を集中させる。その中で、ひときわ熱い視線を送っていたのは……体術教官のレオであった。
試合会場では、総督から説明を受け終わったところで、対戦者同士はしばらくの間にらみ合っていた。焔の対戦者は今、世界でも注目を集めているボクサーだった。階級はミドル級で、焔より一回りも大きかった。
(こいつが俺の対戦者か……ジャパニーズのチビじゃねえか。これじゃあ、俺の良いところを見せれずに終わっちまいそうだな)
焔の対戦者、ビリー・ロングは大きくあくびをした。
その態度の悪さにリンリン、サイモンは顔を歪める。だが、焔はいたって冷静だった。
そうだよな。俺みたいなチビ、相手にならないと思うよな。俺だって前は思ってたさ。お前みたいな世界が注目しているようなやつに自分なんて敵うはずもないと……だが、もうそんなことは考えない。そうやって、油断していろ。それがお前の命取りになる。だが、それにしても……
焔は未だに緊張感のないビリーにキレ気味の笑みを浮かべる。
腹立つな、こいつ!! 絶対に負けたくねえ!! 完膚なきまでに叩きのめしてやる!!
その態度が焔の心により一層火をつけるのだった。そんな焔の様子を察した総督はニヤッと笑うと、手を前に出す。
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