ボッチ時空を越えて

東城

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郵便受け

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 買い出しから戻って、エントランスの郵便受けからチラシを取り出す。

 エロVHSビデオのピンクチラシがワラワラ入っていた。昭和ってこんなものポンポン郵便受けに入れてく奴がいるのかよ。ここのマンション、子供のいる世帯もいるんだぞ。

 四角に畳まれた紙がチラシに混ざっていた。書道で使う半紙 ── なんでこんなものが郵便受けに入ってるんだろう。
 半紙を広げてみると、「死ね」と赤い墨汁で大きく書き殴ってあった。誰かに恨み買った覚えないんだけど。悪質ないたずらだと判断してゴミ箱に捨てた。

 翌日も、死ねと書かれた半紙が郵便受けに入っていた。気持ち悪いな。知り合いといえば、パワー君、将太お兄さん、泉ちゃんとゲイバー関係の人たちで狭い世界に住んでいる。

 バーに来るお客さんは、OLとかグループ観光で来るお客さんが多いし、マリオママもキャストもいい人だし。
 怨恨の対象が僕じゃないとするとパワー君を恨んでいる人が入れたのかな。

 リビングに行くと、パワー君と泉ちゃんはゲームに没頭していた。

 「殺人予告通知みたいのがポストに入ってたよ」
 「マジ?」二人声を合わせてハモって聞いてきた。
 「見せろ」泉ちゃんが手を伸ばしてきたので渡す。
 「もしかして、下の階の人かも。先週、どんちゃん騒ぎしてうるさかったのかも」
 「騒いだぐらいで、こんな陰湿なことするか?」
 赤い墨汁で死ねって書かれた半紙を片手でヒラヒラしながら泉ちゃんは眉をひそめる。
 
 下の階にどんな人が住んでるか知っておいたほうがいいだろう。嫌がらせ行為は隣の人だろうか? 角部屋だし、隣に入居者いないってパワー君は言ってた。

 お詫びの菓子折りを持って真下四階のドアをノックする。
 「先週、飲み会で騒いですみません」
 赤ん坊を抱いたぽっちゃりした女の人が出てきた。
 「あら、そうなの? 昨日まで実家に帰ってたから知らなかったわ」いかにも新米お母さんといった穏やかな口調。
 「あっ、これつまらないものですが。最近、引っ越してきた佐藤と言います」

 ***

 あくる日もまた、あの半紙が入っていた。今度は『殺す』って書いてある。
 「また殺害予告だよ」
 「なんで、俺が殺されないといかんの?」パワー君は胡座かいて、はあって顔してる。
 「怖くないの? 警察に届けたほうがいいよ」
 「面倒くさいから放ってこうぜ。ただのいたずらだよ」紙をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱に捨てようとする。

 「証拠にとっておかないと」
 「警察に届けたところでどうなるの? お巡りが二十四時間警備してくれんの?」
 「僕がパワー君の警備するよ」
 「だから、ただのいたずらだって。アホらし」全然気にしてない。 

 バンドの練習があるからと革ジャン着ると出かけてしまった。肝っ玉が座ってるというか、変なところで男っぽいんだよな。 

 僕に居場所を提供してくれて温もりをくれたパワー君、次は僕が君を守るよ。


***
 管理会社に電話して、監視カメラを調べてくれと頼んでみた。

「エントランスに監視カメラなんて設置してないよ」そっけない返事。

 管理がゆるすぎるよ。すごく平和な時代で犯罪率も高くないからだろうな。令和なら監視カメラを郵便受けに設置して、誰か突き詰められるのに。

 夕飯の食材を買ってスーパーから戻ってくると、玄関のドアの前に男の子が座っていた。
 ブレザーの制服を着た高校生、俊雄君だ。
 「あれっ、佐藤さん?」
 ライブの時と随分印象が違う。こないだは、嬉しそうにニコニコしていて可愛い男の子だったのに、今日はガラッと雰囲気が変わって陰キャだった。

 「どうしたの?」
 「ここ、力さんの住んでるマンションですよね」
 「そ、そうなの?」居候してるなんて言えなくて、すっとぼけた。
 「どうして佐藤さんがここに? もしかして追っかけしてるとか?」
 「俊雄君こそどうしてここに?」
 「推し活ですよ」

  家まで押しかけるのは推し活って言わないよ。

 「なんで住所分かったの?」
 「カムデンの自主出版レコード買ったら電話番号が書いてあって。電話番号から住所調べたらここだったから」
 「えっ」
 「出直してきます」俊雄は、ふてくされて足早で去っていった。
 
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