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高橋 (ペンネーム 有栖川寿葉)

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私が朝日とはじめて話したのは放課後の図書館でした。


私は5時間目の現国の授業が終わると、すぐに図書館に出向きました。
連休中に読む本を借りるのです。4月の連休の前の図書館は賑わっていました。


真っ先に向かったのは文学コーナー。

本の香りをかぐだけでくらくらしてきました。文学は私の愛。そして憧れ。

連休中は、三島の作品を。純文学の巨匠であります。

「仮面の告白」と「金閣寺」を本棚から取りました。

文学コーナーに誰かがやってきたのです。

同じクラスの男子でした。
鬼神のようなヤンキーとつるんでいる朝日とかいう美少年でありました。

男のくせに肩まで髪伸ばして、たまに関西のことばで話す、クラスで浮いてる奴でした。

ヤンキーなのに本など読むのでしょうか。

朝日が手に取った本は梶井基次郎の「檸檬」。
ハードカバーの表紙には、黄色い檸檬の絵。

それってコアな純文学ではありませんか!!
コアすぎます。

私は、失礼と思いつつも、朝日に問いたのでした。

「なにゆえ梶井基次郎などの作品に興味を持たれたのでしょうか?」

朝日は、恥ずかしそう微笑んで、こう答えたのです。
「僕、京都出身で、梶井基次郎の作品読むと故郷のことを思い出すから」
朝日の微笑みは私のささくれた心を魔法のように癒したのであります。

穢れのないイノセントな笑顔。

京都、ああ、京都、花の都京都の出身でありましたか、この美少年は。

朝日は、はかなげな美しい、牛若丸のような少年なのです。

なにゆえ、弁慶のようなヤンキーと行動を供にしておられる?

その日は朝日と純文学について語ったのであります。

ドグラマグラ、人間失格、斜陽、銀河鉄道の夜、少女地獄、語りだすともう私は止まりません。
大正レトロ、そして終戦直後のデカダンな昭和の時代、ああなんとうつくしき文学の世界。
私は今、このアリスのような少年と話しているのです。
さあ、二人で手を取って、文学の世界に旅立ちましょう。

朝日は、読書好きな、心細やかな、文学少年でした。

人は見かけによらないと、つよく私は感じました。

*--------------------------*

オレンジの夕暮れの中、私は帰路を急ぎました。
本を持って、家に戻ります。
私の住む薄暗い家はお線香の匂いが染みついています。

仏壇の前に座り、手を合わせます。
「お母さん、お父さん」と。

両親は私が10歳の時に天に召された。
練炭自殺。
事業がつぶれ、莫大な借金を背負った末の心中でした。


その時、私は、夏休みでおばあちゃんの家にいました。

それから川崎のこの小さな一軒家でおばあちゃんと暮らしているのです。
おばあちゃんは、もう高齢で、皴くれた鶏のように、生気がありません。
もう長いことはないでしょう。
買い物は私がします。 駅前まであるく体力もこの老人に残されていないのです。

それまでは、裕福な生活をし、愛されて、満たされていた子供時代でした。
私の幸せな日々は両親の死によって終了したのでした。
お母さん、お父さん、なぜ私を連れて行ってくれなかったのですか?

とても寂しいです。

本の世界、文学の世界が私の唯一生きていける世界です。
本の扉を開けると、そこは違う世界。

寂しく無色の現実は違い、本の世界は色とりどりに彩られ、私は主人公になりきれるのです。文学に依存していることは自分でも十分に承知です。

そうでもしないと、私は生きていけないのです。

文学は私にとって甘い阿片と同じなのです。

さびしい私の心を満たすにはなにか依存するものがいるのです。

今まで何百冊の文学を読んだでしょうか。

学校に行き、放課後図書館に行きます。
本を返却し、また別の本を借りるのです。
その毎日の繰り返し。

今日は、気分をかえて、現代文学も読みましょう。

「グロテスク」と「メタボラ」がよいでしょうか。

子供の日には、大人の世界の小説を読んで、えぐく苦い気分に浸るのもよろしいかと。

貸し出しカウンターで、朝日にばったりまたでくわしたのでした。

京の五条大橋で笛を吹く牛若丸のように、朝日は素敵でありました。

麗しい笑顔で、「五日に、うちでパーティーするんだけど、こない?とうかも来るよ」と誘ってきたのです。

パーティ、お茶会……嗚呼、なんと楽しげな響きでしょうか。
桜餅のあまいかおり、柏餅の柏の葉のあおい匂い、玉露のお茶の渋い苦み。
五月晴れの下、延々と続く楽しい会話。

私のお友達のとうかも出席、私も行こうではありませんか。

二つ返事で私は『端午の節句のお茶会』に参加することを承諾したのでした。

お茶会の前夜、私は、駅前のスーパーに、豆腐を買いにいきました。
明日のお味噌汁の具です。
年寄りの作る朝食は飽きました。
できるなら、パンと紅茶を朝食にとってみたいものです。
BMGはピアノ曲で。

スーパーは、仕事帰りのサラリーマンやOLで混んでいました。みな、家畜のように平凡で勤労の疲れで汚れきってました。半額割引になった弁当コーナーに残飯を漁る動物のように群れていました。
休日なのにこの大人たちは仕事に行くのです。奴隷? それとも家畜?

家畜のように惰性で仕事に行くのです。


やだやだ、
あんな社畜には私は将来なりたくありません。


お菓子コーナーで、朝日と大人の男の人を見かけました。

チョコレートやケーキを選んでいるようでした。明日のお茶会の準備でしょう。

大人の人はまだ20代後半でしょうか、お金持ちそうな品のよい紳士でした。

朝日のお兄さんにしては年が離れすぎてます。すりきれた学校の教員といった雰囲気ではありません。
物腰が上品すぎます。サラリーマンでもなさそうです。

はて、あしながおじさん、それとも朝日の叔父様?

私は、物陰からじっと二人を観察しました。

紳士さんの朝日に語りかける様子。
かなり親しい間柄のようです。
紳士さんは、標準語できちんと話しています。
「飲み物は、なに買おうか?」
「トロピカーナ飲まへん?」
朝日の標準語はまだたどたどしく、イントネーションが京ことばです。

そのアンバランスが、くらくらするほど素敵なのです。

二人は、いったいどんな間柄なのでしょうか。例れば、光と闇。
朝日は光ではありません。朝日は闇で、紳士さんが光。

朝日の心に抱えた闇を私は感じます。私の闇と類似した、悲しい過去を彼は抱えてるのが同類同士感じ取れるのです。

紳士さんは朝日の手を握りました。まるで恋人のように。

なにか禁断の芳香がいたしました。ヰタ・セクスアリス。禁欲のいけない世界が私には見えます。


言い訳がましいですが、私は朝日には恋はしておりません。
ただただ、この麗しいアヤメのような美少年を見つめていたいのです。
うつろいやすく、いつかは陽炎のように消えてしまう十代の少年の美しさをじっと観察していたいのです。
美を愛でたいだけなのです。

どうか、文学少女の私を、お許しください。

(5月4日 ペンネーム 有栖川 寿葉 13歳)
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