新緑の少年

東城

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かんおちって

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次の日、勤め先の病院に立ち寄って聴診器とカルテを持って帰った。
「たぶん大丈夫だと思うけど、炎症を起こしてないか、診察するからね」
朝日はパジャマの上を脱いだ。
べつに痩せすぎってわけじゃないけど、もうちょっと健康的な中学生の身体になって欲しい。
肺の音を聴く。きれいな音だ。炎症は起こしていない。
咳は気管支からだな。自然治癒するだろう。咳がさらに一週間以上続くようなら、うちの病院で診てもらおう。

診察が終わって、朝日がパジャマを着ている半裸の姿を見つめていた。
少年の柔肌ってきれいだなと思っている自分に気がつき、はっとした。
自分のことをショタコンとかその手の類とは思いたくなかった。
性的な意味ではない。ただ少年って大人にはない美しさがあるんだなと思っただけだ。

***
 
数日後、風邪は完治したものの精神的にぐらつきはじめた。
食事中やテレビを見ているときに突然、涙がこぼれたり、怖い夢を見てうなされたり、夜眠れないと朝の二時まで起きていたり。
とてもじゃないが、学校に行ける状態ではなかった。

夜中、子供の泣き声で目が覚めた。
また泣いているのか。
起きて、リビングに行く。

朝日はソファーに座って顔を両手でおおい号泣していた。
「どうしたの?」
「もう僕、だめだ。もうだめだ」
「だめって何が?」
「なんで僕だけつらい目に遭うの? みんなは普通に両親がいて、普通に学校に行って、友達もいて、将来の目標もあって」
「うん。でも、元気になったら中学にも通えるよ」
「またひとりぼっちになる」
僕まで悲しくなる。
できる限りのことをこの子にしてあげたい。
「もう、ひとりぼっちじゃないよ」
朝日の両手をとる。小さいやわらかい手。
「朝日、僕がいるじゃないか。君のこと好きだよ」涙で濡れている手をぎゅっと握る。
「好きって?」怪訝な顔で聞きかえす朝日。
「いい子だと思うし、一緒にいて楽しいし」
「うん。三浦先生も同じこと言ってくれた」朝日は涙をぬぐう。
ああ、前の学校の女の先生ね。
「朝日は僕のことどう思ってる?」
「僕も栄のこと好き」

朝日の「好き」はただ単なる「好き」であって、僕の朝日に対する「好き」とはまた違った。
自分が朝日に恋していることに薄々自覚があった。
「じゃあ、おやすみ。朝日」
「ねえ、栄。お願いがあるの」
どきっとした。
君のお願いならなんでも聞いてあげるよ。
「僕が眠るまで、手をつないでて」
胸がどきどきする。
不安だから、手をつないで欲しいって子供ならよくおねだりすることだ。
「いいよ」
「栄、本当やさしいんだね」また、泣き出す朝日。
君のことぎゅっと抱きしめてあげたい。
それはやりすぎだろう。
頼まれた通り、手を握る。
はやく君の心が元気になりますように。
そう願いながら手を握る。

職場に電話して二週間の休みを三週間に伸ばしてもらった。まだ体調が悪く、貧血気味だという理由で仕事を休んだ。
本当は、日に日に精神状態が悪くなっていく朝日のことが心配だったから。
ソファーで寝てるなんてかわいそうだったので僕のベッドをあてがった。
僕はソファーで寝ると言うと、朝日はぼろぼろ泣きながら「どこにも行かないで」と言う。
そういった言動だけで、胸は熱くなるし、切なくきゅんっとした。
これは完ぺきに恋だ。完落ちってやつだ。
でも、この子、中一だよ。
「一緒のベッドで寝る?」聞くと、朝日は恥ずかしそうに「そんなのへんだよね」と答えた。
「へんじゃないよ」
朝日の髪をくしゃくしゃっと撫でて、先にベッドに入り、おいでと誘う。
「大丈夫だよ。変なことしないから」
「やだなあ。僕、男だよ。女の子じゃあるまいし」
たまに元の朝日に戻る。
この精神状態がやばい。
朝日の精神状態が悪くなるのは不定期で、普通の時はまったく普通だけど、突然、ジェットコースターのように情緒不安になる。
やれやれ、随分無防備だな、この子。
シングルベッドで二人で寝るには狭いので、お互い背中を寄せ合って寝た。
安心したようで、朝日はその夜はぐっすり眠った。

一緒にベッドで寝始めて二日目の夜だった。
「どうしたの? 怖い夢でもみたの?」ちいさなタオルを渡して聞いた。
タオルで嗚咽を押さえながら、朝日は言う。
「たまにすごく寂しくなる。僕なんて、僕なんて必要ない人間なんだよね」
胸が押しつぶされそうになる。
まだ子供なのにその気持ち、ずっと三年間も一人でかかえて生きてきたの?
思わず、壊れてしまいそうなまだ子供の身体をぎゅっと抱擁した。
心はもう壊れてしまっている。
「でも、いつか栄だっていなくなっちゃうよね。そしてひとりぼっちになって、もっと悲しい思いをする」
「そんなことないよ。ずっとずっと一緒にいようよ。好きなだけ、ここにいていいんだよ」
この子には居場所がない。
どんなに辛いことだろうか。
「前も、言ったけど、僕、汚いから触らないほうがいいよ」
そんな悲しいこと言わないで。
汚くなんてないよ。親がネグレクトしたんだろ。満足な食事も与えないで、ろくな世話もしないでさ。
こないだ君の調書と福祉課から里親手当の振込みの用紙みたいのが郵送で来たよ。
「朝日、もうそういうこと言うのやめよう。心が痛くなるから」
よしよしと髪を撫でる。
「栄ってやさしいお母さんみたいだね」
「え?」
僕、まだ二十七歳だよ。おかあさんとかやめて。お願いだから。
この子、親に甘えられなかったから、それで僕になついてるとか……。
ご飯作ったり買い物行ったりアイロンがけしたり、そういうことしてると、このままじゃ、桐野栄之助=おかあさんの公式がこの子の中で確立してしまう。
「僕、お金かかるよね? 食費とか?」
「朝日の養育費と教育費は月に七万八千円、市から支給されているから、心配いらないよ」
「そんなに?」
「お小遣いあげるから、好きなもの買うといいよ」
中一だから千円でいいか。
「ありがとう、栄」
うわ。親子の会話になってるよ。
複雑な気持ちになって落ち込んでしまった。
お母さんって思われてたなんて。マジで、これどうにかしないと。
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