新緑の少年

東城

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大阪

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失恋から立ち直るために夏休み、大阪に一カ月行くことにした。
なぜ大阪かって?
毎日吉本喜劇に通って、笑って、食い倒れて、道頓堀から川にダイブしたら失恋の感傷なんて吹っ飛ぶと思ったからだ。
大阪でバカやって無理にハイにならないと、夏休みの間にうつになりそうな程、落ち込んでいた。

新幹線の中で、あの日のことを思い出して、泣きそうになった。
六年間の片思いがガラガラと崩れ落ちた。渋谷のスクランブル交差点の前で粉々に砕け散った。
宮前が彼女を紹介した時、心が折れた。思いっきりバキッて心の折れる音が聞こえたよ。
男が好きだなんて、やっぱり僕、おかしいのかな? 
新大阪駅に着き、リュックを背負うと、ずっしりと重かった。
とりあえず一週間、梅田のビジネスホテルを予約してあった。

ホテルの部屋でシャワーを浴びて一休みした後、夕方に堂山という地区に行ってみた。
飲み屋、風俗店、自動販売機やコインパーキングなど目につく普通の繁華街だった。
でも西のゲイエリアと呼ばれる有名な場所だけあって、男同士仲良く歩いている人を結構見かける。
堂々としていて、楽しそうだった。

なんだ、ゲイなんていっぱいいるじゃないか。
自分もこの人たちと同じなんだ。
すこし安心して梅田に戻り、駅ビルのお好み焼き屋に一人で入る。
大阪弁で会話が飛び交う元気な店は、サラリーマンやOLのお客さんで大繁盛していた。
カウンター席に座り、ミックス焼きを注文する。
おばちゃんが、アルミのボウルに入ったミックス焼きを持ってきた。
そこは自分で焼く店だった。
お好み焼きなんてどうやって焼いたらいいのか分からない。
具の入ったボウルを途方に暮れて見つめていると、横の男の人が聞いてきた。
「もしかして、焼きかた知らん?」
「はい」
「あんた、東京の人か? じゃあ、俺が焼いたるわ」
僕より少し年上の人。サラリーマンではなく、大学生みたいだ。
慣れた手つきでお好み焼きをひっくりかえし、ソースやマヨネーズをトッピングしてくれた。
「どばって青のりかけるとごっつううまい」
そう言って山盛りに青のりを振る。
「できたで、熱いから気いつけてな」
笑顔がキュートな大阪弁の青年の名前は枚方正二、大阪大学工学部三年生。
そのあと、二人で居酒屋に行ってビールを飲んでメアドを交換した。
出会って一週間後に僕はその人に恋をした。
枚方正二はゲイだった。
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