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第二章 頭山満と明治維新と豪傑塾
七 「政権の詐欺師」批判
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一 広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一 上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。
一 官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
日本史の知識がある人には言わずと知れた「御誓文五箇条」である。後の、俗に「人間宣言」と呼ばれる1946年1月1日の詔書の中で昭和天皇裕仁様がわざわざ全文引用なされた近代日本の出発点であるが、特に明治初頭の混乱の中ではなかなか理想通りには行けなかった。
そもそも戦後日本の産業界が「傾斜生産方式」から高度経済成長期を実現したように、あるいは1965年に独立したシンガポール共和国がリー・クアンユー氏のカリスマ的リーダーシップによる権威主義的専制体制の下で「開発独裁」による大発展を遂げたように、全体主義的・専制的なやり方の方が上手くいってしまう時期というのが国家には存在する。
独立したばかりであったり何らかの事情で国の発展が国際社会から余程大きく立ち遅れていたりする場合に、国内が安定せず国の将来像が見通せず政府に対して様々な反対意見が乱立するのを少数の有能なリーダーが封じてしまい一先ず国家の発展と安全保障に向けて国全体をひっぱっていくことが必要な時期がどうしても存在する。
この文章『東洋大快人伝』自体が不平士族側に回った福岡藩士やその子弟たちの物語となるので色々複雑な気持ちもなくはないが、「維新を貫徹するには30年が必要で、最初の10年は創業の第1期。明治11年から20年までは第2期として、内地を整え民産を興す建設の時期……」といった明確なヴィジョンを持ち、なおかつそれを断行する実力と意思を備えた大久保利通のような人物は、本当に当時の日本にとって必要となる大英雄だっただろう。日本の国会ができるまで、維新から20年、30年の月日は確かに必要だった。(史実の帝国議会成立は明治23年11月29日)
しかしそれはそれとして、当時の日本の全国各地から不満の声が続出し、非難轟々となるのも仕方ないことだった。「王政復古」のはずだった。「天子様の親政」だと思っていた。「人材登用」を謳われた。何が「万機公論」か。「上下心を一つに」するどころではないし、「おのおのその志を遂げ」ることは叶わない。「天地の公道」はどうしたのか。
そもそも戊辰戦争の際、新政府側は情報工作を大いに活用していた。元々財政難に苦しんでいた幕府側の領民に“政府が変われば税が軽くなる”と吹き込み、幕府を民衆から分離させて弱体化を図る情報戦を行っていたのだ。
「幕府の封建体制」を倒すためにそういった理想を掲げて戦ったのである。だが実際のところ国家と民族の独立を守るためには富国強兵の道を進むための様々な事業が必要で、予算はいくらあっても足りなかった。また、国政に関与した経験の薄い薩長中心の新政府は国家経営にてんてこ舞いであり、戊辰戦争最後の函館戦役まで幕府側に就いていた榎本武揚を登用した他、旧幕府の役人や佐幕派の藩にいた人材を次々に拾い上げていく。
維新直後の日本に経験と実力のある人間を遊ばせておく余裕などなかった。しかしこれは外から見れば薩長が幕府に成り代わっただけで、国政の中心に食い込んだ者や若くして将来のエリートとして拾い上げられた人以外には何ら得する所が見受けられない。薩長閥は政権をだまし取った詐欺師という見方をされるようになる。
一時は政府内で一定の地位を有していた佐賀や土佐出身者も次第に排除されてますます政治の実権が薩長占有のものとなっていき、ついに明治6年の政変で板垣退助らが下野するまでに至ると、不平士族の怒りは全国的な反乱の動きへと向かって行った。
明治6年の政変で西郷隆盛、板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣といった留守政府の5人の参議は政府を去った。
「おのれ外遊組め……。少し欧米を覗いてきただけで何を訳知り顔に」
「まあまあ……。ところで板垣さんは今後どうする御意向で?」
「そうですな。案が無いこともないという感じでしょうか」
「ほう、どんな?」
下野組の注目が板垣に集まる。
「民選議院の設立を目指します」
「えっ」
「はい?」
「議会を設立して国民の支持を背景に、合法的に外遊組から政権を奪い返したいな……と」
「いや、それは……」
「さすがに時期尚早ってモノでしょう……」
大久保利通が殺害され、不平士族の反乱が自由民権運動へと転じるまで後5年は先のことである。この時の板垣の気の早さにはさすがの西郷たちにもついていけなかった。
そして維新政府の一角を担った大政治家が下野して故郷に帰ると、彼らを慕って明治政府に不満を持つ人々が士族を中心に続々と集まり、「維新の完遂」「本当の、理想的な維新を実行するための武装蜂起」を訴えるようになる。幕府軍に就き領地が戦場となって叩きのめされた東日本に対し、経済的には疲弊しつつも新政府軍に就いて余力を残した西日本側はこのようにして反乱の続発する地域になっていくのである。
国の形を大きく変えようとしている日本が一つにまとまるためには、まだしばらくの時間が必要だった。
一 上下心を一にして、さかんに経綸を行うべし。
一 官武一途庶民にいたるまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一 旧来の陋習を破り、天地の公道に基づくべし。
一 智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
日本史の知識がある人には言わずと知れた「御誓文五箇条」である。後の、俗に「人間宣言」と呼ばれる1946年1月1日の詔書の中で昭和天皇裕仁様がわざわざ全文引用なされた近代日本の出発点であるが、特に明治初頭の混乱の中ではなかなか理想通りには行けなかった。
そもそも戦後日本の産業界が「傾斜生産方式」から高度経済成長期を実現したように、あるいは1965年に独立したシンガポール共和国がリー・クアンユー氏のカリスマ的リーダーシップによる権威主義的専制体制の下で「開発独裁」による大発展を遂げたように、全体主義的・専制的なやり方の方が上手くいってしまう時期というのが国家には存在する。
独立したばかりであったり何らかの事情で国の発展が国際社会から余程大きく立ち遅れていたりする場合に、国内が安定せず国の将来像が見通せず政府に対して様々な反対意見が乱立するのを少数の有能なリーダーが封じてしまい一先ず国家の発展と安全保障に向けて国全体をひっぱっていくことが必要な時期がどうしても存在する。
この文章『東洋大快人伝』自体が不平士族側に回った福岡藩士やその子弟たちの物語となるので色々複雑な気持ちもなくはないが、「維新を貫徹するには30年が必要で、最初の10年は創業の第1期。明治11年から20年までは第2期として、内地を整え民産を興す建設の時期……」といった明確なヴィジョンを持ち、なおかつそれを断行する実力と意思を備えた大久保利通のような人物は、本当に当時の日本にとって必要となる大英雄だっただろう。日本の国会ができるまで、維新から20年、30年の月日は確かに必要だった。(史実の帝国議会成立は明治23年11月29日)
しかしそれはそれとして、当時の日本の全国各地から不満の声が続出し、非難轟々となるのも仕方ないことだった。「王政復古」のはずだった。「天子様の親政」だと思っていた。「人材登用」を謳われた。何が「万機公論」か。「上下心を一つに」するどころではないし、「おのおのその志を遂げ」ることは叶わない。「天地の公道」はどうしたのか。
そもそも戊辰戦争の際、新政府側は情報工作を大いに活用していた。元々財政難に苦しんでいた幕府側の領民に“政府が変われば税が軽くなる”と吹き込み、幕府を民衆から分離させて弱体化を図る情報戦を行っていたのだ。
「幕府の封建体制」を倒すためにそういった理想を掲げて戦ったのである。だが実際のところ国家と民族の独立を守るためには富国強兵の道を進むための様々な事業が必要で、予算はいくらあっても足りなかった。また、国政に関与した経験の薄い薩長中心の新政府は国家経営にてんてこ舞いであり、戊辰戦争最後の函館戦役まで幕府側に就いていた榎本武揚を登用した他、旧幕府の役人や佐幕派の藩にいた人材を次々に拾い上げていく。
維新直後の日本に経験と実力のある人間を遊ばせておく余裕などなかった。しかしこれは外から見れば薩長が幕府に成り代わっただけで、国政の中心に食い込んだ者や若くして将来のエリートとして拾い上げられた人以外には何ら得する所が見受けられない。薩長閥は政権をだまし取った詐欺師という見方をされるようになる。
一時は政府内で一定の地位を有していた佐賀や土佐出身者も次第に排除されてますます政治の実権が薩長占有のものとなっていき、ついに明治6年の政変で板垣退助らが下野するまでに至ると、不平士族の怒りは全国的な反乱の動きへと向かって行った。
明治6年の政変で西郷隆盛、板垣退助、後藤象二郎、江藤新平、副島種臣といった留守政府の5人の参議は政府を去った。
「おのれ外遊組め……。少し欧米を覗いてきただけで何を訳知り顔に」
「まあまあ……。ところで板垣さんは今後どうする御意向で?」
「そうですな。案が無いこともないという感じでしょうか」
「ほう、どんな?」
下野組の注目が板垣に集まる。
「民選議院の設立を目指します」
「えっ」
「はい?」
「議会を設立して国民の支持を背景に、合法的に外遊組から政権を奪い返したいな……と」
「いや、それは……」
「さすがに時期尚早ってモノでしょう……」
大久保利通が殺害され、不平士族の反乱が自由民権運動へと転じるまで後5年は先のことである。この時の板垣の気の早さにはさすがの西郷たちにもついていけなかった。
そして維新政府の一角を担った大政治家が下野して故郷に帰ると、彼らを慕って明治政府に不満を持つ人々が士族を中心に続々と集まり、「維新の完遂」「本当の、理想的な維新を実行するための武装蜂起」を訴えるようになる。幕府軍に就き領地が戦場となって叩きのめされた東日本に対し、経済的には疲弊しつつも新政府軍に就いて余力を残した西日本側はこのようにして反乱の続発する地域になっていくのである。
国の形を大きく変えようとしている日本が一つにまとまるためには、まだしばらくの時間が必要だった。
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