リバース─犯罪者隔離更正施設─

閣下

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第2章 呪われし者

The guy 2

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(何故だ何故だ何故だ何故だ……)

 頭の中で繰り返し考えるが、答えは見つからない。

「『父親ではなく、何故この女がいるのか』あんた今、そう考えたろ?」

 窓に背を向けるようにして立っていた狼子が、ゆっくりとラジュルの元へと歩き出す。

(ま、さか……この女も、人の心を読めるのか!?)

「いいや、そんな芸当はないさ」

 全てを見透かされている。ラジュルは今までに体験したことないほど、パニックに陥っていた。そんな彼に、狼子は自分の顔を指差しながら、言葉を続ける。

「簡単なことさ。心は読めなくても顔に書いてある」

 何があっても鉄仮面を貫き通すと思っていたのに。予測不能な事が起きると、案外その鋼鉄は脆く剥がれやすい。そう言って彼女は嘲笑った。

「そして今また、こう思った。『何故、自分が怪しいと疑われていたのか? あの時は完璧だったのに』と……」

 虎之助と対面した時、ラジュルはこう思った。一つのミスも許されないと。彼に計画を悟られては、今までの努力が水の泡となる。

「心を読むことは不可能だったはずだ!」

 それなのに何故、虎之助は気付いたのか。その答えも狼子が教えてくれた。

「何も無かったからさ。あんたの心には」

 心を無にして挑んだ。それが仇となった。

「人体というものは不思議なもので、何も考えていないように見えても、無意識の内に、脳は休まず活動しているのさ」

 例えば、昨日の夕飯を思い出していたり、誰かと話した何気ない会話を思い返してみたり、ただ空想に更けてみたりと、様々な情報や映像が入り乱れている。

「だから、あんたのように完全なる無というものを作りあげるには、脳に命令をしなければいけない」

 何も考えるなと。心の隅に隠していた計画を虎之助に暴かれるのを恐れるあまり、あくまで自然体を装ったつもりが結果、疑念を抱かせることとなった。

「……そうか、最初から私の負けか」

 その声はやけに冷静だった。さっきまで狼狽えていた男とは思えないほど。

「流石と言ったところか。落ち着きを取り戻すのも早いな」

「本来この場所にいるべき人間たちは、今どこに?」

「ちょっと早いが、一次会だと言って南へと繰り出して行ったよ。本国の役人達も一緒にな」

 会議を兼ねての一次会。朝までどんちゃん騒ぎをするであろう父親と、役人共のアホ面が目に浮かぶ。

「誰を狙ったにせよ、その中には雅家の当主も含まれていた」

 コツコツ、靴底を鳴らして近づいてくる。その距離は10メートルほど。

「──この意味、当然分かるよな?」

「あぁ、もちろん」

 ラジュルは、手にしていた銃をもう一度構え直した。面前に立つ狼子へと照準を合わせて。

「大義を果たすには犠牲が伴う。……悪いがお前には、その犠牲になってもらう」

「誰に聞いたか知らないが、父親の能力を分かっているなら、あたしの能力も把握済みなんだろ?」

「知っているが、それがどうした?」

「あたしは、そんなもので殺せないし、殺されるつもりもない」

 試してみるか、不敵な笑みを浮かべる。どこか挑発的な彼女の問いに、ラジュルは無言を貫き、ためらいなく引き金を引いた。

──パァン、

 乾いた音が鳴り響いたと思ったら、続けざまに2発、3発と彼女目掛けて撃ち込んでいく。だがしかし、銃弾が彼女を捕らえることはなかった。一つ目の弾丸が銃を飛び出すと同時に、彼女の姿が消えたから。

(チッ、外したか……)

 どこにいるのだと辺りを見回す。

(月の犬マーナガルム……)

 本当に消えたと思わせるほどのスピード。

(異常な身体能力とは聞いていたが……)

 まるで化け物。ラジュルの想像を凌駕するほどだった。

(こっちにはこれがある。そう易々とは近づいて来ないだろう)

 もしかして天井に張り付いているのでは……と、上を見上げたが、当ては外れる。

「──ここだよ」

 その時、足元から声が。まさかと思い目線を下げると、黒い光が視界に入った。それは逆さ雷の如く、ラジュル目掛けて這いずり上がってくる。

(は、速い──!?)

 これでもかというくらい低い姿勢から放たれた黒い刃、その切っ先が面前に迫っている。

(よ、けきれ……ないっ──!!)

 このままでは顔面が串刺しになる。両腕を盾にしようと手をかざそうとした時、何者かに襟首を掴まれ、後ろへと引き倒された。

──ヒュッ

 空ぶった音と一緒に舞い散る髪。その光景が間一髪だったと、教えてくれているように。

「何しに来た、犬飼?」

 尻から崩れ落ちるように倒れる。一瞬の出来事なのに、スローモーションのように感じた。倒れた背中に靴の爪先が当たって、ラジュルは空を見上げるように、そこにいる男を見つめた。

「助けにきました」

「助けなんて頼んでない」

 そう口にするが、犬飼が助けに来たのかは、ちゃんと分かっていた。

「お得意の信念とやらか?」

「はい」

 相見える彼の瞳の奥は、静かに燃えていた。犬飼の本気を示すには充分なほどに。

「……そうか、」

 狼子は刀を鞘に納め、一旦後ろへと下がる。その一連の動きは音もなくしなやかで、惚れ惚れする。

(諦めたのか……)

「ラジュルさん、動かないで」

 立ち上がろうとするのを犬飼が制する。

──来ます

 そう呟いた犬飼に再び視線を戻したが、そこに彼は居なかった。

「カハッ……!!」

 血を吐くような音が後ろ手に聞こえたと思ったら、コンクリートの壁に打ち付けられた彼の姿。

「あたしの邪魔をするなら、ただでは済まさん」

「は、はっ……さ、すが狼子、さん……」

 笑っているが、鳩尾に見事にヒットしたパンチに、何本か肋を持っていかれた。

「そこで大人しくしていろ。すぐ終わる」

 激痛で息を吐くのもやっと。打ち付けられた衝撃で、頭はまだクラクラする。狼子の背中が二重になって見えた。

「大した女だな、仲間にさえ容赦ないとは」

「関係ない。それよりも、次はお前の番だ」

 再び刀に手を伸ばし、鞘から抜いていく。

「だ、めで……す」

 だが、重なった手によって最後までは抜けない。なんと諦めの悪い、すぐ自分の後ろに立つ犬飼の手を払い、もう一度パンチを浴びせてやろうと振り返った。

「な、にを──!?」

 弾丸よりも速いパンチを受け流し、一気に間合いを詰める。そのまま彼女に抱きつくと、囲うように腕を後ろへと回した。

「す、いま……せん」

 腕を振り払おうとも上から押さえる力が尋常ではなく、なかなか抜け出せない。ならば足だと、すでに限界であろう鳩尾目掛けて蹴りあげるが、寸でで思い止まった。

「……どうして、あの男にこだわる?」

「や、くそく……したん、です」

 必ず助けると。ラジュルの無事を願っている人がいる。

「だが、あの男は父さんを狙った。当主を狙われて黙っている訳にはいかない」

「わかっ、て……ま、す」

 だから、代わりに自分が罰を受ける。息も切れ切れに、そう懇願した。必死な犬飼の姿に、狼子の肩の力は抜けていく。

「最初は、一発でのされたのにな……」

 細く長い彼女の手が、腹をなぞるように擦った。

(違いますよ、あの時とは。……さっきの一撃、貴女は本気じゃなかった)

 殺気を纏って見せても、パンチを放つ瞬間に、彼女は力をセーブした。恐らく無意識に。そのおかげで気を失わずにいる。

(殴られて喜んでるなんて……何か変態みたいだな)

 以前とは確実に違う関係性。狼子の中に少しだけでも自分という人間が存在している事に、喜ばしく思った。

「誰かを助ける度に、そんな傷だらけになるのか?」

 それで誰かが助かるなら。

「お前は、それで満足なのか」

 だって悲しむ顔なんてみたくない。

「……そんなに死にたいのか?」

 そう言われた時、息が止まった。

──私は、化け物を産んでしまったのよ……とても恐ろしい化け物。愛しい我が息子

 母の顔が過った。だが、すぐに頭の中で振り払う。

「死ぬ、時……は、」

 貴女の腕の中がいい。何も答えず、そう伝えた。

「……冗談を言えるなら心配ないな。さっさと腕を離せ。さもないと間抜けな面に頭突きをかますぞ?」

 はぐらかした事に言及はされなかった。

「奴には手を出さないよ、お前の好きにしろ」

(本気、だったんだけどな……)

 腕の力を緩め拘束を解いた。犬飼は、ふらつく体を引きずりながら、ラジュルの前へと座り込む。

「何故、私を助ける?」

 ボロボロの体、そこまでして助ける価値など自分にはない。

「アリさんが、あなたを待ってます」

 ラジュルの為に涙を流して。

「死にたいのなら死ねばいい。けれどもrebirthここは、貴方の死に場所じゃない」

 大義に殉じるというのなら、信念を貫き通すというのなら、命を捨てずに、命を懸けろ。値打ちを決めるのは自分ではない。他の誰かなのだ。

「アリさんが言ってました。シンファ王子の隣にいるべき人は、貴方以外にいないって」

「だが、私は……」

「僕は、貴方の国のことはよく知りません。けれど、アリさんのことは、多少なりとも分かっているつもりです」

 その彼が言うのだ。だから、自分も信じる。

「帰りましょ? アリさんが待ってます」

 そう言って手を差しのべた。

「……しかし」

 ラジュルは狼子に目をやる。

「何の被害もなかったから、今回だけは大目にみてやる」

 だが次はない。例え犬飼を殺しても、その心臓の息の根を止めてやる。そう伝えると、ラジュルは小さく頷いた。

「それから、一つ聞かせろ。お前に手を貸した者は何者だ?」

 今回の計画には無理があった。それは肝心の武器の入手である。

「最初からrebirthここへは、銃を持ち込んでいないのは分かっている」

 未登録の銃を持ち込めば、先程の端末のように知らせが一斉に届く。アリたち一行がホテルに着いた時、その知らせはなかった。となると、出先で手にいれた説が浮上する。だが、それも上記と同じ理由で知られればアウトなので、その説は間違いだろう。

「最後に考えられるのは、たった一つ」

 内部にがいるということ。

「で、も……狼子さん、それって」

「あぁ、部隊うちに裏切り者がいる」

 誰にも知られず銃を屋上へと置けたのは、分解ばらして運んだから。機械センサーはホテル内にしか設置しておらず、再び屋上で組み立て隠しておけば、誰にも気づかれない。

「その者の名前を言え」

「……名前は、知らない。一度だけ、電話で話しただけだ」

 シンファにアムールを嵌める計画を話したが、全ては電話の男が仕組んだこと。それを一言一句違わず頭に叩き込み、実行に移しただけ。

「その男は、マリク様の武器調達の件や、アムール様がマリク様を嵌めようとしていることも、全部知っていた」

 男の計画に半信半疑だったが、その後、アムールに呼び出されマリクとの事を聞かされた時、実行しようと決意した。

「……そういえば、お前を知っていたようだった」

 虎之助の能力についても、男からの情報。

「あたしを?」

「あぁ、お前について話す時、嬉しそうに何度も呼んでいたから」

──子狼パップ

 その単語がラジュルの口から出た時、狼子の目は、これでもかというぐらいに大きく見開いていた。
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