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第2章 呪われし者
The guy
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「……ラジュルさん?」
アリがドアを開けば、部屋の明かりは消されたままだった。彼の呼び掛けむなしく、その声は静まり返る空間の奥へと消えていく。
「先に戻ったはずなんですが……」
「どこかに出掛けられたのでしょうか?」
「いえ、それはないと思います……」
恐らくラジュルは、端から部屋に戻ってくるつもりはなかったようだ。なぜなら、辺りを見回せば食事に出掛ける前と変わらぬ風景で、人の出入りがあったようには思えなかったからだ。
「王子、このような手紙がラジュル様の寝室に……」
アリ様へ、厳格な性格を表したその文字。母国語で記された手紙に目を通していく。
──貴殿の初めての外交を、このような形で壊してしまうことを、どうぞ御許しください
謝罪から始まった一文に、嫌な胸騒ぎを覚えながらも、アリは先を読んでいく。
──サリーム王家の一員として、国の為にと立派に勤めあげようとする貴殿の姿に、かつての私を見ておりました
(『私もまたスラム出身……』ラジュルさんが? 僕と同じ?)
──読み書きも出来ない私を、皆の反対を押し切り王宮へと召し上げて下さったのは、他でもないシンファ様でした
はじめて知る彼の一面。手紙を持つ手に力が入る。
──私は今宵、シンファ様の為に自らの命を捧げます。何もなかった私に、全てを与えて下さった主の為に……
(『命を捧げる』って──)
彼が何をするつもりか、嫌でも頭を過ってしまう。
「王子……どうされましたか? お顔の色が……」
顔面蒼白のアリに、犬飼や従者たちは困惑の表情を浮かべるが、まるで無視。再度、従者が声を掛けようとした、その時だった。ピーっと長い機械音が、一斉に部屋中に響き渡ったのは。
「狼子様!」
「あぁ、始まったな」
装備していた端末を狼子たちが確認するのを見て、犬飼も慌ててポケットから取り出した。
「これって……」
「部外者がホテル内に銃を持ち込んだみたいだ」
その部外者は今、屋上から一階へと移動している。王子のいる階を飛ばして何故一階へ行くのか、その答えは明白だった。
「鹿乃、犬飼」
狼子は二人の名を呼び、こう命令した。
「事が終わるまで、王子たちを部屋から出すな」
本当の標的を確信した今、狼子の成すべきことはただ一つ。黒朝を握りしめ部屋を出ようとする彼女に、悲痛な思いを叫ぶように、アリが引き留める。
「ま、待って下さい!!」
彼女の足は、ピタリと止まった。
「な、にかの間違いです……こんな、だって……」
状況が飲み込めないのか、ただ認めたくないだけなのか、声を発するが上手く言葉にならない。
「あの人が、そ、んなこと──」
するわけないのだと、すがるような眼差しを向ける。
「そ、そうです! きっと電話を……!!」
「王子、」
残念です。ゆっくりと諭すような声色だった。それが余計に、もうどうにもならないのだと、アリに重くのし掛かる。
「……行ってくる」
「お気をつけて」
ドアが閉まると同時に、かろうじて手にしていた手紙が、パサリと床に落ちた。
──純粋な心と曇りなき眼を持つ貴殿は、きっとシンファ様のお役に立てると信じております
「王子!?」
膝から崩れ落ちるアリに駆け寄った。
「ラジュルさんが……」
死んでしまう。そう小さく呟いた。
「死ぬって……もしかして!!」
鹿乃に目をやる。彼女は何も言わず、冷たい瞳でアリを見下ろしていた。
「お、願いします……あの人を、ラジュルさんを助けて下さい! ……僕じゃ駄目なんです! 彼でなくては!!」
──いつの日か、王となったシンファ様の隣に、貴殿の姿がありますことを、冥府より強く願っております
最後に記された文字に、彼の涙が滴り落ち滲んでいく。犬飼の袖を掴む手は、微かに震えていた。
「……僕では駄目なんだ……っ、」
何度も何度も繰り返し呟く。まるで呪文のように。犬飼はアリの手をそっと外すと、何も言わず立ち上がった。
「……どうかした?」
ようやく鹿乃が声を発する。わざとらしく。
「アリさん」
王子ではなく、名前を呼んだ。
「……待ってて下さい!」
にっこりと微笑みかけると、そのまま背を向けドアへと歩きだす。
「どこへ行くの?」
「通して下さい、鹿乃さん」
「ダメよ、狼子様に言われたでしょ?」
事が終わるまでは、この部屋で王子たちを見張らなければならない。
「えぇ、聞きました」
「なら部屋からは出せないわね」
「それでも行きます」
彼女の横を通りすぎ、ドアノブに手を掛ける。
「命令が聞けないの?」
だが、寸でのところで腕を掴まれ阻まれた。
「狼子様の邪魔はさせない。なんならあんたを、この場で殺してみせましょうか?」
冗談ではないのだろう。掴まれた手にギリギリと強い力が込められていく。
「……すいません、僕は行きます」
だが、まるで効いていない。顔色一つ変えずに、犬飼はノブへと手を伸ばした。
「ちょっ、と……!?」
物凄い力だった。制止する彼女の手が、全くの無力。
「手荒な真似はしたくないんです」
その手を離して行かせて欲しい。お願いだと話すが、それは命令に近い声。底知れぬ気迫と射抜くような犬飼の視線に、思わず鹿乃は怯んだ。
「……し、知らないわよ! どうなっても!!」
「分かってます」
『自己責任』その言葉の重みを一度痛感している。
静かにドアは開いた。そこから一歩外へ踏み出すと、犬飼は一目散に駆け出した。
◇◇◇
──兄さんとマリクを嵌める?
──そうだ
アリたちがrebirthを訪れる数週間前の出来事。
──アムール様から命令が来た。武器調達の現場での証拠を押さえて、マリク様を失墜させろとな
全てはアムールの計画だった。己の側近をクビにし、ラジュルをマリクの元へと行かせたのは、弟の動向を探らせ逐一報告させる為。
──アムール様は、マリク様を現王政への反逆として、糾弾するつもりだ
自分が王になる為の一番の障害。マリクを王の座から引きずり下ろすには、どうしたらいいのかと頭を抱えていた時に、やって来たチャンス。
──異国の武器商人と密会、クーデターを企てていると言われたら……それまでか
例え確たる証拠がなくても、会合現場の写真さえ押さえれば構わない。噂は憶測を呼び、いつしか国全土に不信感を募らせていく。
──そうなれば、マリクは終わりだ
なんと嘆かわしい。実の兄弟で醜い争いをするなんて。
──兄さんは、マリクを死刑台に送りたいのか!?
反逆を企てた者は即刻死刑せよ。この国での掟。
──シンファ、それが王になるということだ
──弟を殺すことがか!? 冗談じゃない、ならば私は王になどならない!!
──シンファ、お前は王にならなければいけない。アムール様やマリク様では、いずれ国が滅びてしまう
ザイア王国を維持するだけの財政は、まもなく尽きようとしていた。
──国民の半数は飢えに苦しんでいるというのに、現国王やアムール様、その取り巻きたちは贅沢を止めないし、その上更に、国民から僅かな財産を搾り取ろうとしている!!
それが王の為すべきことか、そう問われてもシンファは答えられない。
──このままいけば、遅かれ早かれ内乱が起きる。それはマリク様か国民か、どちらが先か……
──な、ならマリクが王になれば良いのでは?
──駄目だ。あの人は他国との戦にしか興味がない
ザイア王国を強靭な国に。その為に支払われる犠牲は、やはり国民。
──国の命が尽きかけている今、ザイア国王になるべく人は、ただ一人。シンファ、お前なんだ!!
冷酷になれ。他の誰よりも。国と民を守るために。
──考える猶予はない、今ここで決めてくれ。私はシンファの命令に従う
心優しい彼に、無慈悲な選択を迫っていることは重々承知。その心を殺して鬼になれと、自分は告げているのだ。シンファの苦渋に満ちた表情、今彼の中で善と悪が葛藤している。だが、それに胸を痛めている暇はない。
──……アムールは、どうやって?
やがて全てを諦めたように目を閉じ悲しく笑う。だがそれは一瞬、目を開けラジュルを見据えた彼に、もう昔の面影はなかった。
(ようやく、私の役目が──)
終わろうとしている。何もなかった自分に生命を与えてくれた主。ラジュルがこの世界に産み落とされたのは、きっとこの日の為。
──これは?
真っ白な封筒に記された『遺書』の文字。
──そこには私の罪の告白が書いてある。アムール様に言われるがまま、他国での要人を暗殺したと
本国の役人と雅家当主とで行われる定例会議。そこへ銃を持って現れる計画。その罪をアムールに着せ、彼もまた死刑台へと送る算段。
──ちょっと待て、そんなことしたら
──あぁ、私は死ぬだろう。もちろん分かっている
(……見たかったな。お前が王の座に就いている姿を)
一目だけでも見てみたかった。心残りがあるとするならば、唯一それだけ。傍らに倒れている者らを尻目に、そんな事を思った。
──マリク様の証拠は、私の手の者から受け取ってくれ。アリ様の従者として潜り込ませるから
──わかった
──それからアリ様は何も知らなかった、そう対処して欲しい。実際そうだし、あの方はきっと、お前同様にこの国になくてはならない人になるだろうから
──あぁ、必ず
(さらば、シンファ)
これから起こることへの恐怖からか、ただの緊張からか、カタカタと小刻みに銃口が震えている。それを見て、何事にも動じないはずの自分も、人並みだったんだなと笑った。
(さらばだ……アリ様)
一度大きく深呼吸をし、気持ちを無理やり落ち着かせた。そして、重厚な鉄の塊に覆われた扉に手をあて、それを一気に押し開けた。
「我が国の発展のため……その、いの……ち、」
ラジュルの動きが止まった。扉の先に見えた光景に、目を疑ったから。
「驚いたか?目当ての者が──」
誰もいなくて。虎之助も本国からの要人も、そこには居なかった。
「き、さま……なぜ!?」
「残念だよ、本当に」
驚愕するラジュルの視線の先には、月明かりを纏った銀色の狼だけが、そこに居た。
アリがドアを開けば、部屋の明かりは消されたままだった。彼の呼び掛けむなしく、その声は静まり返る空間の奥へと消えていく。
「先に戻ったはずなんですが……」
「どこかに出掛けられたのでしょうか?」
「いえ、それはないと思います……」
恐らくラジュルは、端から部屋に戻ってくるつもりはなかったようだ。なぜなら、辺りを見回せば食事に出掛ける前と変わらぬ風景で、人の出入りがあったようには思えなかったからだ。
「王子、このような手紙がラジュル様の寝室に……」
アリ様へ、厳格な性格を表したその文字。母国語で記された手紙に目を通していく。
──貴殿の初めての外交を、このような形で壊してしまうことを、どうぞ御許しください
謝罪から始まった一文に、嫌な胸騒ぎを覚えながらも、アリは先を読んでいく。
──サリーム王家の一員として、国の為にと立派に勤めあげようとする貴殿の姿に、かつての私を見ておりました
(『私もまたスラム出身……』ラジュルさんが? 僕と同じ?)
──読み書きも出来ない私を、皆の反対を押し切り王宮へと召し上げて下さったのは、他でもないシンファ様でした
はじめて知る彼の一面。手紙を持つ手に力が入る。
──私は今宵、シンファ様の為に自らの命を捧げます。何もなかった私に、全てを与えて下さった主の為に……
(『命を捧げる』って──)
彼が何をするつもりか、嫌でも頭を過ってしまう。
「王子……どうされましたか? お顔の色が……」
顔面蒼白のアリに、犬飼や従者たちは困惑の表情を浮かべるが、まるで無視。再度、従者が声を掛けようとした、その時だった。ピーっと長い機械音が、一斉に部屋中に響き渡ったのは。
「狼子様!」
「あぁ、始まったな」
装備していた端末を狼子たちが確認するのを見て、犬飼も慌ててポケットから取り出した。
「これって……」
「部外者がホテル内に銃を持ち込んだみたいだ」
その部外者は今、屋上から一階へと移動している。王子のいる階を飛ばして何故一階へ行くのか、その答えは明白だった。
「鹿乃、犬飼」
狼子は二人の名を呼び、こう命令した。
「事が終わるまで、王子たちを部屋から出すな」
本当の標的を確信した今、狼子の成すべきことはただ一つ。黒朝を握りしめ部屋を出ようとする彼女に、悲痛な思いを叫ぶように、アリが引き留める。
「ま、待って下さい!!」
彼女の足は、ピタリと止まった。
「な、にかの間違いです……こんな、だって……」
状況が飲み込めないのか、ただ認めたくないだけなのか、声を発するが上手く言葉にならない。
「あの人が、そ、んなこと──」
するわけないのだと、すがるような眼差しを向ける。
「そ、そうです! きっと電話を……!!」
「王子、」
残念です。ゆっくりと諭すような声色だった。それが余計に、もうどうにもならないのだと、アリに重くのし掛かる。
「……行ってくる」
「お気をつけて」
ドアが閉まると同時に、かろうじて手にしていた手紙が、パサリと床に落ちた。
──純粋な心と曇りなき眼を持つ貴殿は、きっとシンファ様のお役に立てると信じております
「王子!?」
膝から崩れ落ちるアリに駆け寄った。
「ラジュルさんが……」
死んでしまう。そう小さく呟いた。
「死ぬって……もしかして!!」
鹿乃に目をやる。彼女は何も言わず、冷たい瞳でアリを見下ろしていた。
「お、願いします……あの人を、ラジュルさんを助けて下さい! ……僕じゃ駄目なんです! 彼でなくては!!」
──いつの日か、王となったシンファ様の隣に、貴殿の姿がありますことを、冥府より強く願っております
最後に記された文字に、彼の涙が滴り落ち滲んでいく。犬飼の袖を掴む手は、微かに震えていた。
「……僕では駄目なんだ……っ、」
何度も何度も繰り返し呟く。まるで呪文のように。犬飼はアリの手をそっと外すと、何も言わず立ち上がった。
「……どうかした?」
ようやく鹿乃が声を発する。わざとらしく。
「アリさん」
王子ではなく、名前を呼んだ。
「……待ってて下さい!」
にっこりと微笑みかけると、そのまま背を向けドアへと歩きだす。
「どこへ行くの?」
「通して下さい、鹿乃さん」
「ダメよ、狼子様に言われたでしょ?」
事が終わるまでは、この部屋で王子たちを見張らなければならない。
「えぇ、聞きました」
「なら部屋からは出せないわね」
「それでも行きます」
彼女の横を通りすぎ、ドアノブに手を掛ける。
「命令が聞けないの?」
だが、寸でのところで腕を掴まれ阻まれた。
「狼子様の邪魔はさせない。なんならあんたを、この場で殺してみせましょうか?」
冗談ではないのだろう。掴まれた手にギリギリと強い力が込められていく。
「……すいません、僕は行きます」
だが、まるで効いていない。顔色一つ変えずに、犬飼はノブへと手を伸ばした。
「ちょっ、と……!?」
物凄い力だった。制止する彼女の手が、全くの無力。
「手荒な真似はしたくないんです」
その手を離して行かせて欲しい。お願いだと話すが、それは命令に近い声。底知れぬ気迫と射抜くような犬飼の視線に、思わず鹿乃は怯んだ。
「……し、知らないわよ! どうなっても!!」
「分かってます」
『自己責任』その言葉の重みを一度痛感している。
静かにドアは開いた。そこから一歩外へ踏み出すと、犬飼は一目散に駆け出した。
◇◇◇
──兄さんとマリクを嵌める?
──そうだ
アリたちがrebirthを訪れる数週間前の出来事。
──アムール様から命令が来た。武器調達の現場での証拠を押さえて、マリク様を失墜させろとな
全てはアムールの計画だった。己の側近をクビにし、ラジュルをマリクの元へと行かせたのは、弟の動向を探らせ逐一報告させる為。
──アムール様は、マリク様を現王政への反逆として、糾弾するつもりだ
自分が王になる為の一番の障害。マリクを王の座から引きずり下ろすには、どうしたらいいのかと頭を抱えていた時に、やって来たチャンス。
──異国の武器商人と密会、クーデターを企てていると言われたら……それまでか
例え確たる証拠がなくても、会合現場の写真さえ押さえれば構わない。噂は憶測を呼び、いつしか国全土に不信感を募らせていく。
──そうなれば、マリクは終わりだ
なんと嘆かわしい。実の兄弟で醜い争いをするなんて。
──兄さんは、マリクを死刑台に送りたいのか!?
反逆を企てた者は即刻死刑せよ。この国での掟。
──シンファ、それが王になるということだ
──弟を殺すことがか!? 冗談じゃない、ならば私は王になどならない!!
──シンファ、お前は王にならなければいけない。アムール様やマリク様では、いずれ国が滅びてしまう
ザイア王国を維持するだけの財政は、まもなく尽きようとしていた。
──国民の半数は飢えに苦しんでいるというのに、現国王やアムール様、その取り巻きたちは贅沢を止めないし、その上更に、国民から僅かな財産を搾り取ろうとしている!!
それが王の為すべきことか、そう問われてもシンファは答えられない。
──このままいけば、遅かれ早かれ内乱が起きる。それはマリク様か国民か、どちらが先か……
──な、ならマリクが王になれば良いのでは?
──駄目だ。あの人は他国との戦にしか興味がない
ザイア王国を強靭な国に。その為に支払われる犠牲は、やはり国民。
──国の命が尽きかけている今、ザイア国王になるべく人は、ただ一人。シンファ、お前なんだ!!
冷酷になれ。他の誰よりも。国と民を守るために。
──考える猶予はない、今ここで決めてくれ。私はシンファの命令に従う
心優しい彼に、無慈悲な選択を迫っていることは重々承知。その心を殺して鬼になれと、自分は告げているのだ。シンファの苦渋に満ちた表情、今彼の中で善と悪が葛藤している。だが、それに胸を痛めている暇はない。
──……アムールは、どうやって?
やがて全てを諦めたように目を閉じ悲しく笑う。だがそれは一瞬、目を開けラジュルを見据えた彼に、もう昔の面影はなかった。
(ようやく、私の役目が──)
終わろうとしている。何もなかった自分に生命を与えてくれた主。ラジュルがこの世界に産み落とされたのは、きっとこの日の為。
──これは?
真っ白な封筒に記された『遺書』の文字。
──そこには私の罪の告白が書いてある。アムール様に言われるがまま、他国での要人を暗殺したと
本国の役人と雅家当主とで行われる定例会議。そこへ銃を持って現れる計画。その罪をアムールに着せ、彼もまた死刑台へと送る算段。
──ちょっと待て、そんなことしたら
──あぁ、私は死ぬだろう。もちろん分かっている
(……見たかったな。お前が王の座に就いている姿を)
一目だけでも見てみたかった。心残りがあるとするならば、唯一それだけ。傍らに倒れている者らを尻目に、そんな事を思った。
──マリク様の証拠は、私の手の者から受け取ってくれ。アリ様の従者として潜り込ませるから
──わかった
──それからアリ様は何も知らなかった、そう対処して欲しい。実際そうだし、あの方はきっと、お前同様にこの国になくてはならない人になるだろうから
──あぁ、必ず
(さらば、シンファ)
これから起こることへの恐怖からか、ただの緊張からか、カタカタと小刻みに銃口が震えている。それを見て、何事にも動じないはずの自分も、人並みだったんだなと笑った。
(さらばだ……アリ様)
一度大きく深呼吸をし、気持ちを無理やり落ち着かせた。そして、重厚な鉄の塊に覆われた扉に手をあて、それを一気に押し開けた。
「我が国の発展のため……その、いの……ち、」
ラジュルの動きが止まった。扉の先に見えた光景に、目を疑ったから。
「驚いたか?目当ての者が──」
誰もいなくて。虎之助も本国からの要人も、そこには居なかった。
「き、さま……なぜ!?」
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驚愕するラジュルの視線の先には、月明かりを纏った銀色の狼だけが、そこに居た。
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