リバース─犯罪者隔離更正施設─

閣下

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第2章 呪われし者

Dragon king

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 王子たち一行を乗せた車は、予定通りに西区へと到着していた。

「しばらくは待機だ」

「はい!」

「……ようやく煙草が吸えるぜ」

 3時間の道のりは長かった。茶木は、その味を噛み締めるように肺一杯に煙を吸った。車内に犬飼だけなら気にせず吸えるが、狼子が乗っている時だけは、絶対に煙草に火はつけなかった。

「いつ終わるんでしょうね?」

「さぁな、でも長くはかからないだろう」

 恐らく両者の間では、ビジネスに関してある程度の合意は済んでいるはず。今日は代表者の顔合わせみたいなものだろう。それでも部外者である犬飼たちは、会合への参加は認められないので、雑談が終わり王子たちが出てくるのを、外で待つしかなかった。

(それにしても──)

 西区の街並に驚きを隠せなかった。今いる区間は、それなりに立派な住居や建物が並んでいる。だが右側に目をやれば、少し離れた場所に、無数のアパートのような建築物が隙間なくズラリと続いている。全てが5階ほどの高さだが一定さはなく、それから更に上へと部屋らしきコンクリートの塊が、子どもが積んだ積み木のように置かれていた。

(同じ区間ばしょでこんなに違うなんて……)

 まるで魔城。長年の劣化か、ひび割れたり黒く汚れたコンクリートの数々は、異様な雰囲気を放っていた。

「あそこは、だよ」

 茶木が煙を吐きながら言う。それは何かと尋ねた。

「ここは長年、マフィア達が抗争を繰り返してきた」

 西区。そこは、はみ出し者が集まる場所。群雄割拠で誰もが西区そこの頂点を狙っていた時代、街には少数で構成された組が数多く存在した。毎日、明けても暮れても抗争をし負かした相手を勢力に吸収、組を拡大していく。そうして残ったのが、10のチームだった。

「50年に渡って互いにしのぎを削り、命のやり取りをしてきた」

「そういえば……虎之助さんがそんなこと言ってましたね」

──西区の連中は、飽きもせず毎日抗争に勤しんでるよ……西区あそこには近寄らないほうがいいね

「おいおい……虎のやつ、そんなひでーこと言いやがったのか?」

 突如として聞こえた声。その主を犬飼は探すが見つからない。

「傷ついちゃった~、慰めて……狼子ちゃん!」

 風の早さで狼子の後ろに現れたと思ったら、屈強な身体をした男が、背中をギュウ~っと力強く抱きしめ、彼女に甘えていた。

「な、なにをしてるんですか──ッ!!」

 辺り一帯に響き渡った犬飼の声。その大きさに驚いた茶木は口から煙草を落とした。

「は、離れなさいっ!! せ、セクハラですよっ!!」

 あくまで犬飼目線だが、スルスルとイヤらしい手つきで狼子の身体を撫でまわしている。

「は? なんだお前……てか誰だ?」

 綺麗に生え揃えた顎髭、年配のようだが雄臭い色香を纏っている男は、わぁわぁと喚き散らす犬飼に視線を寄こした。

「彼が犬飼ですよ。九頭くずさん」

 犬飼より先に狼子が答える。

「あぁ~……お前が巷で有名な、元おまわりか」

 よろしくなんて挨拶されるが、九頭と呼ばれた男は、未だに狼子に引っ付いたまま。

「狼子ちゃん……いつ見ても綺麗だな。やっぱり虎に」
「九頭さんも相変わらず……よかったですよ、元気みたいで」
「──痛たたたッ!! 狼子ちゃん! 柄が顔にめり込んでるよ!!」

 グググッと、力を込めて黒朝を頬に押し付ける。あまりの強さに耐えきれなくなった九頭は、彼女から身体を離した。

「犬飼、こちらは九頭 龍大ぐず りゅうだいさんで、ドラゴーネファミリーの頭だ」

 今や3つにまで減ったマフィアの中でも、筆頭であるドラゴーネファミリー。この九頭という男は大変優秀で、彼の手腕により西区制覇まであと少しの所に来ている。

「おいおい狼子ちゃん、何か一つ紹介し忘れてるだろう?」

 チッチッチッ……と、人差し指を軽く振るジェスチャーを見せ、こう言った。

「近い将来、彼女のになる男だ」

「えっ!?」

 犬飼は混乱した。すでに狼子には父親がいるのに。

「……もしかして、鷹臣さんの?」

 名字は違うが。婚約者の父という意味だろうか。

「違うぞ」

 即座に狼子が否定した。

「……で、ですよね~! 顔も全然似てないし!!」

 確かに男前の部類だが、この強面からあんな王子様フェイスが生まれるはずない。

「九頭さんは、で言ってるんじゃない」

 虎之助の伴侶。そちらの意味でのお義父さんが正解だった。

「………………へ?」

 言葉を理解するのに少しの間が必要だった。

「夫だよ! 夫! 虎のhusband!!」

「えぇ~!! 虎之助さん、再婚されるんですか──!?」

 これまで狼子の母親に会ったことがなかったので、いないのだろうということは、薄々感じていたが……。

「しないぞ」

 またも即座に否定された。

「えっ? いや、だって……」

 ますます混乱する。そんな犬飼に狼子は言う。

「あたしは、物心ついた時から同じ話しを聞いてる」

 もう風物詩と言っても過言ではない。幼き頃は純粋に話を信じていたが、3年も経てば九頭の悲しい片想いだということに、嫌でも気づいてしまう。 

「……あ、なるほど」

 察しのいい犬飼も同じだった。
 
「いい加減、諦めりゃいいのに」

「馬鹿野郎、茶木! ……俺は、一途な男だからよ。虎しかいらねーんだよ」

(か、かっこいい……!!)

 惚れた相手以外に心はやらない。自分と同じ価値観を持つ人間に出会えて、感動を覚える。

「それより九頭さん、いいんですか? 会合に貴方が出席しなくても?」

「あぁ~! いいってことよ。俺は堅苦しいのは好きじゃねーし……息子が話し聞いてるから気にすんな!」

「……息子!? えっ? 息子さんいるんですか!!」

 今しがた虎之助以外に興味はないと聞いたばかりなのに。

「……跡取りがな、どうしても必要で。親父に泣く泣く──」

 世襲制の辛いところだなんて話す。

「テメーの親に泣かれて頭下げられたら、断るわけにもいかねーよ……」

 寂しそうに笑う九頭を見て、犬飼の心も悲しくなった。

「そうだったんですか……」

 だが、それも直ぐに消え去る。

「騙されるなよ。あの人、5人の子持ちだからな」

「茶木! てめっ、余計なこと言うな!!」

「………………」

 心はやらないが、体はそういう訳にはいかない。適度に発散させなければ、爆発して死んでしまう。

「息子や娘たちのことは愛してるし、あいつらのにも苦労はさせてねーから!」

 万事オーケーだと豪快に笑い飛ばした。

(……似てる。この感じ、)

 虎之助に。狼子の言葉を借りれば、馬鹿親父ちゃらんぽらん具合がそっくりである。

(しかも相手は一人じゃないのかよ! 複数人かよ!!)

 そんなところもそっくりだ。

 さっきの感動を返して欲しい。素直にそう思う犬飼だった。
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