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第2章 呪われし者
第7王子 2
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サリーム王家には国王の血を引く息子たちが10人存在する。その中でも圧倒的権力を持つのは、第1王子のアムール、第2王子のシンファ、そして第3王子のマリク。彼らは皆、王妃が産んだ息子であるが故、アリを含む他の側室の王子たちとは違い、立場も発言力も遥かに上だった。
長男のアムールは、良くも悪くも人間臭い男だった。華やかなものを好み、傍らにはいつも美しい女を侍らせた。地位や身分の低い者は平気で見下したし、他国のお偉方が王国へ来ると、いの一番にご機嫌とりをしていた。
そんな兄を毛嫌いしていたのが、三男のマリク。世界情勢が日々変わりつつあるのに、来る日も来る日も堕落した生活を送る兄、皇太子でありながら他国に媚を売る姿を、日頃から苦々しく思っていた。
──アムールが王になれば、ザイア王国は誇りと尊厳を無くし破滅する
それまで会話らしい会話をしたことがなかったアリに、マリクはそう言った。
──俺はアムールとは違う。母は違えどアリの事は国王の血を分けあった兄弟だと、そう思っている
だから手を貸して欲しい。何とも都合のいい話。しかし、アリには断る選択肢はない。それに彼は少しだけ期待していた。本当にマリクは、自分を弟だと思ってくれているのかもしれないと。
「バカですよね、そんなわけないのに」
アリが国を発つ時、その見送りにマリクは現れなかった。姿を見せれば、マリクの思惑がアムール側に知れてしまうから。
(でも、どのみち第1王子には知られるんじゃないか?)
国を出ることを禁じられているアリが、外交に出たなんて話、皇太子であるアムールの耳に入らないわけがない。
(それでも何の騒ぎにもなってないってことは、向こうは向こうで、何か仕掛けているんだろうか)
嫌な胸騒ぎがした。
「ラジュルさんはアリさんの側近なの?」
言い知れぬ予感を抱いた犬飼の頭には、仏頂面の男が浮かんだ。
「いや、今はマリク様の側近だよ」
「今は? なら前は?」
「アムール様の。もともとラジュルさんはシンファ様の側近だったんだけど、お兄様が病に罹られ王家の仕事が出来なくなったのを境に、アムール様の所へ移ったんだって」
優秀だったラジュルを皇太子の側近に。国王は常日頃そう言っていた。しかし、真面目なラジュルが自堕落な生活を送る皇太子と合うわけがなく、一年もしない内にマリクの所へと追いやられた。
「マリク様とは馬が合ったみたいで、それ以降ずっと側近をしてるんだ」
『富国強兵』信念にして成すべきモノ。実にマリクらしい。
(アムール王子とも繋がりがあるのか……)
今得た情報を後で狼子に伝えよう。もしかしたら何かの役に立つかもしれないから。
「アリさんはシンファ王子とは仲がいいの?」
お兄様、三人の中で一人だけそう呼んだ。
「シンファ様は、唯一僕ら母子に普通に接してくれて……」
仲が良いわけではない。アリの屋敷に一度だって遊びに来たこともない。それは第2王子自身が病弱で外出しないということもあるが。けれども王宮に呼ばれる度に白い目で見られ、誰からも相手にされない自分たちを気づかってくれたのは、紛れもない事実。
「僕がrebirthへ発つ時も、こっそり見送りに来てくれて」
生まれて初めて、故郷以外の場所へと出向いていく弟を心配してのことだった。
「僕は──」
アリの脳裏には、いつかの記憶が浮かんだ。
──シンファ様、あまり呪われた子に近寄りまするな
──魔女なんぞに話しかけたら、どうなることやら……
国王の取り巻き連中が、そう忠告していたのを偶然耳にしたことがあった。
──どうなるというのだ?
──国王様のように呪われて病に伏せってしまいますぞ
──それなら心配ご無用。私はもともと病弱の身、これ以上何かあるわけでもあるまい。それに父上の病は呪いでも何でもない。贅沢が度を越して、それが身体を蝕んだだけ
いずれそうなる運命だったにすぎない、そう淡々と話した。そんな彼に取り巻き連中は、国王に対して何という物言いだと激怒した。
──たかが家臣の分際で、第2王子である私に偉そうに説教するのは止めて頂きたい
──そ、そんな説教だなんて……
──私たちは、ただシンファ様が心配で……
普段、滅多に怒らないシンファの怒りを買ってしまったと、慌てて取り繕うが成す術もなく、怯む家臣たちに鋭い眼光を放つ。
──それから、第7王子とその母君に対しても、貴方たち家臣がどうこう言える立場にないということは、しっかりと覚えておいて欲しい
アリの母は国王の側室であり、彼は自分の腹違いの弟。
──ご自身たちの立場を忘れるな
そう強い口調で責め立て、その場を後にした。
──ふん! 国王になれない出来損ないが偉そうに
──だからこそ魔女や呪われた子と気が合うのだろう
悔しかった……そして情けなかった。シンファこそ王になるべく男なのに、それすら反論出来ない自分が。
「内政のことは正直よく分からないし、僕が口に出せる話題でもない。けど……シンファ様が次の国王だったら、ザイア王国の民たちの未来は明るいものになるから」
そう遠くない未来に思いを馳せるアリ。
「……そこに僕はいなくても」
シンファの為なら……と、これから先何が起こりうるかを予知しているような、そんな口ぶりだった。
「アリさん……」
「あ、ごめんなさい。こんな話し……犬飼さんには、つまらないよね?」
(もしかして、力が……)
「友達ってモノがいなかったから、何話していいか……」
自分のことばかりで申し訳ない。もっと犬飼の話しを聞きたかったのに──。
「……時間切れだ」
「え?」
アリがドアを指差したと同時に、扉の向こうから声が聞こえた。どうやらラジュルが戻ってきたらしい。
「犬飼殿、私の我が儘に付き合ってくれて、ありがとうございました……とても楽しかったです」
我が儘らしい我が儘なんて一つもなかった。礼を言われるほどのことをしたとは思わない。
「……こちらこそ、王子」
ガチャリとドアが開いた。ただ絵を描くことが好きな優しい青年の表情が、第7王子の顔へと戻った瞬間に。
長男のアムールは、良くも悪くも人間臭い男だった。華やかなものを好み、傍らにはいつも美しい女を侍らせた。地位や身分の低い者は平気で見下したし、他国のお偉方が王国へ来ると、いの一番にご機嫌とりをしていた。
そんな兄を毛嫌いしていたのが、三男のマリク。世界情勢が日々変わりつつあるのに、来る日も来る日も堕落した生活を送る兄、皇太子でありながら他国に媚を売る姿を、日頃から苦々しく思っていた。
──アムールが王になれば、ザイア王国は誇りと尊厳を無くし破滅する
それまで会話らしい会話をしたことがなかったアリに、マリクはそう言った。
──俺はアムールとは違う。母は違えどアリの事は国王の血を分けあった兄弟だと、そう思っている
だから手を貸して欲しい。何とも都合のいい話。しかし、アリには断る選択肢はない。それに彼は少しだけ期待していた。本当にマリクは、自分を弟だと思ってくれているのかもしれないと。
「バカですよね、そんなわけないのに」
アリが国を発つ時、その見送りにマリクは現れなかった。姿を見せれば、マリクの思惑がアムール側に知れてしまうから。
(でも、どのみち第1王子には知られるんじゃないか?)
国を出ることを禁じられているアリが、外交に出たなんて話、皇太子であるアムールの耳に入らないわけがない。
(それでも何の騒ぎにもなってないってことは、向こうは向こうで、何か仕掛けているんだろうか)
嫌な胸騒ぎがした。
「ラジュルさんはアリさんの側近なの?」
言い知れぬ予感を抱いた犬飼の頭には、仏頂面の男が浮かんだ。
「いや、今はマリク様の側近だよ」
「今は? なら前は?」
「アムール様の。もともとラジュルさんはシンファ様の側近だったんだけど、お兄様が病に罹られ王家の仕事が出来なくなったのを境に、アムール様の所へ移ったんだって」
優秀だったラジュルを皇太子の側近に。国王は常日頃そう言っていた。しかし、真面目なラジュルが自堕落な生活を送る皇太子と合うわけがなく、一年もしない内にマリクの所へと追いやられた。
「マリク様とは馬が合ったみたいで、それ以降ずっと側近をしてるんだ」
『富国強兵』信念にして成すべきモノ。実にマリクらしい。
(アムール王子とも繋がりがあるのか……)
今得た情報を後で狼子に伝えよう。もしかしたら何かの役に立つかもしれないから。
「アリさんはシンファ王子とは仲がいいの?」
お兄様、三人の中で一人だけそう呼んだ。
「シンファ様は、唯一僕ら母子に普通に接してくれて……」
仲が良いわけではない。アリの屋敷に一度だって遊びに来たこともない。それは第2王子自身が病弱で外出しないということもあるが。けれども王宮に呼ばれる度に白い目で見られ、誰からも相手にされない自分たちを気づかってくれたのは、紛れもない事実。
「僕がrebirthへ発つ時も、こっそり見送りに来てくれて」
生まれて初めて、故郷以外の場所へと出向いていく弟を心配してのことだった。
「僕は──」
アリの脳裏には、いつかの記憶が浮かんだ。
──シンファ様、あまり呪われた子に近寄りまするな
──魔女なんぞに話しかけたら、どうなることやら……
国王の取り巻き連中が、そう忠告していたのを偶然耳にしたことがあった。
──どうなるというのだ?
──国王様のように呪われて病に伏せってしまいますぞ
──それなら心配ご無用。私はもともと病弱の身、これ以上何かあるわけでもあるまい。それに父上の病は呪いでも何でもない。贅沢が度を越して、それが身体を蝕んだだけ
いずれそうなる運命だったにすぎない、そう淡々と話した。そんな彼に取り巻き連中は、国王に対して何という物言いだと激怒した。
──たかが家臣の分際で、第2王子である私に偉そうに説教するのは止めて頂きたい
──そ、そんな説教だなんて……
──私たちは、ただシンファ様が心配で……
普段、滅多に怒らないシンファの怒りを買ってしまったと、慌てて取り繕うが成す術もなく、怯む家臣たちに鋭い眼光を放つ。
──それから、第7王子とその母君に対しても、貴方たち家臣がどうこう言える立場にないということは、しっかりと覚えておいて欲しい
アリの母は国王の側室であり、彼は自分の腹違いの弟。
──ご自身たちの立場を忘れるな
そう強い口調で責め立て、その場を後にした。
──ふん! 国王になれない出来損ないが偉そうに
──だからこそ魔女や呪われた子と気が合うのだろう
悔しかった……そして情けなかった。シンファこそ王になるべく男なのに、それすら反論出来ない自分が。
「内政のことは正直よく分からないし、僕が口に出せる話題でもない。けど……シンファ様が次の国王だったら、ザイア王国の民たちの未来は明るいものになるから」
そう遠くない未来に思いを馳せるアリ。
「……そこに僕はいなくても」
シンファの為なら……と、これから先何が起こりうるかを予知しているような、そんな口ぶりだった。
「アリさん……」
「あ、ごめんなさい。こんな話し……犬飼さんには、つまらないよね?」
(もしかして、力が……)
「友達ってモノがいなかったから、何話していいか……」
自分のことばかりで申し訳ない。もっと犬飼の話しを聞きたかったのに──。
「……時間切れだ」
「え?」
アリがドアを指差したと同時に、扉の向こうから声が聞こえた。どうやらラジュルが戻ってきたらしい。
「犬飼殿、私の我が儘に付き合ってくれて、ありがとうございました……とても楽しかったです」
我が儘らしい我が儘なんて一つもなかった。礼を言われるほどのことをしたとは思わない。
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