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第2章 呪われし者
第7王子
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第一印象は、どこにでもいそうな普通の青年だった。
「この度は、お会いできて光栄です」
時間通りに定期船で島に到着した王子一行を、正門にて出迎える。
「こちらは私の側近である茶木、それから王子の身の回りの世話を担当するのは、この犬飼です 」
狼子が順に紹介していく。自分の名を呼ばれた犬飼は、王子へ深く頭を下げた。
「はじめまして。ザイア王国、第7王子のアリです」
小麦色の肌から白い歯がこぼれる。高級な衣服に身を包んでいても傲慢さの欠片もなく、素朴な印象を与える。アリは優しく微笑みながら、一人一人と握手を交わしていく。
「王子は長旅でお疲れなんだ。挨拶はそこそこに、ホテルへと案内してもらおうか」
アリの側近だろうか、高圧的な物言いをする男。
「ラジュルさん、私は大丈夫ですから」
王子なのに側近に対して、どこかぎこちない。
「気づかずに失礼いたしました。すぐに出発します」
腹を立てるでもなく淡々とした様子の狼子は、茶木に目配せをし後部座席のドアを開けさせた。
「王子、お乗り下さい」
「ありがとうございます」
「窓際は危のうございますので、私めが先に」
黒塗りの長い高級車、ラジュルと呼ばれた男を先頭に、王子と従者2名がそれに乗り込んだ。
「犬飼もご一緒させてもらえ」
何かあったら直ぐに対応できるようにとの指示に頷く。
「王子、かまいませんか?」
「えぇ、どうぞ」
そう尋ねると、快く承諾してくれた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
(き、気まずい……。お忍びっていうから楽しそうな雰囲気を想像してたんだけどな)
無言の車中、誰一人して口を開く者はいない。
(あ、でも茶木さんが言ってな。遊びに来たわけじゃなさそうだって)
今回の目的は恐らく武器の調達。こんな優しそうな青年が……。いずれ彼も、その手で人を殺めるのだろうか。
「……クッ、」
「ん?」
限界だと言わんばかりに吹き出し、クツクツと肩を震わせ笑いだす王子。突然のことに犬飼や従者、隣に座るラジュルまでもが驚きの顔で彼を見た。
「ど、どうかしました?」
「い、え……」
犬飼を見ていたら笑いが込み上げてきたと、目尻の涙を拭いながらアリが言う。
「貴方の表情がくるくると変わるのを見ているとつい……失礼ですね、すみません」
「あ、いえ! 楽しんでいただけたなら」
とりあえず場の空気は和んだ。固い表情だった従者たちの緊張もほぐれている。
「……貴方は、とても優しい人なんでしょうね」
王子は儚く笑った。まるで犬飼の考えていることが分かるかのように。
「rebirthの噂は耳にしていましたが、我が国の大都市にも負けないくらいに発展されていますね」
驚きに満ちた様子で、窓の向こうの景色を眺めている。
「rebirthへは初めてなのですか?」
「……というより、私は国を出ること自体が初めてなのです」
「……そうだったのですか」
「常々いろいろな国を見て回りたいと思っていましたが、なかなか叶うことがなくて。けれども今回、マリク王子にこのようなチャンスを頂き、rebirthへ来られた事は嬉しく思います」
マリクとは第3王子のこと。狼子の読み通り、国きっての武闘派である王子の使いで、後々の戦に備えて西区での武器調達に駆り出されたか。しかし、外交のノウハウも知らない素人のアリに、なぜそんな大役を託したのか。
「アリ王子、貴方様もサリーム王家の一員でいらっしゃるなら、国の内情を知られるような事柄をベラベラと喋りまするな」
いつ本国と隣国が敵同士になってもおかしくないのに。
「それから犬飼殿。国は違えど平民の分際で、アリ王子に軽々しく話しかけないで頂きたい」
ピシャリと叱責される。鋭い眼光で。
「それとも何か? アリ王子が継承権の低い第7王子であらせられるから、軽んじても許されるとでもお思いか?」
「い、いえ! そんな!!」
慌てて否定するが取りつく島なし。誤解されたままでは……と困り果てる犬飼に、助け船を出してくれたのはアリだった。
「ラジュルさん、やめて下さい。元はと言えば、犬飼殿に話しかけたのは私。以後慎みますので、どうかお許しを」
「分かればよいのです。貴方はサリーム王家の一員。名に恥じない行動をして頂かないと」
主の恥となる。ラジュルの厳しい口調に、笑顔だったアリの表情はたちまち曇っていく。せっかく和んだ雰囲気もまた、元に戻ってしまった。
◇
──王子は先に部屋へお戻り下さい
──ラジュルさんは?
──私は本国の方と話しが残っておりますので
無事にホテルへ到着し、本国の役人との会食も終えたアリに、側近は言った。主役の王子そっちのけの態度に犬飼は少し不信感を覚えるが、こんな事は慣れているのだろうか、アリ自身は不満に思うこともなく、言う通りに部屋へと先に戻って行った。
狼子はモニター室へ。茶木は部屋の外から入り口を見張っている。犬飼は安全を確認してから、アリを部屋へと通した。
「先程はラジュルさんが失礼なことを……申し訳ありませんでした」
「いえ! 私の方こそ庇って頂いて、ありがとうございました!」
部屋へ入るなりアリの口から、側近の非礼について詫びられた。
「犬飼殿、敬語は止めて下さい。貴方は私より年上なのですから」
実はこの二人、年齢が一つ違い。
「い、いえ! 滅相もない!」
王子相手にため口など利けるものか。そんなこと彼の側近に聞かれでもしたら、確実に斬り殺される。
「私は王子と言っても名ばかり。普段は庶民と変わりない暮らしをしております」
屋敷は与えられた。生活をするのに十二分な金も。しかし、庶民の出はいつまでたっても庶民のままなのだ。ましてや最下層の人間は。
「どうか今一時、私と友のようにお話しして頂けないでしょうか?」
幼き頃から屋敷に幽閉されたアリには、友と呼べる者は誰もいなかった。ラジュルが戻ってくる間だけで構わないから、そう懇願され犬飼は、戸惑いながらも彼の願いを受け入れた。
「なら、アリさんも堅苦しいのは無しで」
「はい!」
その言葉に本当に嬉しそうな顔して、彼は笑った。
それから犬飼は話した。いつラジュルが戻ってくるかもしれないので、なるべく手短に島に来た経緯を。そして、島に住もうと決めた理由も。
「へぇ……犬飼さんは、警察官を辞めてrebirthに……。寂しくはないの?」
住み慣れた土地を離れて、誰も知らない場所に一人きり。ましてや周りは自分を快く思っていないのに。帰りたいとは思わないのか、アリにそう尋ねられた。
「今は帰りたいとは思わないよ。それにね、少しずつだけど知り合いも出来たし」
雅家に住まう人たちはもちろん、ハイエナやハチドリの顔が頭に浮かぶ。
「いいな……。大変だろうけど、僕も犬飼さんみたいに、知らない土地で過ごしてみたいよ」
「そういえば車の中で言ってたね。いろんな国を回りたいって」
「うん。いろんな国へ行って、そこに住む人々や風景をキャンパスに描いてみたいんだ」
「アリさんは絵を描くのが好きなんだね」
「僕には、絵を描くしかなかったから」
その声色には一抹の寂しさが。
「僕の母さんの家系はね、もともとジプシーをしていたんだ」
ジプシーとは移動型民族のことを指す。世界各地を自由気ままに旅する彼らを、いつしかそう呼ぶようになった。
アリの母方の先祖は代々、国から国へと渡り歩き占いなどで生計を立ててきた。
「うちには不思議な力があってね、未来を占ったり、危険を察知する能力があるんだ」
かなりの確率で当たると、占って欲しい者で列を作るほどの人気だったそうだ。
「じゃあ、アリさんにも?」
「いや、僕にはそんな力はないよ。……きっと父方の血が濃すぎたんだろうね。でも母は凄かったんだって」
歴代の中でも最強の占い師。当然占いで生計を立てて行くものだと誰もが思ったが、彼女はその道をあっさりと捨てて王国に留まった。
「好きな人が出来たんだって」
どうしようもなく好きな人。犬飼は国王のことかと思ったが、それは違った。
「王国に使える兵の一人に恋をしたんだ」
ジプシーに好意的に接する者は少なく、彼らは、どこへ行っても差別的な目で見られることが多かった。アリの母もそう。あれは王国へ入ったばかりの時だった。その日の稼ぎを終え、テントを張った場所への帰り道に、集団の男たちに襲われそうになった。
「その時、一人の男の人が母を助けてくれたんだ」
けして喧嘩は強くない。ボロボロになってでも、男たちから母を守ってくれた優しい人。それまで疎まれることはあっても、助けてくれることなど皆無だったアリの母は、その男の優しさに触れ、また男に惹かれ、ジプシーの道を捨てた。
「それからしばらくして、二人は付き合い始めたらしい」
手も握らぬ硬派な男に、ますます惹かれていく。いつか夫婦になれたら……そんな想いを胸に抱き、その為には安定した職をと、王家に下働きに出る。
それが彼女の悲劇の始まり。
「本当の愛を知り、ジプシーという道を捨てた母は、占い師の力を失ってしまった」
だから見えなかった。自分の未来は。明るいと信じていた希望は、無惨に打ち砕かれる。
「国王に見初められ、断ることもできず、王家へと入った」
そして──。
「僕が産まれ、僕たち母子は、誰の目にも触れない場所で……ふたりぼっちで過ごしてきた」
母が息絶えた、その日まで。
「お母さんが想っていた兵士は?」
彼のその後が気になった。愛する者を奪われた、もう一人の悲劇。
「……母が妾になってすぐ戦地へと送られ、その後、戦死したよ」
敵国の子どもを庇って。どこまでも優しい人だったと、男の訃報を知った時、そっと涙を流したそうだ。
「お母さんが亡くなって、アリさんは屋敷に一人で?」
「うん。呪われた血を外に出すのは禁じられてるから」
王家の者は占い師だった母を魔女と呼んだ。その力で王を誑かしたと。そして、その息子を呪われた子だと忌み嫌った。あの魔女のような恐ろしい力を秘めていると。母が死んでからすぐに、王は病に侵され床に伏せた。たちまち王国では噂が流れた。呪われた血を引くアリの力のせいだと。そんな謂れのない噂が。
その話を聞いて思った。彼はどこか似ていると。呪われた血が脈々と流れてる犬飼に。
「この度は、お会いできて光栄です」
時間通りに定期船で島に到着した王子一行を、正門にて出迎える。
「こちらは私の側近である茶木、それから王子の身の回りの世話を担当するのは、この犬飼です 」
狼子が順に紹介していく。自分の名を呼ばれた犬飼は、王子へ深く頭を下げた。
「はじめまして。ザイア王国、第7王子のアリです」
小麦色の肌から白い歯がこぼれる。高級な衣服に身を包んでいても傲慢さの欠片もなく、素朴な印象を与える。アリは優しく微笑みながら、一人一人と握手を交わしていく。
「王子は長旅でお疲れなんだ。挨拶はそこそこに、ホテルへと案内してもらおうか」
アリの側近だろうか、高圧的な物言いをする男。
「ラジュルさん、私は大丈夫ですから」
王子なのに側近に対して、どこかぎこちない。
「気づかずに失礼いたしました。すぐに出発します」
腹を立てるでもなく淡々とした様子の狼子は、茶木に目配せをし後部座席のドアを開けさせた。
「王子、お乗り下さい」
「ありがとうございます」
「窓際は危のうございますので、私めが先に」
黒塗りの長い高級車、ラジュルと呼ばれた男を先頭に、王子と従者2名がそれに乗り込んだ。
「犬飼もご一緒させてもらえ」
何かあったら直ぐに対応できるようにとの指示に頷く。
「王子、かまいませんか?」
「えぇ、どうぞ」
そう尋ねると、快く承諾してくれた。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
(き、気まずい……。お忍びっていうから楽しそうな雰囲気を想像してたんだけどな)
無言の車中、誰一人して口を開く者はいない。
(あ、でも茶木さんが言ってな。遊びに来たわけじゃなさそうだって)
今回の目的は恐らく武器の調達。こんな優しそうな青年が……。いずれ彼も、その手で人を殺めるのだろうか。
「……クッ、」
「ん?」
限界だと言わんばかりに吹き出し、クツクツと肩を震わせ笑いだす王子。突然のことに犬飼や従者、隣に座るラジュルまでもが驚きの顔で彼を見た。
「ど、どうかしました?」
「い、え……」
犬飼を見ていたら笑いが込み上げてきたと、目尻の涙を拭いながらアリが言う。
「貴方の表情がくるくると変わるのを見ているとつい……失礼ですね、すみません」
「あ、いえ! 楽しんでいただけたなら」
とりあえず場の空気は和んだ。固い表情だった従者たちの緊張もほぐれている。
「……貴方は、とても優しい人なんでしょうね」
王子は儚く笑った。まるで犬飼の考えていることが分かるかのように。
「rebirthの噂は耳にしていましたが、我が国の大都市にも負けないくらいに発展されていますね」
驚きに満ちた様子で、窓の向こうの景色を眺めている。
「rebirthへは初めてなのですか?」
「……というより、私は国を出ること自体が初めてなのです」
「……そうだったのですか」
「常々いろいろな国を見て回りたいと思っていましたが、なかなか叶うことがなくて。けれども今回、マリク王子にこのようなチャンスを頂き、rebirthへ来られた事は嬉しく思います」
マリクとは第3王子のこと。狼子の読み通り、国きっての武闘派である王子の使いで、後々の戦に備えて西区での武器調達に駆り出されたか。しかし、外交のノウハウも知らない素人のアリに、なぜそんな大役を託したのか。
「アリ王子、貴方様もサリーム王家の一員でいらっしゃるなら、国の内情を知られるような事柄をベラベラと喋りまするな」
いつ本国と隣国が敵同士になってもおかしくないのに。
「それから犬飼殿。国は違えど平民の分際で、アリ王子に軽々しく話しかけないで頂きたい」
ピシャリと叱責される。鋭い眼光で。
「それとも何か? アリ王子が継承権の低い第7王子であらせられるから、軽んじても許されるとでもお思いか?」
「い、いえ! そんな!!」
慌てて否定するが取りつく島なし。誤解されたままでは……と困り果てる犬飼に、助け船を出してくれたのはアリだった。
「ラジュルさん、やめて下さい。元はと言えば、犬飼殿に話しかけたのは私。以後慎みますので、どうかお許しを」
「分かればよいのです。貴方はサリーム王家の一員。名に恥じない行動をして頂かないと」
主の恥となる。ラジュルの厳しい口調に、笑顔だったアリの表情はたちまち曇っていく。せっかく和んだ雰囲気もまた、元に戻ってしまった。
◇
──王子は先に部屋へお戻り下さい
──ラジュルさんは?
──私は本国の方と話しが残っておりますので
無事にホテルへ到着し、本国の役人との会食も終えたアリに、側近は言った。主役の王子そっちのけの態度に犬飼は少し不信感を覚えるが、こんな事は慣れているのだろうか、アリ自身は不満に思うこともなく、言う通りに部屋へと先に戻って行った。
狼子はモニター室へ。茶木は部屋の外から入り口を見張っている。犬飼は安全を確認してから、アリを部屋へと通した。
「先程はラジュルさんが失礼なことを……申し訳ありませんでした」
「いえ! 私の方こそ庇って頂いて、ありがとうございました!」
部屋へ入るなりアリの口から、側近の非礼について詫びられた。
「犬飼殿、敬語は止めて下さい。貴方は私より年上なのですから」
実はこの二人、年齢が一つ違い。
「い、いえ! 滅相もない!」
王子相手にため口など利けるものか。そんなこと彼の側近に聞かれでもしたら、確実に斬り殺される。
「私は王子と言っても名ばかり。普段は庶民と変わりない暮らしをしております」
屋敷は与えられた。生活をするのに十二分な金も。しかし、庶民の出はいつまでたっても庶民のままなのだ。ましてや最下層の人間は。
「どうか今一時、私と友のようにお話しして頂けないでしょうか?」
幼き頃から屋敷に幽閉されたアリには、友と呼べる者は誰もいなかった。ラジュルが戻ってくる間だけで構わないから、そう懇願され犬飼は、戸惑いながらも彼の願いを受け入れた。
「なら、アリさんも堅苦しいのは無しで」
「はい!」
その言葉に本当に嬉しそうな顔して、彼は笑った。
それから犬飼は話した。いつラジュルが戻ってくるかもしれないので、なるべく手短に島に来た経緯を。そして、島に住もうと決めた理由も。
「へぇ……犬飼さんは、警察官を辞めてrebirthに……。寂しくはないの?」
住み慣れた土地を離れて、誰も知らない場所に一人きり。ましてや周りは自分を快く思っていないのに。帰りたいとは思わないのか、アリにそう尋ねられた。
「今は帰りたいとは思わないよ。それにね、少しずつだけど知り合いも出来たし」
雅家に住まう人たちはもちろん、ハイエナやハチドリの顔が頭に浮かぶ。
「いいな……。大変だろうけど、僕も犬飼さんみたいに、知らない土地で過ごしてみたいよ」
「そういえば車の中で言ってたね。いろんな国を回りたいって」
「うん。いろんな国へ行って、そこに住む人々や風景をキャンパスに描いてみたいんだ」
「アリさんは絵を描くのが好きなんだね」
「僕には、絵を描くしかなかったから」
その声色には一抹の寂しさが。
「僕の母さんの家系はね、もともとジプシーをしていたんだ」
ジプシーとは移動型民族のことを指す。世界各地を自由気ままに旅する彼らを、いつしかそう呼ぶようになった。
アリの母方の先祖は代々、国から国へと渡り歩き占いなどで生計を立ててきた。
「うちには不思議な力があってね、未来を占ったり、危険を察知する能力があるんだ」
かなりの確率で当たると、占って欲しい者で列を作るほどの人気だったそうだ。
「じゃあ、アリさんにも?」
「いや、僕にはそんな力はないよ。……きっと父方の血が濃すぎたんだろうね。でも母は凄かったんだって」
歴代の中でも最強の占い師。当然占いで生計を立てて行くものだと誰もが思ったが、彼女はその道をあっさりと捨てて王国に留まった。
「好きな人が出来たんだって」
どうしようもなく好きな人。犬飼は国王のことかと思ったが、それは違った。
「王国に使える兵の一人に恋をしたんだ」
ジプシーに好意的に接する者は少なく、彼らは、どこへ行っても差別的な目で見られることが多かった。アリの母もそう。あれは王国へ入ったばかりの時だった。その日の稼ぎを終え、テントを張った場所への帰り道に、集団の男たちに襲われそうになった。
「その時、一人の男の人が母を助けてくれたんだ」
けして喧嘩は強くない。ボロボロになってでも、男たちから母を守ってくれた優しい人。それまで疎まれることはあっても、助けてくれることなど皆無だったアリの母は、その男の優しさに触れ、また男に惹かれ、ジプシーの道を捨てた。
「それからしばらくして、二人は付き合い始めたらしい」
手も握らぬ硬派な男に、ますます惹かれていく。いつか夫婦になれたら……そんな想いを胸に抱き、その為には安定した職をと、王家に下働きに出る。
それが彼女の悲劇の始まり。
「本当の愛を知り、ジプシーという道を捨てた母は、占い師の力を失ってしまった」
だから見えなかった。自分の未来は。明るいと信じていた希望は、無惨に打ち砕かれる。
「国王に見初められ、断ることもできず、王家へと入った」
そして──。
「僕が産まれ、僕たち母子は、誰の目にも触れない場所で……ふたりぼっちで過ごしてきた」
母が息絶えた、その日まで。
「お母さんが想っていた兵士は?」
彼のその後が気になった。愛する者を奪われた、もう一人の悲劇。
「……母が妾になってすぐ戦地へと送られ、その後、戦死したよ」
敵国の子どもを庇って。どこまでも優しい人だったと、男の訃報を知った時、そっと涙を流したそうだ。
「お母さんが亡くなって、アリさんは屋敷に一人で?」
「うん。呪われた血を外に出すのは禁じられてるから」
王家の者は占い師だった母を魔女と呼んだ。その力で王を誑かしたと。そして、その息子を呪われた子だと忌み嫌った。あの魔女のような恐ろしい力を秘めていると。母が死んでからすぐに、王は病に侵され床に伏せた。たちまち王国では噂が流れた。呪われた血を引くアリの力のせいだと。そんな謂れのない噂が。
その話を聞いて思った。彼はどこか似ていると。呪われた血が脈々と流れてる犬飼に。
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