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第2章 呪われし者

Stray kitten 2

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 いつから本国の歴史に関与し、裏で暗躍していたのかは誰も知らない。気がつけば、雅家かれらは必ずそこにいた。
 優れた能力を持つ者は、誰からも憧れの眼差しで見られるが、同時に妬みの対象ともなる。闇の象徴であるにも拘わらず、表舞台に立つ人間よりも、輝いている雅家かれらを、政府は恐れ葬り去ろうと決めた。

「政府はrebirthここに移民たちを送ると決めた時、ある噂を流した」

 内乱へと発展した争いを後ろで操っていたのは雅家だと、そう移民かれらに吹き込んだ。

「奴らの家が島の中央にある理由を知ってるか?」

「島全体を監視するため……だと思ってましたが、」

 でもそれは正解じゃない。ハイエナの口ぶりが示している。

「本当は雅家かれらを逃がさないようにするためだったんですね」

 まさに四面楚歌。政府の嘘偽りで、移民たちの怒りの矛先にされた雅家に、大勢の刺客たち。

(奇襲攻撃に備える為の……ダミーの部屋)

 戦では、大将の首を敵側に取られれば敗けが確定する。当主がどの部屋に住んでいるのか、一目では分からせないために作られた部屋の数々。茶木の言葉をようやく理解できた。

「確かに移民の中にも過激な犯罪者はいた。けど多くの人はただの巻き添えだ。本国側から見てる住人やつらに、ただの更正施設だと思わせるための」

 これで必要ない者たちを一掃できると、共倒れを願った政府の思惑は外れる。

「他心通や天眼通、人の心を操るのはもちろん、それら以上にという力が、雅家当主には備わっていた」

 それは、善も悪も巻き込む力。王たる者の資質に皆が魅力されていく。やがて命を狙っていた者らも、神のような存在に平伏し、祭り上げるようになる。
 それこそが政府の誤算。

「今でも雅家あいつらに反発する者はいるけど、みんな心の底じゃ認めてるんだよ」

 対等以上の力を持ちながら、それを活かさず、自分たちを捨てた政府に協力する彼らを見ていると、歯がゆくて仕方ない。

「ま、愛情の裏返しってやつかな」

「なるほど……だから、ハイエナくんも狼子さんに突っかかって行くんだね。『好きだからこそ意地悪したくなる』みたいな?」

 納得だと頷く。ハイエナの態度は前々から怪しいと思っていた。

「なっ!? ば、ばかやろー!! だ、誰があんなゴリラ女!!」

「そっか……僕たち恋敵ライバルか……」

「おい! 話し聞けよ!?」

 あらぬ方向に話が飛び火し、激しく動揺する。

「ハイエナくん、負けないからね」

「だから違うって!!」

 どんなに否定しようとも、犬飼の耳に届くことはなかった。

「……パ」

「ん?」
「あ?」

 何かを呟いたと思ったら、それまでぐっすりと眠っていたキティが目を覚まし、勢いよく起き上がる。

「……やっと見つけたよ、子猫キティ

 次いで声が聞こえ、犬飼とハイエナは同時に後ろを振り返ったら、入り口に男が立っていた。

(……気づかなかった)

 気配が感じられなかった。茶木や右近の時と同じように。ただ彼らとは明らかに違う。その違和感が何かは分からないが。

「──パパ!」

「一人でいなくなるなんて……すごく心配したんだからね」

 長身でやせ形、黒い長髪を後ろで束ねた男は、その場にしゃがむとキティを抱き留める。

「ゴメンナサイ……どうしてもパパに逢いたくて」

 叱られたと思ったのか、しょんぼりと肩を落とす。そんな彼女の髪を男は、確かめるように優しく撫でて、無事でよかったと一層強く抱きしめた。

「あの、もしかして……?」

「あ、この度は……ご迷惑をおかけしました。私はキティの父親で斑目と申します」

 そう言って男が名刺を取り出す。受け取ったそれには、斑目まだらめ 相柳そうりゅうと書かれていた。

「……政府関係者の方ですか、研究所に勤めていらっしゃるんですね」

「えぇ、主にウイルスやDNAの研究をしています」

「よく彼女の居場所が分かりましたね」

「路地裏に貼ってあった紙を見ました。それにここだと書いてあったので、車で飛んできました」

rebirthここには観光で?」

 犬飼たちの間を割って、珍しくハイエナが質問をする。

「いえ、仕事の関係で」

「こんな小さい子を連れて?」

「本来なら置いてくるべきなんですが……妻には先立たれ、いつも面倒を見てもらっているシッターさんが急に病気になり、仕方なく……」

「そうですか、そりゃ大変ですね」

「……えぇ、本当に」

 ハイエナは探るように斑目をジッと見た。彼の直感が、目の前の男は胡散臭く感じると知らせる。キティの態度が男は父親だとはっきり示しているので、それに偽りはないだろうが。ニッコリと笑っているのか、それとも元々そんな顔なのか、その目の奥の感情を読み取ることができない。

「何かお礼をしなければならないのですが、あいにく時間が。まだ一つやらなければならない仕事が残っていまして……」

「そんな! お礼なんて!」

「いいえ、大事な娘を助けて下さったお礼をさせて貰えないと、私の気がすみません。今度またrebirthここへ来る用がありますので、その時は必ず寄せてもらいます」

「お礼は本当に結構です、キティちゃんと二人で遊びに来て下さったら」

「あの、貴方の名前は?」

「犬飼です。この店の下の階で何でも屋をやってます」

「……犬飼さん、そうですか」

 斑目が手を差し出す。感謝と別れ、両方を兼ねて。

「本当にありがとうございました」

「……いいえ」

 触れたその手は酷く冷たかった。まるで死人のように。

「キティ、お兄さんたちに挨拶を」

「いぬのお兄ちゃんと小さいお兄ちゃん、サヨナラ!」

「バイバイ、また遊びに来てね」

「このガキ!? 誰がチビだ!!」

 右手で手を振り左手で怒るハイエナを制しながら、斑目とキティの背中を見送った。

「けっ、可愛げのないガキ……まるでゴリラ女みてーだぜ」

「あ、ハイエナくんも思った? 顔はそんなに似てないんだけど、なんか雰囲気が狼子さんみたいだったよね」

「そんなことより気をつけろよ? あの斑目って男、ただ者じゃねーぞ」

 音もなく気配も感じさせず、気がつけばそこにいる。まるで蛇みたいに。

「あの野郎、rebirthここの人間じゃねーのに俺の店知ってたな」

 と斑目は言った。華やかな表通りとは全く違う人気のない裏通りは、本国のお偉方は無縁の場所。ましてや店に看板はない。誰にも尋ねずここにたどり着けるなんて、まずあり得ない。

「薄気味悪ぃ……」

 ハイエナが溢した言葉にピンときた。さっきの違和感の正体、それこそが茶木や右近と違った理由だと、犬飼は思った。






















「えぇ……貴方の紹介のおかげで、いい臓器パーツが手に入りました」

 ビルを出て、先にキティを車に乗せた斑目は、どこかへ電話をかけていた。

「いいえ、まだバラしてはいません。鮮度が大事ですから。つきましては一体持ち帰りますので、検査が通るように裏で手を回していただけたら有難いんですが」

 トランクの中には自由を奪われた名も無き本体ボディが。窓越しに手を振ってくるキティに微笑み返す。

「そうですか……感謝します。あ、それと申請した人数は3人でしたが、帰りは2人になりますので訂正しといて下さい。……はい、殺しましたよ? 理由? 愚図の役立たずだからですよ」

 子ども一人監視するという簡単な任務すら出来ない者は、自分の部下には必要ない。今ごろは穴の中でパーツとして、誰かの役に立っていることだろう。

(ま、キティは普通とは違うんだけどね)

 それでは……と、電話を終え運転席へと乗り込む。

「待たせたね。さぁ、行こう」

「……パパ? 運転してたお兄ちゃんは?」

 無垢な顔をしたキティが尋ねる。

「急にお腹が痛くなってね、先に帰って行ったよ」
 
 自分のせいで死んだとも気付かずに。

「ふ~ん、そっか」

「それよりキティ。どうしてあんな路地裏に? お前ならパパの匂いを辿れば、居場所を探せただろう?」

「最初はパパの匂いを追ってたの」

 でも……と、続ける。

「あの道の向こうからママの匂いがしたの!」

「……ママの?」

「うん! それでね、そこに走って行ったら、あの犬のお兄ちゃんにぶつかったの!」

 犬飼から死んだ母親の匂いがした、キティは嬉しそうに語る。そんな娘とは対照的に、斑目ちちおやの目は鋭くなりハンドルを持つ手には強い力が──。

「……パパ? どうしたの? 怒ってるの?」

「いいや、怒ってないよ」

 子猫キティには。隣で心配する彼女の髪を優しく撫でた。

「さ、もう一仕事だ」

「えぇ~! まだ~?」

「すぐに終わるよ。ある物を置いてくるだけだからね。そしたらお舟に乗って本国うちに帰って、パパと遊ぼう」

「うん!」

 斑目は静かに車を発進させた。

(……邪魔者が、また増えた)

 ミラー越しに見えるビルを睨み付けながら。
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