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第2章 呪われし者

Scar

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「副隊長、南フロアの確認終わりました」

「ご苦労さん。今のうちにテキトーに休憩取ってきてくれ。王子が到着するのは6時間後だから」

 またホテルに集合しろと、数人の部下に指示を出し解散する。音もなく消え去った部下たちを見送ると、茶木は上司がいる部屋へと入っていく。

「全フロア終わりましたよ」

 数十台のモニターがズラリと置かれたこの部屋は、全てのホテルの出入口につけられた、超小型高性能監視カメラの映像を映し出していた。

「鹿乃からも連絡が来た。センサーの設置も完了だ」

 銃などの火器を判別する機械センサー。事前に登録した以外の者がホテルへ持ち込んだ場合に、端末を通じてその者の位置情報と共に、狼子たち全員に通知がいく仕組みになっている。

「ホントに狙われてるんすかね?」

 今回、rebirthここを訪れる王子の名はアリ。サリーム王家10人兄弟の7番目。下に3人の弟がいるにも拘わらず、彼の継承権は、その者らよりも無いに等しい。

「どうだろうな、コレを見てみろ」

「ん? なんすかコレ……」

「今回の予定表だとさ。王子側むこうから送られてきた」

 用紙を手に取り眺める。そこには、西区で行われるマフィアの会合へ出席と記されていた。

「なんでまた?」

 遊びに来たなら普通は南区へ行くはずと、眉を潜めた。

「最近クーデターを企てる動きがあるみたいだな。本来なら継承権一位の王子が国王になるはずだが、それを阻止しようとしているのが第三王子が率いる一派らしい」

 民の生活など無視して贅の限りをつくす第一王子が国を担えば、あっという間に崩壊してしまう。

「かと言って、第三王子が国王になっても国はやっぱり崩壊するだろうな」

 力こそが正義。従わなければ容赦なく潰す。国きっての武闘派が国王になれば、近隣諸国との軋轢が増し、戦争へ発展となりかねない。

「どちらに転んでも隣国は終わりだ」

「第二王子はどうしたんです?」

「生まれつき病弱な体で、国王になるのは難しいとさ」

「そりゃ、かわいそうに。……ということは、アリは第三王子の使いってことになるんですかね?」

 先を見据えて西区のマフィアと手を組み、武器の調達に来たのか。

「王子なのに下っぱみたいっすね」

 まるで小間使いのような扱い。しかし、それには理由があった。

「アリの母親は最下層の出身で、宮廷へ下働きに来ていたところを、現国王に見初められ妾になった」

 王家へ嫁ぐ者は皆、神に愛された上級国民でなければならない。汚らわしい庶民の血などで王家を汚すことはあってはならない。アリの母親を妾にと決めた時、誰もがそう反対した。

「だが国王は強行した。それほどまでに愛していたんだろう」

「いいじゃないっすか。身分を越えた真実の愛」

「それなら良かったんだけどな」

 やがて七人目の王子としてアリが生まれるが、その頃には国王の心も移り変わり、また次の妾へ。一度、王家に嫁いだ以上、庶民のような暮らしはさせられないと、王家から遠く離れた別宅へと親子二人は幽閉される。その存在をひた隠しにするように。

「どうやら国王は、真実の愛とやらをいくつも持ち合わせていたらしい」

 兄たちに相手にされなかったアリが、何故今さら王家に関わってくるのかは不明だが。

「それは、あたしたちには関係ない。高い金を出して雇われた以上、雅家うちはただ仕事をするだけだ」

 目的がなんであれrebirthここに危害が及ばなければ、それでよし。

「仕事と言えば……お嬢も優しいところがあるんすね」

 ふと思い出したかのように茶木が言う。

「なんの話しだ」

「またまた~! 犬飼のことっすよ」

 誰にも悟られないようにと明るく振る舞っているが、未だに仕事にありつけず落ち込んでいる犬飼。そんな彼に励ましの意味を込めて、今回の仕事を依頼したことを茶木は知っていた。

「アイツを雇ったのは、万が一に備えてだ。一応アイツも本国じゃ要人警護の担当もしてたしな。それに部隊うちの半分は父さんのところにも警護に充てるから、足りないよりはマシだろ?」

 くしくも明日の夜、同じホテルで本国関係者と雅家での定例会議があり、そちらにも人数を回さなければならない。

「ホントにそれだけっすか~?」

 茶化すような笑みを浮かべるのを見て、

「茶木……妙な勘繰りはよせ。でないと」

死ぬぞ。隣に置いてある黒朝あいぼうへと手を伸ばす。

「じょ、冗談すっよ! すんません! 二度と言いません!」

 照れ隠しが怖すぎる。上司の本気の目に慌てて謝った。

「とにかく! アイツのことは何にもないからな!」

 そう言うと狼子の視線はまた画面へと。いつになくムキになる彼女が愛らしい。犬飼と打ち解けてから少しずつだが、彼女の心や表情に変化が表れていた。

──お、じょ……う、そのか、み

──気にするな、また伸ばす

 遠い昔のこと。狼子はよく笑う明るい女の子だった。だが、そんな彼女から笑顔を奪ったのは他でもない自分。そして彼女の命よりも大切な宝物も。

(……思い出すと痛んでくるぜ)

 茶木は左頬に手を伸ばす。深く長く刻まれた傷跡に。信じていた部下に裏切られ付けられたモノ。

「痛むか?」

 言い方はそっけないが、彼女の目には心配の色が。茶木は首を振った。

「いいえ、大丈夫っす」

 あの時の狼子かのじょの痛みに比べれば。こんなもの

「お嬢、腹減りません?俺たち朝から何も食ってないし」

「そういえば……そうだな」

 鶴見が起きるよりも前に家を出たので、朝食は口にしていない。

「下の階のレストランに、限定マロンパフェがあったんで食いに行きましょ! マロンケーキもありましたよ!」

 女子のように、はしゃぐ部下を呆れた目で見る。

「空きっ腹に甘いものなんて食べれない。……あたしは違うもの頼むからな」

「えぇ~? ならマロンプリンDXは?」

「どれも一緒だろ!」

 ホテルの映像を地下いえからリンクして見ている次兄あにに、少し席を立つとメールして部屋を出る。

「あたし財布持ってきてないから、茶木の奢りな」

「お嬢……俺の薄給事情知ってるでしょ?」

「知らない、てか金の文句は父さんに言え」

 並んで歩く狼子の髪は、当たり前だが、あの日からずいぶんと伸びた。

──す、いま……せっ……お、れ……!

──泣くな、男だろ?……それよりも茶木おまえが無事でよかった

 そう言った狼子もまた泣いていた。後にも先にも彼女の涙を見たのは、あれっきり。

(この人は必ず俺が──)

「ん?」

「鹿乃に連絡してもいいっすか? お嬢と飯食うのに呼ばなきゃ拗ねるから」

「あぁ、いいよ。どのみち金払うの茶木だから」

「お嬢、ホントに手ぶら!?」

「うん。ごちそうさま」

「……ったく、しゃーねーな!」

 命にかえても守ってみせる。それが左頬に刻まれた茶木の誓い。
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