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第5話 大きな迷子と親切な老神

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  私の名前はルシア。夫であるルークとはぐれて迷子になってしまった。


「はぁ……もっと大人しくしてれば良かったわ……」


 平常を装ってはいるが、内心は顔面蒼白している。
旅行の計画は全てルークに任せっぱなしで、地理も何も知らない。

 正直に言えば焦っている。寂しい……悲しい……不安で泣きそう......

 今にも泣き出しそうなほど心細い気持ちを何とか堪えて平常を装っていた。

 オマケにこの観光街。治安維持の為、戦闘行為に使用される可能性のある魔法を抑制する結界が張ってある。


「…………」

「どうした?顔色が悪いぞ?」

「ナンパはお断りします。」


 振り向いた先に立っていたのは、美しい深紅のロングマントと貴族服に身を包む老人だった。

 髪と髭は長いが、とても清潔感があり、落ち着いた雰囲気がある。


「いや。私はナンパではない。」


 私は客観的に見ても美形だ。しかしナンパだと決めつけたのは早計だった。


「そのようですね……申し訳ありません。」


 ただ、この老人。腰が折れていたりする老人ではない。
高級そうな格好をしており、恐らく老神だ……更には圧倒的な風格までも兼ね備えている。


「何か御用でしょうか?」


 ナンパではないのかもしれないが......
かなり怪しいので私は警戒を続けることにした。


「人でも探しているのかね?」

「!?」


 一瞬で見破られた?何かの魔法を使われた?いやそれはない。
ここは魔法禁止&使用困難な観光地。


「なるほど。つまりはぐれたのだな?」

「あなた何者なんですか?」


 只者ではない……私は一瞬驚いたが、ほとんど顔に出さないようにしていた。

 戦闘中に相手に心情を悟られないよう日頃から訓練している。
そう簡単には見破れないはずがない。


「まぁ歳の功ってやつさ。それとね。先程、緑色の髪をして、庶民っぽい格好をした上位神が連れ人を探していてね。」


 間違いない、ルークだ。
圧倒的コミュニケーション能力で色んな人に聞いて回っているのだろう。

 羨ましい......そのコミュ力が欲しい。


「その人で間違いないです。」

「方向音痴らしいね?私が彼の所まで連れていこう。付いて来たまえ。」


 そんなことも言いふらしているのか、あの旦那は!そして私は方向音痴じゃない。


「私は方向音痴ではありません。方向は分かりましたので1人で大丈夫です。」


 そう言って私は老人の歩いてきた方向を歩き出した。


「……逆だが?」


 ......つもりだった。


「……私は方向音痴ではないですが、地理が分からないので着いていきます。」


 変な場所に連れていかないかと心配になったが......このまま1人では精神が持たないので大人しく着いていくことにした。


「おじいさんは何者なんですか?」

「ほぅ?初手からまぁ随分と失礼な質問だなぁ。昔は確かに冒険者をやっていたよ。」


 これまでの経験から表情を読み取ったが、嘘をついている様子は無い。


「……さぞお強くて御有名だったのでしょうね。」


 これくらいの実力者なのだから恐らくハッキングをかけて、データベースを洗い出せば出てくるだろう。私はまだ警戒を解いていない。


「強かったか......うーむ。何とも言い難いな。冒険者としては無名だった。グランドギルドマスターと縁があってね。登録だけさせてもらっていたのだよ。」

「何か苦戦したり、強かったと思った相手の話はありますか?」


 噂話や伝説などが残っていたり、公的な記録として戦闘記録があれば身元を割り出せる。そう思い、かまをかけていたのだが……


「随分と警戒しているようだね。冒険者以外にはそれなりに遊んだが......どこにも苦戦するほどの相手はいなかった。幸運にもね。いや1つあるか?悩ましいな。」


 何ともうまく躱されてしまった。
流石に初対面の人にこれ以上、問詰めるのは失礼にあたる。


「それは幸運ですね。私はあなたよりも若いですが......何度か死にかけました。」

「それは災難だ。生前も含め大変だったのだろうね。」


 そうこうしているうちに、ルークが近くにいる気配を感じ取った。
恐らく彼も同じように感じているだろう。

 私たちは少し特殊な特性を持っており、近くにいれば大体お互いの場所を察知できる。

 また、どちらかが死に至るほどの大きな怪我を負えば、たとえどんなに離れていてもその感覚で居場所が分かる。

 意識を集中させれば、お互いの思考や感情もある程度読み取ることが可能なのだ。この世界でそれは片割れと呼ばれている。


「疑って申し訳ありません。本当に善意だったのですね……」

「気にする必要はない。」


 私は善意で助けてくれた老神に申し訳ない気持ちになった。


「いえ。それでもやはり謝罪をさせて頂きます。申し訳ありません。」

「私も君が迷子だと知っていて声を掛けたからね。それはそうと……彼は何か大きな志を持っているようだね。」


 確かにルークには次代の全神王になるという大きな野心がある。
鋭い眼力の年寄というのは、どこの文明であっても本質を見抜いてくる。

 そもそもの話、神々はどれだけ歳を取ろうとも、見た目の変化が極めて少ない種族だ。
 この見た目が幻でないのなら、いったいどれ程の歳月を生きてきたのだろうか。


「それも歳の功でしょうか?」

「そうだね。勘というより予測という方が正しいがな。最近ズレが出始めているから何とも信憑性には欠ける。歳だな。」


 何とも煮え切らない回答だったが、長らく生きてきた中で何か思うところがあるのだろう。


「ちなみに私は幻惑魔法こそ使っていないが少々見た目を変えている。」

「!?」


 確かに魔法や魔術の類を使っている気配はない。


「私たちは見た目が老いることは全くないからね。当然、君達よりは遥かにジジィだがな?」


 この都市では治安維持の為、使用が許可されている魔術か、使用申請に通った魔術しか使ってはいけない事になっている。


「骨格……改造?ですか?」

「まぁそんな所だ。それにしても上位神にしては随分多くの魔術と魔法を覚えているようだが?不当に評価されているのかい?」

「不当ではありません。夫の方針で隠しているんです。夫は呪術や神聖術も使えます。魔術や魔法の習得数は私が少し上ですが、練度はルークが上です!」


 私はついつい嬉しくなって自分の旦那の自慢をしてしまった。
しかし老神は優しく聞いてくれた。


「ほう?素晴らしい。それだけ多彩な能力を持つ神は最上位神にもそういない。魔道神ソロモンのようだ。」

「おじいさんは魔法や魔術を使えるのですか?」


 これだけの実力者だ。膨大な量の魔法を使えてもおかしくは無い。
 私は段々とおじいさんへの警戒心を解いていき、色々質問したくなってきた。


「私は滅多に使わないね。」

「そうなのですね。年老いて引退していても、それだけの身のこなしをお持ちですもんね。」


 先程から見ているが、歩き方や息遣い一つとっても、とてつもなく洗練されている。

 少なくとも、今の私とルークでは、たとえ切り札を使ったとしても、この武の領域には至れないだろう。

 そうこうしているうちにルークを更に近くに感じ取った。
人が多く視界は良くないが、もうすぐそこにいるという事が分かる。


「そろそろ会えそうだ。もう君だけでも大丈夫だろう。」

「最後にお名前を伺ってもよろしいでしょうか?申し遅れましたが、私はルシア。ルシア・ゼレトルスです。」


 後々恩返しもしたい。名前は知っていた方が良いだろう。


「ヴェルテクスだ。知り合いからの愛称はおじいちゃんだ。好きに呼びたまえ。」

「ヴェルさん。今日は本当にありがとうございました。また会う機会がありましたら是非お礼を致します。」

「気にするな。でははぐれないよう宿に向かいたまえ。そうだ、困ったらあそこに見える巨大な樹光を目指して進みなさい。あそこは安全だ。」


 そう言うと親切なヴェルさんは立ち去っていった。
ヴェルさん消えるように人に紛れたのか、私はすぐに見失ってしまった。

 とても親切な方だった。身のこなしと発言から、恐らくは魔剣士や魔拳士特化の戦闘スタイルで戦ってきたのだろう。

 そして入れ替わるようにルークが私を見つけて駆け寄ってきた。


「やっと見つけた……どんだけ遠くに行ってたんだよ……」

「片割れの感性鋭くして見つけてくれれば良かったじゃない......」



 私は緊張の糸がほぐれて泣きそうになっていた。


「もし片割れだって誰かにバレたら、色々不味いだろ?」

「よっぽどな人じゃなきゃ分かんないもん......」


 そんなのを感じ取れる強者がこんな所にホイホイいるわけがない。こういう所、ルークは慎重すぎる。


「な……泣くなって。ごめんよ目を離して。」

「泣いて、ない......」

 結局涙を堪えることはできなかった。
普段私は全神王を目指すルークが周囲から舐められないよう、少し口調を変えている。

 しかし押し寄せる安心感の前に、もう口調を変える余裕はなかった。


「とりあえず宿屋に行こうか……」

「うん。」


 もしまた迷子になったら本当に心が持たないので、恥も外聞も捨てて私はルークの腕に両手でしがみついた。


「よし、今日はもう休もう。明日は迷子にならない1日にしようね。」

「ぅん。」


 ルークの優しい声に、私は心が安らいだ。

 そして、宿へと向かう道すがら、再びバルキレフの美しい夜景を眺めながら、明日の計画について話し合った。


「明日はどこに行きたい?」

「えーと……あの滝の近くの温泉に行きたい。あと......お土産もっと買いたいし、美味しい物ももっと食べる。」

「そっかー、温泉か。僕も楽しみだよ。お土産もたくさん買おうね。」

「買ぅ。」


 完全に子ども扱いされている。
しかし悪い気分はしない。今はとにかく甘えたい。

 そして宿へと向かい、楽しい一日の終わりを迎える。
明日への期待と共に、静かな夜が訪れた。

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