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42.婚約者編⑥

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しばらくして、東郷が到着した。

パーティーが始まる。

といっても、ごく小規模のホームパーティーだ。

「斗真君は、紗奈に招待されたのか」

「はい」

「秘書ですから。わたしの誕生日を祝う義務がありますわ」

「婚約者だからじゃないの?」

一家そろっての食事のように穏やかなムードに、斗真もリラックスしていた。

「このケーキ、どうかな?作ったのはマリーだけど、ボクがデコレーションしたんだよ」

「えぇ、ありがとう、大翔。とても素敵よ」

大翔のことになると、紗奈は素直に褒める。

斗真もそこは気になった。

食事がすんで一息ついたところで、東郷が口を開く。

「この機会だ。お前たちに話しておく」

「どうしたの?父さん」

「再婚でも?」

大翔と紗奈がそれぞれ父を向き直る。

「東郷の、今後の方針についてだ」

その言葉で、2人の背筋が少しだけ伸びた。

「これからは、……協会の廃絶を、最も重要な案件として考えたい」

「それは同意見ですわ、お父様」

紗奈がすぐに同意した。

「ボクは何とも言えないけど……、東郷家と協会の仲の悪さは昔からだから、仕方ないね」

紗奈が目を覚ましたことで、大翔が東郷家の人間として立つという話も消えている。

だから大翔もそう頷いたのだが、

「大翔、これは大翔にも無関係ではない」

「……え?」

「近々、大翔の存在を公表したいと思っている」

その言葉には、斗真も驚いた。

「お父様……」

「紗奈、言いたいことはわかるが、今だからこそだ」

驚いた紗奈に、東郷はそう答えた。

「……紗奈」

斗真が隣の席にいる紗奈に助けを求める。

「わからないの?斗真。大翔は今、超能力者ではないのよ。この街の居住権もない。この状態で公表すれば、東郷家に英雄以外の人間がいたって騒がれて……」

なるほど、言いたいことはわかった。

「大翔には、時間操作能力を持ってほしい」

「……!」

斗真がどきっとした。

今この街でその超能力を持っているのは、斗真だけのはずだ。

「確かに、時間操作は英雄しか持てない超能力です。しかしそれは、長谷川分家のものであって……」

「さまざまな憶測が飛び交うだろうが、それはあくまで一般人の推測だ。真実にたどり着くことはない」

斗真がその超能力を大翔に譲ったとして、それを誰も疑うことはないのだ。

「それに、東郷家も昔は長谷川分家と近い親戚だったこともある」

確かに、澤山家と婚姻関係を結ぶくらいだ。

リンの家、長谷川家との婚姻関係があっても、おかしくはない。

「大翔は、身体を強くするまで、家の中だけでできる仕事をまわす。そうなると、外での仕事は……」

「わたしたちが引き受けることになりますね。それはかまいません。ねぇ、斗真?」

「あ、あぁ、まぁ」

反対する気などない。

東郷紗奈の婚約者として、いずれは夫として、彼女をそばで支え続けていく。

「学園のことは、わたしの部下たちがうまく回してくれますわ。お父様直属の方もいらっしゃるようですし」

「……気づいていたか」

「随分前に」

どういうことなのか。

斗真の疑問は、

「ん?どういうこと?」

大翔が言葉にしてくれた。

「東郷家ではなく、お父様にのみ忠誠を誓った家があるのよ」

「父さんだけに?すごいね!」

今までの東郷家に絶対を誓っていない家が、東郷明彦には従いたいと思ったのだから、すごいことだ。

それは斗真にもわかった。

「お父様、本題に戻りますが、協会を廃絶するとなると、黒滝家はどうしますか?」

「……流れによるだろうな」

「わかりました」

「協会は廃止しやすいと思います。ほとんどの人間は知らないので」

確か知っていたのは、特権階級だけだったはず。

協会の中には貴族階級以上がいるが、それ以外の貴族階級は知らないことになっている。

「斗真にも協力してもらうわよ」

「あぁ、もちろんだ」

今の話のほとんどを、斗真は理解していなかったが、一応頷いておく。

「姉さんは、本当に斗真さんがお気に入りだね」

「……そうじゃないわ。秘書なんだから、こき使うのは当然でしょう」

「秘書だから、じゃなくて、婚約者だから、でしょう?」

大翔がからかった瞬間に、紗奈の顔が朱に染まる。

「ほら!」

「ち、違うわよ!」

中のいい姉弟喧嘩を見ていると、

「斗真君」

東郷に話しかけられた。

「こんな娘だが、自慢の娘なんだ」

「……はい」

当然伝わっている。

この人は、意外と親ばかだ。

「君に迷惑をかけることも多々あるだろうな」

「気にしません」

その言葉を聞いて、東郷は目元に皺を寄せた。

「紗奈は、恵子……母親にそっくりだ。母親は、家庭的にも人間的にも、とてもいい女性だった」

「紗奈を見ていると、伝わってきます」

「……紗奈を、頼む」

「はい」

斗真と東郷が話していると、

「ほら、姉さん。父さんが余計なこと話してるよ」

「……!お父様、何を話していらっしゃるんですか?」

「何も」

「斗真!教えなさい!」

「いや、無理だな」

特に紗奈に教えてはいけない内容でもないのだが、斗真は首を振った。

「教えないと、婚約破棄するわ!」

「あー、はいはい」

「……いいの?」

あまりにもあっさりとした斗真に、紗奈の顔が不安そうに曇る。

「いや、良くはないというか、嫌だけど……。紗奈がそんなことするわけがないだろう?」

東郷が認めるとも思えない、というのが本当のところだ。



こんな平和な時間が、ずっと続けばいい。

斗真はそう思った。

協会がなくなれば、こんな日々が続くのか。

斗真も確証はない。

しかし、その可能性がゼロではないことを、彼は知っている。

だから東郷がその道を選んだのだろう。

とにかく、協会がなくなればいい。

斗真にできるのは、紗奈を支えて、協会の廃絶に向けてできる限りの力を尽くすこと。

「紗奈」

「なに?斗真」

「好きだよ」

「……急にどうしたの?」

「いや、なんでもない」

「なによ」

「いちゃいちゃしないでよ」

大翔に言われて、これがそういうことだと気づいた紗奈が、さらに赤くなる。

そんな姉弟の姿を見ながら、次の世代につなげたいと、斗真は思った。

こんな平和な時間だけを、知ってほしい、と。

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