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27.住民編①

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東郷紗奈に呼びされた。

いつものことかと、幹部室を訪れる。

「呼び出してごめんなさいね」

そこには幹部とゲームマスターが揃っていた。

「いいえ、紗奈様」

「ご用事とは?」

「室井斗真の関係だとは思いますが……」

幹部たちも呼び出された理由がわからないのか、口々に尋ねる。

黙っているのは、黒滝紅蓮くらいだ。

「それなら、もうわかるでしょう。室井斗真の居住権が認められ、澤山家が後見を引き受けてくれたわ」

斗真が驚いた。

そして斗真の戸惑いを感じ取っているのかいないのか、東郷紗奈が握手を求めるように手を差し出す。

「おめでとう。これであなたも、パーラー街の住人よ」

「え、あの……は?」

理解が追い付かない。

「おめでとう」

「おめでとう、室井斗真」

「これからは澤山斗真だね」

わからない。

斗真には何の相談もなかった。

相変わらず、といっていいのか。

澤山家が後見になることくらい、教えてくれてもいいのではないか。

だいたい、東郷家を裏切って出ていった男の息子が、こんな簡単に認められていいのか。

なにがなんだかわからないまま、斗真は握手を交わす。

「澤山家が公表するまでは、まだ秘密よ」

「わかりました」

「それでは、紗奈様。次の被験者は……?」

野本が気になるのはそこらしい。

「プログラム3番はこれで終わり。次のプログラムに関しては、まだ協会から何も聞いてないわ。マスターは、しばらくお休みね」

「わかりました」

それを聞いて、野本が安心したように頷く。

「学園への編入もできるけど?」

「いいえ、もう学業は終えているので」

「そうね。学校という牢獄に閉じ込められるのは、もうこりごりかしら?」

楽しそう、なのだろか。

東郷紗奈は野本で遊んでいるような気がする。

「そうですね。あちらで被験者に向きそうな人間を探しますよ」

野本も笑った。

2つの世界を行き来できるというのに、野本はあちらを拠点に生活しているらしい。

「好きにしてちょうだい」

東郷紗奈にもそれを止めるつもりはないようだ。

なんとも不思議な人だと、斗真は思った。

「……あぁ、大事なことを忘れていたわ」

東郷紗奈がそう言った時、斗真と目が合った。

まだ用があるのだろうか。

そう思っていると、東郷紗奈の視線は、黒滝紅蓮へ移る。

「紅蓮、ご苦労様。あなたはもう、わたしの側近から外れていいわよ」

「……!な、なぜですか……!」

黒滝紅蓮が抗議する。

「当然でしょう?あなたは婚約者なの。和馬と同じように、側近にはしないわ。紅蓮の後は斗真が継ぎなさい」

「あ、はい……」

隣に立つ黒滝紅蓮からの圧が強い。

「い、いいえ、紗奈様。これからも側近として仕えさせてください」

『紗奈様を支えたいだけだ。そのために、私は生まれてきた』

かつて黒滝紅蓮がそう言っていたことを思い出す。

今までその気持ちだけで東郷紗奈の秘書を務め上げた人物だ。

「婚約者を側近に?紅蓮、東郷家の名前に泥を塗る気なの?」

「……っ、そんなことは……」

東郷紗奈の言葉は厳しい。

それほど許されないことなのだろうか。

「心配しないで。すぐに離れろとは言わないわ。あなたの仕事を、斗真がすぐに引き継げるとは思えないもの」

確かに簡単でないことは、斗真にもわかる。

これからが大変そうだ。

「それにね、あなたは“和馬と同じ扱い”になるのよ。和馬が、側近じゃないからってわたしのそばを離れたことが、あったかしら?」

それでも不満そうな黒滝紅蓮に、

「役割が変わるだけよ。あなたの行動を制限する気は、わたしにはないわ」

東郷紗奈が幼子に言い聞かせる母親のように優しく言う。

「わかりました……」

渋々ではあるが、黒滝紅蓮もそれを受け入れた。

ここまで斗真の意思は、全く反映されていなかった。



斗真は、黒滝紅蓮の後を継いで、東郷紗奈の秘書になった。

最初は斗真に厳しく接していた黒滝紅蓮も、東郷紗奈が出歩くたびについていくため、斗真は放置されることも多かった。

だから自力で覚えた。

秘書の仕事とは、こんなにも大変だったのか。

そう実感しながら、新しい日常を過ごした。



「斗真、出かけるわ」

「あぁ、うん」

こうして突然呼ばれることも多くなかった。

「ここは?」

次の瞬間、着いたのは、大きなお屋敷の前だった。

「澤山家のお屋敷よ」

「……!」

後見を引き受けてくれた、とだけ聞いて、挨拶にはまだ言っていなかった。

その暇がなかったといえばそれまで。

だが、ただ避けていたのかもしれない。

東郷紗奈がお屋敷の門を潜る。

斗真も慌ててその後を追った。


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