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23.謎解き編①

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「おかえりなさい。約束を守ってくれて助かるわ」

東郷紗奈はいつも通り、大量の書類に囲まれていた。

「いろいろ終わった、んですか」

隣には黒滝紅蓮もいる。

東郷紗奈の婚約者となった以上、彼の存在は無視できない。

だから斗真は敬語を使った。

「えぇ。プログラム再開よ」

東郷紗奈の方も特に気にせずに答える。

「ちょっと待ってください」

「なに?」

「話があります。……できれば、2人だけで」

ジロリと睨む黒滝紅蓮の様子を見ながら、静かに伝えた。

明日香から預かった手紙。

元婚約者からの手紙を渡すのに、現婚約者の存在はない方がいいだろう。

「いいわよ。紅蓮、出ていなさい」

「いけません、紗奈様。彼は、……ただの人間ではないことがわかったばかりでしょう」

黒滝紅蓮から出た言葉に驚いたのは、斗真だけだった。

ただの人間じゃない?

斗真はいたって普通の人間で、普通の人生を生きてきたとばかり思っていた。

「いいから、出ていきなさい。わたしに逆らうの?紅蓮」

しかし東郷紗奈にここまで言われてしまえば、黒滝紅蓮も逆らえない。

「……かしこまりました。何かあれば、お呼びください」

黒滝紅蓮はそう言って、斗真を睨み、部屋から出ていった。

「それで?話って?」

東郷紗奈はごく自然に話を続けようとする。

「その前に、俺が普通の人間じゃないってどういうことだ?」

斗真はその言葉を聞き逃せなかった。

「そうね……。あなたの我が一族に関する知識は、お祖父様から教えられたと、そう言っていたわよね」

「あぁ、そうだ」

「あなたのお祖父様はわね、わたしたちを狩る側の組織に所属していたことがわかったの」

「は?」
耳を疑う事実だった。

あんなにも玉響一族を愛し、玉響一族に取りつかれたように研究に没頭した祖父。


そんな祖父が、玉響一族の敵側の人間だった?

信じられない。

「あなたのお祖父様は、わたしたちの敵だった。あなたがいない間に、そのことがわかったの。そのお祖父様から得た知識を持つあなたがここで警戒されるのは、ごく自然なことだと思うわ」

東郷紗奈は、斗真を庇うつもりのないのだろう。

ただ淡々と告げられた事実に、斗真はショックを受けていた。

「わたしは、あなたがそういう人間だとは思わないわ。そういう思想を持っているのなら、今までにもチャンスはたくさんあったはずだもの」

「……知らなかった。信じてもらえるかはわからないが」

「信じるわ」

彼女からの、東郷紗奈からの、その言葉が、こんなにも心に響くとは。

「それで?そろそろ、あなたのお話を聞かせてほしいのだけど」

一瞬、喉の奥が詰まった気がした。

「……っ、婚約、おめでとう」

それでも無理やりその言葉を絞り出す。

ここに戻ると決めた以上、この事実から目を背けることはできない。

「今更?」

東郷紗奈は呆れたように笑った。

「前、言えなかったから。この1ヶ月。……いや、こっちだと違うのか?とにかく、いろんなことがあった」

斗真は目を細めて軽く振り返る。

「お仲間に会えたかしら?」

その様子を見た東郷紗奈も、嬉しそうに目を細めた。

「あぁ。いろんな情報を得た。お前のことについても、より詳しく知れたと思う」

「そう。よかったわね」

なぜかすんなりと受け止めてくれる彼女のその柔らかい態度は、斗真の言葉を上手に弾きだしていく。

「それらをふまえた上で、聞きたい。俺は、プログラムが終わった後も、ここで暮らせるのか?」

「えぇ。あなたも一族の仲間だもの」

「……は?」

再び耳を疑う。

いや、今度こそ幻聴かと思った。

「俺が、玉響一族の、人間?」

「あなたのご家族のこと、調べさせてもらったの。お母様の家系は、玉響一族の末裔。そしてお父様は、玉響一族の正当な超能力者。あなたも純血の超能力者よ」

母親が玉響一族の末裔。

父親は正当な一族の人間。

それは、さらに斗真の頭を混乱させていく。

「血が薄くなっていたから、お母様の家系も毎回超能力者が産まれていたわけではないみたい。現にあなたのお祖母様は、超能力者ではないでしょう?」

「……待てよ」

ここで斗真は疑問を覚えた。

「じいちゃん……祖父は、一族を狩る側の人間だったんだろう?」

「えぇ、そのようね」

「それで、祖母は一族の末裔?」

「そうよ」

理解ができない。

そんな2人が、結婚なんてできるものなのだろうか。

そこで斗真は思い出す。

祖母が教えてくれた、祖父との話を。

『簡単に結婚を了承できるような相手じゃなくてね。だから、お互いに親戚との付き合いは断ち切って、2人だけで生きていこうって決めたのよ』

祖母は確かにそう言っていた。

親戚全員から結婚を反対されたと。

それが、祖父の立場が原因だったとしたら。

すべてつじつまが合う。

「あなたのお祖母様は、とてもご聡明な方のようね。敵でありながら愛する男を選ぶなんて。その娘が一族の男を選んでしまったのは、やっぱり血は争えないということかしら?」

どこか楽しそうな含み笑いが聞こえてくる。

「でも俺は、今まで超能力が使えたことなんて」

「お父様が封印なさってたみたいよ。こちらへ来るまでの間に、封印は解けているはずだわ」

野本と会話すらしなかったあの車の中で、そんなことになっていたなんて。

「俺の超能力は何なんだ?」

「記憶操作」

めちゃくちゃすぎる、と思った。

これ以上は何を聞いたところで、きっと頭の中に留まらない。

一度整理したい。

「それで?あなたの心は、定まったのかしら?」

「あぁ」

それでも覚悟はもうできている。

「俺は、この世界で生きる」

「なぜ?」

理由まで問われるとは。

どことなく入学試験を思い出しながら。

それでも、あの時とは違う、心の底からの本音で。

彼は告げた。

「俺が超能力者なら、あっちへ帰る理由もないはずだ」

「ふふ……、そうね」

東郷紗奈が満足そうに含み笑う。

「わかったわ。協会へ報告しておくわね」

一気に緊張が抜け落ちる。

それでようやく思い出した。

「そうだ。これを、高尾明日香から預かった」

「手紙?なにかしら」

「澤山和馬から預かったらしい」

「……」

その瞬間、東郷紗奈が固まった。

「……そう、ありがとう」

今までに見たことのない、切なそうな表情。

指先で大切なもののように手紙をなぞる彼女に、斗真は胸に痛みを覚えた。

彼女は泣くのだろう。

それを見ながら。

「……見ないのか?」

「あとで見るわ」

斗真には見せられない涙。

胸がぎゅうっと締め付けられる。

それでも斗真には、何もできなかった。


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